1991年に宝塚歌劇団月組公演『ベルサイユのばら』で初舞台を踏み、芸能生活30周年を迎えた朝海ひかるが、新解釈サロメに挑む。宝塚歌劇団退団後、ミュージカルのみならず、ストレートプレイや映像作品など活躍の場を広げてきた朝海が、30周年記念作品に選んだのは、時代を超えて上演され続けるオスカー・ワイルドの不朽の名作『サロメ』を、現代に置き換え描いた、新感覚悲喜劇『サロメ奇譚』。脚本はペヤンヌマキ、演出は稲葉賀恵。共演には、サロメの母親ヘロディア役は、ナイロン100°Cの松永玲子、預言者ヨカナーン役は、2.5次元ミュージカルで注目を浴び活躍を広げる牧島 輝、サロメの義父ヘロデ役は、テレビドラマや映画を中心に活躍するベンガルと、彩り豊かなキャスト、スタッフが集まった。
――『サロメ』ではなく『サロメ奇譚』ということですが、この企画が来た時にどのように思われましたか?
「私がサロメ?」とドキッとしました。サロメは原作では初々しい少女じゃなかったかしら、という気持ちはありましたが、今回は30歳前後の設定とのこと。サロメよりも、少しは人生経験のある私がやることによって、今まで表現していなかったサロメの心情なり襞みたいなものを、私なりに表現できるものがあるのではないかと思い、受けさせていただきました。
――やはりサロメに対しては、幼いぐらいの若い方が演じられる役のイメージを持っていましたか?
以前、新国立劇場で上演された『サロメ』を拝見したのですが、多部未華子さんがサロメを演じられていたので、お若い方がやる役なのかなというイメージがどこかにありました。でも、バレエの作品でも『サロメ』を上演することがありますが、年齢などは関係なく『サロメ』の世界観を表現していますので、私もそういう感じでできたらいいなと思いました。
――ペヤンヌさんの脚本を読まれて、いかがでしたか?
私の語彙力が不足しているのですが、「すごい!」と思いました。ペヤンヌさん流の面白味があり、そして原作の戯曲『サロメ』へのリスペクトもちゃんと押さえつつ、ヨカナーンの台詞はそのまま原作から持ってきたり、現代と原作の世界を行き来しているというか、時空が歪んでいる感じを、読んでいてすごく感じました。現代を舞台にした台詞がある中に、ヨカナーンの預言者としての言葉がこんなにマッチするのかと、違和感なく読めました。ペヤンヌさん一色の脚本で、すごく嬉しくなりました。
――最初は「えっ、こんな設定で!?」と驚くのですが、ちゃんと『サロメ』なんですよね。
舞台をご覧いただいた最後には、『サロメ』を観た気持ちになってくださると思いますが、もしかしたら導入に戸惑うのかな、と感じます。でも、ライトとヘビーのバランスがとてもうまくできている脚本だと思いますし、この作品ならば最後まで楽しんで観ていただけるんじゃないかなと思います。
――演出の稲葉賀恵さんとは、この作品についてどのようなお話をされましたか?
「サロメがなぜヨカナーンの首を切るのか」という永遠の謎というか。そこに至るまでのサロメの気持ちや環境、どうしてヨカナーンの首を切ってしまったのか、切らずにいられなかったのか、欲したのかという「なぜ」についてですね。ペヤンヌさんと稲葉さんと、何回も打ち合わせをした時に、そこだけがどうしても腑に落ちないなと。やはり観にいらして下さったお客様にも、腑に落ちる形でこの作品をお届けしたいねと話しています。脚本はペヤンヌさんが書いてくださいましたが、演出の稲葉さんもまだ悩んでいる最中かもしれません。そこをどうお客様に、今回の『サロメ奇譚』としてお渡しするかが、一番のポイントだという話をしました。
――今、朝海さんの中でその答えはありますか?
現代ではスマホの世界など、自分の好きな世界の中だけで生きることができますが、その世界が否定された時などに、感情を制御するネジが飛んでしまうような感じで、いろんな事件が起きています。他人から見れば、「そんなこと……」という理由で事件が起きたりするじゃないですか。ペヤンヌさんの脚本を読んだ時に、やっぱり人間にはそういうことが起こり得るんだという警鐘も鳴らせるのかなと思いました。ダンスシーンで終わる綺麗な作品ではなく、お客さまの心に、そこに至るまでのサロメの状況や感情を感じていただいて、何かひとつ、現代社会の問題提起になればいいかなとも思ったりしています。でも、それだけで終わらせるのもよくないので、みんなの頭を寄せ集めて考えたら、また面白い案が出てくると思います。
――原作とは時代や設定の場所が違うことも影響するかもしれませんね。
本当に面白いことになりそうな気がします。『サロメ』が社会問題につながる作品だとは思わなかったのですが、昨今の事件を見ていると、社会問題を取り扱った作品という気にもなるかもしれませんね。
――共演の松永玲子さん、牧島 輝さん、ベンガルさんについては、どんな印象をお持ちですか?
松永さん、ベンガルさんは、おひとりで10人分ぐらい働いてくれそうでとても頼りにしています。ビジュアルを見た時に、「もうできあがっている。このふたりはすごい」と思いました。撮影にいらっしゃっていた稲葉さんも、「すごいのが撮れちゃったんです」とおっしゃっていましたが、本当にすごいビジュアルですよね。松永さんとは、以前舞台『御宿かわせみ』でご一緒させていただいたことがあります。その時は台詞を交わす役ではなく、一緒にお芝居はできなかったのですが、大好きな女優さんです。いつかご一緒したいと思っていたのですが、そんなに歳は変わらないので、まさか私の母親役とは思っていませんでした。発表になった時にご連絡して、「ごめん、母ちゃん、こんな年の娘で……」と謝ると、「いいのよ」と仰って頂けてよかったです。この父親と母親、どんなおふたりになるのかが到底想像がつかないので、それに耐え得る体力は持っていようと思っています。牧島さんは、ビジュアル撮影で初めてお会いしました。「首絞めます」と首を絞めさせてもらいましたが、「はい、どうぞ」みたいな感じで。とってもフランクな好青年で、「もうちょっとここに来てくれる?」「あ、はい」みたいな会話で、壁を感じる事なく接することができました。彼となら意見を言いあって、面白いことができそうだなと思えたので、とても楽しみですね。
――ご自身の30周年でやりたいことを、どんな風に考えたんですか?
それだけで終わりたくないという思いはありました。30周年だから、周年のお祝いをして終わり、打ち上げ花火というのはいやだったんです。何かひとつ、石ころだけでもいいから、30周年に置いていきたい、積みたいとは思っていましたので、この作品で1つ置いていけたらいいなと思っています。
――朝海さんが近年取り組まれている作品も、『日本人のへそ』『近松心中物語』など、いつの時代も人類が考えてきたであろう普遍的ことにつながっていくものが多いですね。
そういう芝居をさせていただくことで、より人が好きになっていく自分がいるなと思っています。ひとつひとつの作品が「人間って愛おしいよね」と言っているような作品で、この作品も首を切るというショッキングな終りですが「そんなサロメも愛おしいよね」と、どこかで思っていただけるようになればいいかなと思っています。以前、ミュージカル『シカゴ』の稽古をしていた時に、ゲイリーというブロードウェイの振付家の方が、私のロキシーを見て、「ロキシーをそんなに可哀想な子にしないで。あなたの役なんだから、愛してあげて」と言われました。「えっ……殺人者だけど。」と思いましたが、自分が演じる役を自分が一番愛してあげる。とても大切な事を教えて頂きました。その時から、自分がいただいた役の捉え方、向き合い方がだいぶ変わってきました。まず、いただいた役が、どうお客様に受け入れてもらえるかな、愛してもらえるかなと思うような稽古の仕方をしようと思うようになりました。
――お客様に伝えておきたいことはありますか?
この記事を読んでくださっている方は「『サロメ奇譚』? 何だこれは?」と感じるかと思うのですが、私自身もまだ想像すらできいないんです。お話ししたようなことがどうなって初日を迎えているのか。きっとひとつの答えを見つけて、お客様にお届けできると思っていますので、その雄姿をぜひ観にいらしてください。
――観終えた後に、お客様がどんなことを感じて考えるのか、聞いてみたくなりますね。
本当ですね。どうなるのか予想がつきませんが、素敵な作品にしたいと思っています。
取材・文:岩村美佳