撮影/引地信彦
© SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーⅩ』製作委員会
菊之助の企画・発信による新作歌舞伎がまた進化!
歌舞伎ファンも原作ゲームファンも納得の愛ある舞台
3年という年月をかけて、尾上菊之助がまたひとつ夢を叶えた。それこそが2023年3月4日(土)に待望の幕を開けた木下グループpresents『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーⅩ』で、企画・構成と主演<ティーダ>役を務めた菊之助を筆頭に各キャスト、各スタッフたち、さらには観客たちをも含めた原作愛、歌舞伎愛が劇場中に溢れに溢れた奇跡のようなステージとなっている。
幕開きは<23代目オオアカ屋>役の中村萬太郎の登場から。まずは「今回、歌舞伎を初めてご覧になるお客様~?」と元気よく客席に呼びかけると約半分が手を挙げ、「では『ファイナルファンタジー』というゲームをプレイしたことのないお客様~?」との問いにもやはり半数近くが挙手している様子。
改めて、この舞台がいかにチャレンジングな試みであったかということがよくわかる。「ならば」ということで<オオアカ屋>は歌舞伎ならではの表現や効果音である“見得”や“附け”に触れ、実際にステージ上に現れた“附け打ち”がその場で打ちつける拍子木の音に合わせて「バーッタリ!」と基本の見得切りを指導し、着席のままとはいえ観客全員が体験。そんなところからも物語への“没入感”はスタートしつつ、原作ゲームのオープニングさながらの美しい映像から『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーⅩ』の物語が始まった。
そして舞台に現れ「待ってました!」との声がかかった途端、菊之助が口にしたのは「待っていたとはありがてえ!」の名台詞。その後も七五調の台詞まわしが時にはあるものの、ほとんどの台詞は現代語そのまま。なにしろ菊之助が演じるティーダが発する会話は語尾が「~ッス!」だったりもして、まさしくゲームプレイヤーが自身を投影しやすい気安さを持つキャラクターでもあるのだ。
物語の舞台となるのは、大いなる脅威“シン”に人々が怯えて暮らす世界“スピラ”。“眠らない街・ザナルカンド”で水中競技“ブリッツボール”の選手として活躍する少年<ティーダ>は、ある日突然“シン”の出現により時空を超えてスピラへと迷い込む。そこで可憐で気丈な召喚士の少女<ユウナ>と出会い、彼女が“シン”を倒すのに必要な“究極召喚”を手に入れるための旅に同行することとなる……。
その旅の途中での新たな出会いや再会、対立や戦いが描かれていくわけだが、楽しげなブリッツボールの試合の描写があれば、ユウナが死者を弔う幻想的な“異界送り”の儀式シーンなどさまざまな名場面があり、それらが特殊な舞台機構を持つこのIHIステージアラウンド東京ならではの演出で表現されていく。原作のゲーム音楽も琴や笛や太鼓といった和楽器で演奏され、魔物たちは着ぐるみだったり、黒子たちもたびたび登場し活躍。“大向こう”がかかったり、長唄と三味線で物語を進行させたり、“ぶっ返り”で衣裳を早替えしたり、有名な演目を想起させる所作や台詞、退場の仕方にこだわりを感じるなど、歌舞伎を少しでもかじった人ならニヤリとするポイントが多数。
一方で、原作のキャラクターのビジュアル再現度、プレイヤーなら忘れられない印象深い名台詞や場面をしっかりと組み込まれて構成された台本には、ゲームファンたちも納得しているように感じた。見事なバランスでどちらのファンをも満足させる、絶妙な塩梅の脚本を担当した八津弘幸、菊之助と共同で演出を手がけた金谷かほりの功績もかなり大きいと思われる。
そしてやはり作品への愛を隅々にまで行き渡らせつつイキイキと<ティーダ>を演じる菊之助を筆頭に、その懐の深さも渋い剣士<アーロン>役の中村獅童、
敵役とはいえその背景は切なくもある<シーモア>役の尾上松也、
可愛さと清楚さが抜群のヒロイン<ユウナ>役の中村米吉のほか、中村梅枝<ルールー>、中村橋之助<ワッカ>、上村吉太朗<リュック>、中村芝のぶ<ユウナレスカ>、坂東彦三郎<キマリ>、中村錦之助<ブラスカ>、坂東彌十郎<ジェクト>、中村歌六<シド>ら出演陣は、いずれもキャラクターの魅力と個性を具現化できる表現力のスキルを持った逸材揃い。さらには<祈り子>と<幼少期のティーダ>役として出演している尾上丑之助の語りの達者さ、伝達力には舌を巻くばかりで、これまた先々が楽しみでならない気持ちにもなった。
キマリ ブラスカ
ジェクト シド
親子の対立や葛藤、大きな災厄との対峙、種族の差別や共生などなど、さまざまなモチーフが盛り込まれた壮大で深い物語でもある今作。新作歌舞伎は「再演に耐えうる作品であるかどうかを大事にしている」と菊之助は公言していることもあって、いずれ今作も再演が実現する可能性は、この初演が幕開きから好評を博していることもあってかなりの高確率と予想される。
しかし、客席が360°回転するIHIステージアラウンド東京の機構を活かした今回のダイナミックな演出で観られる初演バージョンは今、この時限り!前編と後編を別日程で楽しむも良し、一日かけて通し上演としてたっぷり異世界に浸りきるも良し。もし迷っている方はぜひとも後悔のないよう、劇場へ足を運んでみてほしい。
取材・文/田中里津子
撮影/引地信彦