成河と渡辺大知による『ねじまき鳥クロニクル』レクチャー会レポート

2023.11.01

『ねじまき鳥クロニクル』が11月7日に開幕する。本作は、村上春樹の同名長編小説を原作に、演出・振付・美術をインバル・ピント、脚本・演出をアミール・クリガー、脚本・作詞を藤田貴大、音楽を大友良英が手がけ、2020年に初演(※一部公演中止)された意欲作。これが2度目の上演となる。主人公の岡田トオルは引き続き成河と渡辺大知が2人で演じ(Wキャストではなく、2人で1役を演じる)、笠原メイを同じく続投で門脇麦が演じるほか、大貫勇輔/首藤康之(Wキャスト)、音くり寿、松岡広大、成田亜佑美、さとうこうじ、吹越満、銀粉蝶らが出演する。

 

9月某日、都内にて公演に先がけた「成河×渡辺大知 特別レクチャー会」が開催された。ローチケ先行でチケットを購入した方から抽選で30名が来場した、スペシャルなトークイベントの模様を一部お届けする。

 

原作について

成河「「ねじまき鳥クロニクル」は1994年から95年にかけて刊行され、単行本3巻に渡る長編作品です。著者の村上春樹さんがいろいろなところでおっしゃっているのは、戦争や暴力を通して「人間の根源的な悪を描くことに挑戦した作品」だということ。小説を読んだときの印象はどうでしたか?」

渡辺「言葉遣いが難解な部分もあったんですけど、一貫して話自体はシンプルというか。妻が突然いなくなってしまった主人公・岡田トオルが、なぜいなくなってしまったか自問自答する中で、自分の中にいるかもしれないし自分の外側にいるかもしれない「悪」というものを見つめる話なのかなと思いました。ただそのシンプルなストーリーの中にもいろんなレイヤーがあって。例えば直接体験していない戦争が自分の生活におよぼす影響のような、近くで起きている現象とそうではないところで起きている現象がどこかでリンクしているような感覚がある。ほかにも作品に登場する「ねじまき鳥」というものの影響だったり、そういういろんなレイヤーが張り巡らされていて、その糸の数が多いなと思いました」

成河「僕は小説を読むのはそんなに得意じゃないんですけど、熱中してバーッと読み続けちゃったという感覚があります。そして演劇ととても相性がいいと僕は思いました。それはまさにそのレイヤーの多さだったり、現代のリアリズム的なところから突然パラレルワールドのようにして深層世界に入っていく自由な描写だったり……。舞台に岡田トオルが2人いるのも、そこにミソがあるんですよ。妻がいなくなって、どんどんどんどん自分の内に内に入っていくときに、井戸の中に入っていくんですね。だいぶ端折ってますけど(笑)」

渡辺「自問自答のためにね」

成河「そう、そこで自分を見つめていく作業を始めて、そこからグワッと世界の裏側にある抽象的な世界に入っていく。そのときに井戸の底から“壁抜け”するんです。そして潜在意識の世界に入り込む。その潜在意識の世界のトオルを僕が担当しまして、現実世界のトオルを大知くんが担当します」

渡辺「そうでしたね」

成河「小説を説明するって超大変だね(笑)」

 

演出・振付・美術のインバル・ピント

成河「インバルはイスラエルのコンテンポラリー・ダンスカンパニーの、つまり「非言語」の表現に特化した劇作家です。村上春樹作品に限らずですけど、小説を演劇にする場合、いかに「非言語」でなにを補うかが重要で。言語を使うのであれば、小説には敵わないですから。その言語を減らして減らして、そこで生まれるものでなにを表現するか。それがインバルはものすごく得意だし、とても相性がいいんです。実際、初演では村上春樹さんはとても喜んでくださいました。それにはインバルも涙を流すほど感動していました。

渡辺 村上春樹さんとお会いできて感激しましたね。「美しかったです」と言ってくださって」

成河「僕たちもうれしかったですよね」

 

初演の思い出/間宮中尉の長い話

成河「初演で吹越満さんが間宮中尉という役をやられたのですが(※今回も演じます)、一幕に「間宮中尉の長い話」というのがあって。あれはすごかったね」

渡辺「前回は「間宮中尉の長い話」をどう舞台化するかというのに稽古のほとんどを割いたんじゃないかって思うくらいでしたね。吹越さんもバキバキで」

成河「忘れもしない稽古初日、吹越さんとインバルは初めてだったんだけど、」

渡辺「初対面のギラギラがすごくて」

成河「吹越さんが「どうやるつもり? 俺、考えて来たんだけど」って言ってね(笑)」

渡辺「小説を読まれた方はわかると思うんですけど、「間宮中尉の長い話」って膨大な量なんです。最初はそのどの部分をやるか決まってなかったんですけど、吹越さんは丸暗記してこられたんですよ。「まず、聞け」と」

成河「1時間以上(台詞を)喋ったよね」

渡辺「そう。そのとき僕は間宮中尉の隣にいる設定だったので、1時間ずっと横で聞いていたんですけど、涙をこらえるので必死みたいになりました。(話が)入ってくるんですよ」

成河「最終的には20分くらいのシーンになりましたけど、吹越さんとインバルが出会って、ふたりがワクワクして、どんどん丁々発止でアイデアが盛り上がっていくさまは、そこを切り取ってドキュメンタリーにしたいくらいでした。できあがったその20分間のシーンも、これだけで世界中の美術館を回りたいくらいのものになった。口で言ってもおもしろくないんだけど、テーブルが突然ひっくり返ってみたり、吹越さんが宙づりで逆さになって喋ってみたりね」

渡辺「喋ってるトーンは変わらないけど世界が変わっていって、その会話の中であらわれるものがあったりして」

成河「それも見えたり見えなくなったりね。インバルたちは明かりの使い方にものすごくこだわるんですよ。なにを見せるか、見せないか、見えてきたと思ったらまた消えてしまって……ってこのシーンだけで1時間くらい喋れる(笑)」

渡辺「そうですよね(笑)」

成河「とてもマジカルで芸術性の高いパフォーマンスに仕上がった、ひとつのハイライトシーンだと思います」

初演の思い出/笠原メイ役の門脇麦さんについて

渡辺「笠原メイは門脇麦ちゃんが演じるんですけど、麦ちゃんしか考えられないなというくらい笠原メイでした。笠原メイは僕とのシーンが一番多いんですよ」

成河「そうだね、ほぼそれしかないくらい」

渡辺「麦ちゃんの魅力は声だと思います。その声は、メイは16歳の設定なんですけど、年齢を超越するんです。なんか子供に言われてる感じもするし」

成河「急に哲学的な台詞を喋ったり、そこに妙な説得力があったりね。いたずら心があったり、邪悪な部分も見え隠れするのも複雑で魅力的」

渡辺「そうですよね。麦ちゃんの声で自分が表現させられている、というような気持ちになるシーンもありました」

 

歌について

渡辺「この舞台はミュージカルではないんですけど、歌がすごくキーワードになっています。言葉でつくられた小説を非言語にするにあたり、音楽はすごく重要な要素になっていて、台詞を歌で言うことによって、違った側面だったり、いろんな側面を見せることができる」

成河「映画化されたりドラマ化されたり、映像化されるときは違う手法があるんでしょうけど、舞台化されるというときにはそういう舞台ならではの表現というか。歌だったり、踊りだったり、明かりだったりっていうものがあるのかなと思いますね」

質問コーナー

Q:お話が少し難しくて、夢を見ているようになってしまいます。なにか理解しよう、得ようとして観るとわからなくなります。どのように観たら楽しめるでしょうか。

成河「ほんとにそうですよね」

渡辺「僕たちも正直、理解しているわけじゃないと思うんですよ。用意していただいた脚本や関わる人たちの中で「探っている」。それがすごく心地よくて幸せな体験でもありました。だから観ている方にも、もしよければ一緒に探っていただきたい。正解を見出すことよりも、「こうなんじゃないか」とか「もしかしたらこういうことを言いたかったんじゃないか」って。誰も気づかずやってるところがあったりすると思うし。そういうところを共に探していけたらうれしいです」

成河「うん。正解がないってことが全てだと思います。理解しよう、なにかを得ようとして観る必要はないんだけど、それも含めて正解はないので、そうしてもいいんです。例えば僕は、インバルの作品を観るときは美術館に行くような感覚に近いです。あるいは抽象絵画を観るときのような。そこからなにを得るかはその人によるんですよね。なにかをきっかけに、考えもしなかった記憶が思い出されるようなことがあったり。そういうことが起こり得るのが劇場だと思います。こちら側(舞台上)に正解はない。でもそれに対して「ふざけんなよ、金払わせといて!」というのも、そうなんです。だからちゃんと言いあいましょうよ(笑)。でもインバルは、彼女の感性の中で100%視覚的に楽しいものにこだわってつくっています」

渡辺「僕はそこには自信を持てます。内容がわかる・わからないとかではなく、観ていてずっと楽しいものにはなっていると思っています」

成河「「わかる」っていう言葉もそうとう曖昧なものですしね。「わかる=おもしろい」ってどういう現象なのか、簡単には説明が付かないですし。そもそもわかりきってることだったらおもしろがれないですから。わからないことにぶち当たって、「なんだろうこれ」というものがおもしろいという言い方はできます。もちろんすべて知り尽くしてわかりきっているものを、何度も何度も眺めておもしろがるという声もあっていいと思いますけどね」

 

Q:演出のインバルさんは独特のリズム、ペタペタペタペッタンペタペタタ、というようなリズムがありますが、お稽古場ではどのようになさっているのでしょうか? エピソードがあればお聞かせください。

渡辺「すごい!」

成河「おもしろいですね、すごく。稽古場のエピソード、なんだろう。振付助手の皆川まゆむさんは長年インバルとやってこられた素晴らしいダンサーさんなんですけど、彼女がよく言ってたのは、インバルは音楽からインスピレーションが降りてこなきゃなにも始められない、ということでした。音楽の大友良英さんとインバルは前回が初めてで、大友さんは「どんな音楽がいいですか?」、インバルは「いやいや、どんな音楽で踊らせてくれますか?」っていうところから始まったので。そこは大変だったと思います。

渡辺 たしかに。最初に用意された音楽で踊ってみて、「ちょっと違うかも」ってこともありましたよね」

成河「インバルが「できないわ」ってなっちゃうんですよね。あとこの作品には台詞があるんですけど、インバルは自分のカンパニーの公演では一切言葉を使わない人なんですよ。言葉に一切の興味を持ってないんですよね。だからつくっていても「台詞があるのは仕方ないけど、ほんと台詞って退屈だわ」みたいな感じで(笑)。でもそれだと(この作品では)困るので、(脚本・演出の)アミール・クリガーっていうドラマを司る人が横にいて。だからこの演劇はインバルひとりではつくれないものなんだと思う。そういう意味で、いろんな人たちの共同制作になっています」

 

おわりに

渡辺「原作ファンの方もそうですし、舞台とかどう楽しめばいいかわからないという方にこそ観てもらいたい作品です。初演のときは、自分のミュージシャン友達や普段演劇を観ないような友達がハマってくれて、「演劇ってこんなことできるのかと面食らった」と演劇自体に興味を持ってくれたのもうれしいことでした。自分は音楽も舞台も映画も好きなので、その橋渡しの存在になれたらと思っています。みなさんもいろんな橋渡しをしてくださったらうれしいです」

成河「演劇に抵抗があったり偏見があったり先入観があったり固定概念があったり、演劇ってベタでわかりやすくて説明的なんでしょ?と思ってる方は、日本では多いと思うんですよ。そういう方々に、「いやいや、全然わかんなかったから!」って伝えてほしい(笑)。僕もそうなので。あと、大人は「わかる・わからない」「わかりたい・わかりたくない」を抱えますけど、小中高生を見ていると「わかる=おもしろい」じゃなかったりもして。それにハッとさせられることがあります。もちろん絶対的におもしろくないとダメだし、おもしろくしたいんですけど、でも別にわからせたいわけじゃない。そういうふうに思ってつくっています」

 

インタビュー・文/中川實穗

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