左：吉村界人 右：豊原功補
俳優として数々のドラマや映画などで活躍している豊原功補が、演出家として臨む舞台、明後日公演2018「またここか」。「カルテット」「最高の離婚」「anone」など、話題のドラマ作品を数多く手掛けてきた脚本家、坂元裕二がこの公演のために脚本を書き下ろしており、吉村界人、岡部たかし、木下あかり、小園茉奈というキャスト4人だけで、濃密な会話劇を展開する。
物語の舞台となるのは、東京サマーランドの近くにあるガソリンスタンド。ある中年男が愛想のない女を連れてガソリンスタンドを訪れる。そこにはろくに働かないバイトの女と、父親から引き継いだこの店を営む若い男がいた。若い男に異母兄弟だと名乗る中年男にはなにか企みがあるらしい。排気ガスと灼けたタイヤの匂いが残る店内で繰り広げられる会話の中で、弟の抱える秘密に気づいた兄の心に芽生えるものは？
演出のみを手掛けるのは本作が初となる豊原と、本作が初舞台となる吉村の2人に、舞台に臨む想いを語ってもらった。
――吉村さんにとっては、今回が初舞台となるそうですね。出演のオファーが来た時、率直にどのように感じられましたか？
吉村「ゾッとしましたね（笑）。緊張しました。坂元裕二さんの書き下ろしの本で、演出が豊原功補さんで…。そりゃ、僕で大丈夫かなって思いました。でも、すごくワクワクもしていました。逃げ出したくもなりましたけど（笑）」
豊原「それを聞いて、僕もゾッとしました（笑）。受けてくれてよかった」
吉村「僕にとって舞台は新しい世界なので、そこに踏み込んでいく不安は正直あります。役者としての自分もまだまだ全然信頼できていないので、迷惑をかけてしまうんじゃないかという不安がありますね。」
――豊原さんは前回の明後日プロデュース作品「名人長二」では、企画、脚本、演出、主演の4役を務めましたが、今回は演出に専念されるとお聞きしました。演出家として、なぜ吉村さんにお願いしようということになったのでしょうか？
豊原「脚本の坂元さんと話している中で、兄弟の話になるというのは最初に聞いていたんです。それで、どんな人にお願いしようかといろいろ考えていたんですが…。吉村くんは岡部（たかし）さんとは年齢が離れているんですが、そういうリアリティよりも、どういう人が面白いかという観点から選んでいきましたね。吉村くんにはちょっと異質感があって、芝居の旨い下手以前にある何か…もがいているような。1歩先へ、という印象を受けたんです。そういう部分で、制作側の意見は合致していましたね」
――吉村さんの個性に着目したんですね。坂元さんの脚本はどんなイメージでしょうか。
豊原「坂元さんは役者からもらったインスピレーションを形にしていく方。だから、吉村くんをイメージしながら書いている部分も大きい」
吉村「僕は最初にプロットを読ませて頂いた時、笑っちゃいましたね。“君をイメージして書いた役”と言われたものが、ちょっと病んでいる感じだったので（笑）。こういう風に見えているんだな、と」
――脚本家の坂元さんと豊原さんは以前からの仲とお伺いしています。豊原さんから見た坂元さんはどんな方ですか？
豊原「テレビドラマだと、女性を主人公に描くことが多い。この時代の中で女性が生きていくことの難しさ…シングルマザーのような、そういう面を描いていたんです。でも今回は、男性が主人公。その男が、兄弟や父性と向き合っていく。そこが新しいなと思います。坂元さんはとっても優しい男なんですよ。でも、それをなかなか露わにはしない。見ていないようで、見ているようなところがあって、さりげない優しさがある。ある意味、男らしい人間なんです」
――演出家として、今回の舞台に今のところどのようなビジョンをお持ちですか？
豊原「まだプロットだけで全部上がっていないですからね。だから、これからの部分は多いです。自分で書いた前作は、ただまっすぐに、迷いなく…というとおかしいかもしれないけど、自分の行きたい頂点を目指したような感じでした。でも今回は坂元さんの書き下ろしなので、坂元さんの持っている世界にどこまで融合できるか。そこが重要でしょうね」
――吉村さんは舞台そのものについてはどのようなイメージをお持ちですか？
吉村「お芝居というものを目の当たりにするような感じでしょうか。テレビや映画とも違うし、誰にでもできる仕事じゃないような気がします。技術もそうだし、作りこんでいくという部分で。お仕事をやっていく中で、運やタイミングで、ということもあるじゃないですか。でも舞台は、そういうことじゃない。本気で、真剣にお芝居というものを生業にしている人たちという感じですね。だから、身につまされます」
豊原「舞台は稽古が1カ月、それ以上ある舞台もある。稽古があるということは大きいんですよ。まぁ、決して気持ちのいい現場じゃない（笑）。掘り下げて掘り下げて、掘り下げた先にあるような、つらい作業だからね。そして、本番が始まってからも気づきがあったりもする。映像のように一番いいところをポンと切り取って、瞬発力だけで出来るものじゃない。ずっとキープしなければならないんです。でも、本番の中で体で感じられることもあるから…それを体現してもらえたらと思います」
――豊原さんの演出する稽古場はどんなふうになりそうですか？
吉村「舞台の稽古場ってどんな感じなんでしょうか…？みんなで発声練習したりとか、そういうイメージですけど…」
豊原「僕自身は、わりと個人主義なところがあって。全員そろっての発声とかストレッチとか、昔から苦手なんですよ（笑）。そういうのは自分で準備しますから、って思っていて。だから、そういうのはおまかせすることになるかな」
吉村「初めてなので、まだ想像もつかないんですね。でも豊原さんの演出はすごく楽しみです。俳優が俳優の演出をする、って僕は初めてなので。でも、緊張もしますね。やっぱり俳優だから、俳優の気持ちはすぐに悟られてしまうと思うんです。普通、監督や演出家は俳優の気持ちを…わかっているとは思うんですけど、でも、それなりだと思うんですよ（笑）。そういう意味でも、今回の舞台は正念場だなと思っています。久々に…というよりも、初めてかも知れない」
――今回のキャストのみなさんはそれぞれがいろいろな舞台でしっかり経験をされている方が揃っているので、それぞれのやり方がありそうですね。
豊原「舞台で何を大事にするのかってなると、まずは本。でも、本に書かれていることは見えないことも多くて、やっぱり俳優それぞれに生きてきたバックボーンがそれぞれ違うから、微妙なズレがある。それが融合したときに面白いな、と思います。今回は坂元さんの本なので、みんながそこにどれくらい寄り添えるかが楽しみかな。そこが一番大事になると思う。前作の演出の時にもちょっと思ったんだけど、舞台ってバンドに近いような部分があると思うんですよね。曲を作って、詩をつけて、演奏して、リハーサルをやって…どこか感覚的に近かった。吉村くんも音楽をやっているからきっとわかると思うんだけどね。今回は演出だけだから、逆に逃げられないところもあって（笑）。きちんと向き合わなきゃなと思います。坂元さんを信頼すると同時に、自分のことも信頼しないとね」
――やはり、自分が演じる側として読む脚本と、演出家として読む脚本は違いますか？
豊原「自分が演じるときとは違う見方になるでしょうね。物語の見せ方が変わると、伝わり方が違ってくるし。でも、そこをあまりにも意識しすぎて、自分が出せなくなってもダメだと思っています。自分の面白いもの、訴えたいと思うものを、演出では入れていきたいですね」
――吉村さんは今回、ガソリンスタンドで働いている男の役ですが、何か役作りのようなことは始めていらっしゃいますか？
吉村「つい3日ほど前のことなんですけど、ガソリンスタンドを見に行ってきて。家の近所の。改めて見ると、なかなかシュールでした。炎天下の中、ずっと待っていて、静かで。もっと声を張っているイメージだったんですけど、意外とコンビニとかと変わらないテンションでした。数時間でいいんで、ちょっと見学というかバイトさせてもらえませんか、って話しかけたんですけど、やっぱりダメでした（笑）」
豊原「今、そんな役作りをしていると聞いて…逃げ出したくなりました（笑）。いやでも、本当にそういう視点を持って臨んでくれているのは嬉しいですね」
吉村「あとは、僕が演じる役が抱えている衝動って、僕にもあるな、と思っています。畏まった場とかで、絶対にやっちゃいけないんだけど、これをやったら面白いだろうな…というものが浮かんじゃう感じでしょうか。なので、僕とかけ離れたキャラクターではない感じがしますね。彼の気持ちもわかる。共感できる部分があって、良かったなと思います」
――普段から、役作りのために出かけたりリサーチしたりしている？
吉村「いや、全然ですよ！ もう楽してばっかりでしたから（笑）。でも、今回のお話をいただいてからは、ずっと何かしら考えていますね。先日、小泉今日子さんが出演された舞台「お欄、登場。」も観に行ったんですけど…今までとは観え方が違いました。幕が開く前、みんなはどう過ごしているのかな？とか、そういうところまで気になってきちゃって（笑）。心構えが変わりましたね。今回に関しては、ここでミスったらダメだと思っています。ここをクリアできなければ、役者としてやっていけないんじゃないか、くらいに思っています。本当に毎日、マネージャーさんにも“俺、大丈夫ですかね？この舞台、やっていけますかね？”って言ってるんですよ（笑）。豊原さんは初舞台の時はどんな感じだったんですか？」
豊原「もう僕の初舞台は…遠い昔すぎて。気が付いたら舞台に立っていたからなぁ。でも、そんなもんだと思うよ。あっという間。心構えも、しているヒマ無いんじゃないかな？ 今回は特に少ない人数だからね。負担もそれなりにあるんじゃないかと思うけど…大丈夫でしょう（笑）。役者に対して、生き方に対して向き合っているような印象だしね。あまり居ないでしょ、吉村くんみたいな人。役者って、受け入れる受け入れないじゃなくて、個であることだと思うんですよ。独自のものであることが大事なはず。それが失われつつあるような印象もあったので、こういう出っ張った人っていうのは面白いよね」
吉村「ありがたいですね。面白いって言ってくださったことを、ポジティブにとらえて頑張りたいですね。今って生きにくい世の中じゃないですか（笑）。やっぱり、役者の先輩にそう捉えてくださっている方がいるのは嬉しいし、心強いです」
――たくさんのチャレンジが待っていそうな舞台になりそうですが、最後にお2人の意気込みをお聞かせください。
吉村「自分が日本という場所で役者をやっているということ、それを心の中で整理してぶつけられる場所は少ないもの。もともとそういう、ぶつけたい気持ちがあったわけじゃないですけど、今回のお話を頂いて、そういう気持ちが出てきました。そこから逃げ出しちゃいけないし、正念場として頑張りたいですね」
豊原「坂元さんが今回の舞台のために脚本を書いてくれました。僕自身も演出としては2本目となります。そして、今回のキャストは初めての顔合わせの方ばかりですが、本当に個性的な方々が揃っています。この脚本を最高に面白い空間に仕上げますので、ぜひよろしくお願いします」
インタビュー・文／宮崎新之
写真／ローソンチケット