舞台『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』│平埜生成 インタビュー

“舞台化不可能”と言われている、カナダの作家アンドリュー・カウフマンによる小説『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』が世界で初めて舞台化される。脚本と演出を手がけるのは、ジャンルを越えてさまざまな話題作に挑み続けているG2だ。
その日、銀行には窓口係が2名、副支店長が1名、列に並んで待っている客が10名、計13名の人間がいた。そこに紫色の帽子をかぶった風変わりな強盗が現れ、人々に「最も思い入れのある物を差し出せ」と要求する。各自から思い出深い品々を奪った強盗は「あなたたちの魂の51%はいただいた。今から奇妙な出来事が起き、自ら魂を回復させなければ命を落とすことになるだろう」と宣言し、消えてしまう。被害者の一人であるステイシーは、夫と幼い我が子が待つ家に戻るがその数日後、なぜか自分の身長が縮み始めていることに気づく……。
この舞台でタイトルにも出てくるキーマンと言える“銀行強盗”を演じるのは、舞台に映像にと作品に出演するごとに印象深い演技を見せてくれる平埜生成。本格的な稽古はまだまだ先の段階ながら、ヴィジュアル撮影に参加した直後の平埜を直撃、現時点での作品への想い、意気込みなどを語ってもらった。

――G2さんとのお仕事は『マーク・トウェインと不思議な少年』(2023年)が初めてだったとか。再び声がかかった、というのは嬉しくないですか?

本当にそうですよね、とても驚きました。こんなに早く、またご一緒できるなんて思っていなかったので。とてもありがたいなと思っています。

――この作品のことは、ご存知でしたか?

いえ、オファーをいただくまで知りませんでした。ちなみに、前回G2さんとご一緒した舞台では、マーク・トウェインの小説が複雑に絡まってくる構成になっていたんですよ。今回の作品も小説が原作なので、G2さんがこうして小説を舞台化する時の創作意図みたいなものってどういうところから来るんだろうというのが、今とても気になっていて。稽古場に入ったら絶対、最初に聞いてみようと思っているところです。

――早くも、G2さんに直接聞きたい案件をお持ちなんですね

はい。前回、現場で本当にたくさんのことを教わったので。とても気さくに話せる方でもあるし、今回もいろいろ聞けたらいいなと思っています。

――前回G2さんとご一緒してみて、特に印象に残っているのはどんなことでしたか?

すごく印象的だったのは、ハリウッド映画がお好きで、エンターテインメント作品が大好きだということです。自分の作品でもハリウッド式の脚本術を取り入れ、お客様の興味とか関心を大事に、常に集中力を切らさないような作品作りを意識しているということをおっしゃっていて。これ、もしかしたら企業秘密なのかもしれませんけど(笑)。だけどその言葉に、とても納得がいったというか。G2さんの演出を実際に受けた時も、また観客として観ている時も思ったんですけど、ひとつの場面転換をとっても役者の動きや音楽のタイミングに、めちゃくちゃ繊細に舞台を作られているんですよね。演劇って、どこか自己満足に陥ってしまう瞬間もあったりしますが、その点、G2さんは徹底してお客様に奉仕するスタンスをとられているように感じて、そこがとても好きだなと僕は思っているんです。僕自身も、観に来てくださったお客さんにいっぱい楽しんでもらいたいという気持ちが以前よりとても強くなった気がします。

――原作小説はお読みになりましたか?

小説は買ってあるんですが、まだパラパラとしか読んでいなくて。だけど、先に台本は読みました。すごい面白かったというのが第一印象ですけど、やっぱり「これ、どうやって舞台にするんだろう?」って思いました(笑)。個人的には、とても僕好みなお話でしたね。そんなにたくさん小説とかを読んでいるわけではないですけど、ちょっとカフカ的な不条理とかナンセンスとかブラックユーモアみたいなものが詰まった物語だったというか。とても好きな世界観です。

――その中で平埜さんが演じるのはタイトルにも出てくる重要人物、“銀行強盗”です。現時点ではどんなキャラクターだと思われていますか?

いやー、正直なところ、まだまったくわからないです。だいたい、この強盗は実在する人間なのか、どうか。

――幻なのか、何か別次元の存在なのか?

観念的なものなのか、現代社会のメタファー的な存在みたいなことなのかもしれないし。

――今の時点では

それくらいのことしか、わかってないです。

――でも、もしかしたらお客さんも舞台を観てそう思うのかもしれないですよね。正解はなくて、わからないままでもいいのかもしれない…

そういう“わからなさ”と向き合うということも、テーマになってくるのかもしれない。カフカとかもそうですけど、こういう作品って、最後まで明確な種明かしをしないことが多いですもんね。「なんで虫に変身したの?」に対する答えがないみたいな(笑)。

――「虫って何?」みたいな

そう、だから今回の場合は「なんで縮むの?」ってことですよね。でも、答えはない。そこは社会における不条理的なことがあったり、なにか現代のことに置き換えられるのかもしれないんですけど。

――そして今回、共演者に花總まりさんと谷原章介さんがいらっしゃいますが、お二人とは舞台では初共演ですね

花總さんとは、ラジオドラマで以前ご一緒したことがあって。もちろん僕のほうは覚えていますけど、花總さんはもしかしたらもう覚えていらっしゃらないかもしれないなあ(笑)。とても明るくて気さくで、相手を緊張させないような、包み込むような柔らかさを持つ方でした。そして谷原さんとは、これまでまったくご縁がなくて。なので、テレビの視聴者としての印象になりますけど、ハンサムでインテリジェンスがあって、心技体すべてがパーフェクトなパパみたいな、そういうイメージを抱いています。稽古場での立ち姿など、いろいろ勉強させていただきたいなと思っています。

――この物語で銀行強盗は人々から“思い入れのある物”を奪いますが、平埜さんにとって“思い入れのある物”ってなんですか?

実は僕も台本を読んでいる最中に、読者として「僕にとってはなんだろう」と考えたんですけど……。ないんです。

――魂の半分に値するくらいの品物は、ない?

はい。なさすぎて、ずっとそれを考えながら読んでいたんですけど、やっぱり僕にはないやという結論に。

――物に執着しないタイプなんですか?

そうなのかも。引っ越しの時に、結構なんでも捨てちゃうから。写真とかアルバムとかも、バーンって全部捨てちゃうし。携帯電話やパソコンが壊れてデータが全部なくなった時も、ちょっとはヘコみましたけど「ま、しょうがないか」って。

――わりとすぐ諦められる

ただ、この物語では“今、身につけているもので”と言われるから、それだったら財布とか時計とかかな。大切な人にもらったものにはそれなりに思い入れはあるけど、でもなあ。

――魂の半分ほどではない?

「これがなきゃ生きていけない!」って感じではないですね。自分の役に当てはめてこじつけてみると、もしかしたらこの強盗も自分の中にはそういう思い入れのあるものが何もなくて、何もなさゆえに人から奪って、それを糧に生きているのかもしれないですよね。その思い入れを聞くことによって、生きる何かを得ているのかもと無理やりこじつけてみたりして。そのくらい、何も思いつかないです(笑)。

――そして、まだ先の話ではありますが稽古、本番に向けての一番の楽しみは何ですか?

全部が楽しみです(笑)。先輩方とご一緒にお仕事できることも楽しみだし、こんなにすぐ同じ演出家と仕事をする機会もこれまでなかったことなので。また呼ばれたということは、前回とは違った一面を見せなきゃいけないなとも思いますけれども。

――なるほど、そういうこともあるかもしれませんね

そういう意味ではもちろんプレッシャーも感じますし、さらにがんばらなきゃいけないなと思う気持ちもあります。それと同時に、今回はG2さんに新しい自分を引き出してもらいたいなみたいな思いもあるんです。

――G2さんに引っ張り出してもらえたらありがたい、と(笑)

せっかく一緒にやれるのなら、それも教えてほしいなと。以前、G2さんとご飯に行った時に、どうも僕に掴みどころの無さを感じていたみたいだったんですよね。「それは本心なの?どこまでが本気でどこまでが嘘なの、生成は?」みたいな話になっていたので。いや、いつもこんな感じなんだけどなーと自分では思うんですけどね。でも、僕自身も自分のことがよくわかっていないし、掴みどころは確かになさそうだとも思うので(笑)。そういうことも含め、うまく自分の新たな一面が発見できたらすごく嬉しいなと思っています。

取材・文/田中里津子