2014年にここ日本で、記念すべき世界初演を迎えたミュージカル『レディ・ベス』。
記録的なロングラン作品となったミュージカル『エリザベート』や『モーツァルト!』を生み出したミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)&シルヴェスター・リーヴァイ(音楽・編曲)、小池修一郎(演出・訳詞)の手で生み出されたこの作品が、3年半の時を経て帰ってくる。
主人公のレディ・ベス(エリザベス1世)は、キャストたちの言葉を借りれば「人間らしさが共感を得た、闘うヒロイン」。波乱の人生を歩むベスを演じた花總まりと平野綾、ベスと恋に落ちる吟遊詩人ロビン・ブレイクを演じた山崎育三郎、加藤和樹の4人に、同作の魅力や見どころについて語ってもらった。
2014年の初演が各方面から高い評価を得た『レディ・ベス』。その理由については、それぞれこう分析しているという。
花總「初演当時に、日本ではまだあまり浸透していなかったエリザベス1世の生き方に焦点を当てた作品というのがあるかと思います。そこにすごく素敵な音楽を絡めて、華やかな衣装やラブロマンスでも魅せつつ、彼女が戴冠するまでをうまく1本のミュージカルに仕上げてくださったところを、お客様に評価していただけたのだと思います。」
山崎「この作品のテーマの一つがベスの人生における大きな“決断”なのですが、生きていく中で誰もが大きな決断をする瞬間があると思うんですね。そこをベスに重ねながら、お客様がすごく感情移入できたというのが理由としてあると思います。観に来た僕の母が、僕が出た作品の中でも一番好きだと言っていたりして、特に女性に愛される作品だったという風にも感じましたね。」
加藤「育三郎くんも言ったようにベスは女王ではあるのですが、若い一人の女性ならではのその感情や葛藤だったりも作品の中で描かれています。ベスの“自分にとっての幸せとはなんだろう?”という問いかけが、お客様にも考えさせるようなところがありましたし、自分自身もすごく好感が持てたので、女王も一人の人間なんだというところが共感を得たのではないかなと。」
平野「ベスはただのヒロインではなく、自分で道を切り開いていく“闘うヒロイン”という印象が強くて。一方男性の登場人物はそれを見守るような包容力があって、魅力的なキャラクターが多かったこともあるかもしれません。特にベスは先ほど加藤さんがおっしゃったように、女王になる人だからといって完璧ではなく、一人の人間らしい部分を持ち合わせていて……そういうところに共感していただけたのではと思います。」
世界初演ということも大いに話題を呼んだ前回。制作陣と一から作品を作り上げていくなかでさまざまな苦労があったそうだが、その稽古場や舞台裏のエピソードについても気になるところ。
花總「ここで言ってしまっていいのかわかりませんが、台本がなかなかできなかったり……小池先生もより良いものを作りたいと苦心なさったのではないかと思います。私たちも世界初演の作品はこうやって大変な思いをしながら作っていくものなんだというのをどこかでわかっていましたし、キャストとスタッフの方々を含めたみんなの間に“最後の最後まであきらめずに頑張ろう”という空気がものすごくありました。最後の最後までラストのシーンが変更に変更を重ねたり、大変だったけれども、カンパニー全体の前向きさを感じた稽古場でしたね。」
加藤「ストーリー中にロビンがターザンのようにロープにつかまってステージ上を移動するシーンがあるんですが……このシーンが毎回いろいろありまして。地方公演の場当たりで、僕が勢いがつきすぎて下そでから上そでに消えてしまって壁にぶつかってしまったり、逆に勢いがなくて途中で止まっちゃったり、結構な賭けでしたね(笑)。今回もしあるなら、もうちょっと上手くやりたいです。」
山崎「今回ターザンがあるかどうかは気になりますね(笑)。あとこの舞台は斜めになった盆が回るような回転舞台だったんですね。女性陣はヒールを履いていますし、ロビンもかかとの高い靴を履いていたので、みんな腰と脚がしんどくなっちゃって、体のメンテナンスが大変だったというのはありました。あと本番で一番印象に残っているのが、フェリペ役の平方元基くんが千秋楽の日に、この役用のファンデーションを使い切りたかったのか、いつもの10倍くらいの厚さで塗ってきて顔が真っ黒だったんですよ! なので舞台上にフェリペが出てきた瞬間に、耐え切れずに同じシーンの全員が噴いたという事件がありましたね。」
平野「事件といえばこの作品の衣装はメアリー(・チューダー)さんのドレスが最大で10キロ、ベスのも7~8キロはあって、本当に重かったんです。」
花總「(苦笑)。ベスは当初、その上に5メートル級のマントを羽織る予定だったんですよね。最後の舞台稽古まで、2人とも頑張ったんですけど……。」
平野「マントが重すぎて、後ろに引っ張られちゃうんです。泣く泣く、本番直前でマントをなくす形になりました。」
加藤「あのマントは、僕らも見ていて冷や冷やしましたもん。」
平野「今回もまたあの重量級の衣装と戦わないといけないわけですから、身体をちゃんと作っておかなきゃと思いますよね。」
ベス、ロビンそれぞれをイメージのかなり違うWキャストで上演した『レディ・ベス』。花總、平野にロビン役2人のイメージの違いについて尋ねると……。
花總「お客様にも「ロビンが違うと(作品のイメージが)全然違いますね」と言われたりしました。一言で言うのはとても難しいのですが、お二人は持っていらっしゃるものが全然違うんです。稽古場から、役へのアプローチの仕方も違いましたし。」
平野「お二方ともキャラクター的にちょっと天然なところがあるのですが、天然の方向性が違ったんですよね(笑)。あとはまりさんがおっしゃるように、同じシーンを演じるのに“こんなにアプローチが違うんだ?”というのが、毎回面白かったです。」
山崎「天然? かーくん(加藤)は天然だろうけど……。」
加藤「おい!(笑)」
一方のベスについても、「2人は本当に真逆」(山崎)だったという。
山崎「花總さんは秘めたエネルギー、平野さんは爆発するようなエネルギーを持っていらっしゃる印象がありましたね。2人が入れ替わる日は違う作品かと思うくらいで、心が動く場面も変わりましたし。」
加藤「育三郎くんが言ったように、花總さんは内からにじみ出る強さを、平野さんは爆発的な感情を歌に乗せるような感じだったので、歌にもかなり違いが出ていた気がします。」
豪華絢爛な衣装や舞台セットはもちろん、シルヴェスター・リーヴァイのドラマ性に富んだ楽曲群も作品の大きな魅力の一つ。本作には歌手としても活躍しているキャストが多かったが、その中でリーヴァイ・サウンドをどう捉えられていたのだろうか。
花總「ベスが登場して2曲目の「わが父は王」が、ものすごく歌い上げるタイプの曲なんですね。当初は幕が上がってすぐにこんなにエネルギーの要る曲を歌うのが大変でした。二幕の頭にも、牢獄に入れられたベスが“なんで殺されるの?”とその気持ちを激しく歌い上げる歌があるので、私の中で『レディ・ベス』は自分の感情をバーン!とぶつけるような歌が多かった記憶がありますね。でもすごく素敵な歌なので、毎回きちんと歌いこなしていきたいという思いがありました。」
平野「リーヴァイさんの楽曲はなぜか日本人の私たちでも懐かしさを感じるような、心の琴線に触れるようなメロディが多いと思いました。あとお稽古のときに衝撃的だったのが、日本語がわからないはずのリーヴァイさんが「ここのフレーズがなんだかしっくりこない、ひょっとしたら日本語の発音的にこの音程だと成立しないんじゃないか?」ということに気付いて、譜面をちょっと変更されたことがあったんです。言葉じゃなく音楽で会話させていただけて、すごく幸せなお稽古だったと思います。」
山崎「この作品の楽曲はジャンルを超えているというか、キャラクターによって音楽のジャンルも変えてくるような印象があって、それがすごく面白かったですね。クラシカルな楽曲、ポップス、ロック、フェリペにはスペインのラテン系のテイストだったり……音楽が鳴り出すと「次にこの人が出てくるんだな」とわかるくらい、キャラクターに合わせた楽曲作りがすばらしいなと思います。」
加藤「本番で歌ったのと、最近改めて聴き直してみた印象ですが、まず楽曲が耳に残りやすいんですね。それと同時に、結構複雑な音階に行くところを含めて、歌う側としては心地よかったりもするんです。特にベスとロビンのデュエットのある曲で、ベスの歌がものすごく難しい音に行くのですが、やっぱりその音じゃないとしっくりこないんですよ。耳に残るんだけれども、それがすごく緻密に計算されて作られているんだと感じました。」
近年はドラマや映画など映像の世界での活躍も目覚しい山崎をはじめ、初演からの3年半の間にさまざまな作品でキャリアを重ねてきた4人。それぞれの課題を胸に、再び『レディ・ベス』に挑む。
加藤「『レディ・ベス』は自分にとっては初めての帝国劇場での作品です。初演のときの自分は本当にいっぱいいっぱいだったので、今回はもうちょっと広い視野を持って、今の自分に何ができるのか?ということを考えながらやれればと思います。同じキャストでの再演とはいえ必ず新しいものになると思うので、今回もみなさんとディスカッションしながらいろいろなトライをしていければと。」
平野「私も初演のときは大役をいただいたので、全く余裕がなくて……。みなさんの足を引っ張らないようにと必死だったのですが、3年半でいろんな現場を経験させていただいて、少しづつ自信をつけてきました。今回はあの頃より冷静に自分を見ることができるんじゃないかなと思っているので、役に対する理解をより深めていきたいと思っています。」
山崎「今まで銀座とか日比谷辺りで「山崎さんですか?」と言われることはありましたが、最近は見ず知らずの方からも「育三郎だ!」と言っていただけるようになったのが、3年半で一番大きく変わったところかもしれません。この間小池先生からメールが来て「ロビンは60~70年代のフォークシンガーだからね」とだけ書いてありまして、それがどういう意味なのか、今はまだよくわからないのですが(笑)。今年は映像のお仕事が多くてミュージカルはこれ一本なので、ミュージカル俳優としての2017年はロビンに賭けたいと思います。」
花總「私も小池先生から「(役で)20歳以上も若返るので、アンチエンジングを頑張ってください」と書かれたメールをいただいて(笑)。それが小池先生ならではの“頑張れコール”だったのかなと思っております。世界初演ということで、作り上げていくまでの過程が本当にすごく大変だったのですが、みなさんと団結しながら作り上げていけた思い出深い作品です。もう一度同じメンバーでこの作品に挑戦できるのは、私にとってはすごく心強いですね。」
取材・文 古知屋ジュン
【プロフィール】
花總まり
■ハナフサ マリ 東京都出身。’91年に宝塚歌劇団入団。’94年に雪組主演娘役に就任。娘役トップとして約12年の史上最長在任記録を誇る。’06年の退団後、’10年に舞台復帰。’15年・’16年に主演した東宝版『エリザベート』の演技が高く評価され、第41回菊田一夫演劇大賞を受賞。大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK総合)の佐奈役などでも新たな活躍を見せている。
平野 綾
■ヒラノ アヤ 愛知県出身。子役として活動ののち、’01年に声優デビュー。『涼宮ハルヒの憂鬱』(’06年)などのヒット作で高い人気を獲得する。以降は歌手、女優としても幅広く活躍中。主な舞台出演作は『嵐が丘』(’11年)、『ウサニ』(’12年)、『レ・ミゼラブル』(’13年)、『マーダー・バラッド』『エドウィン・ドードの謎』(ともに’16年)、『コメディ・トゥナイト!』(’17年)など。
山崎育三郎
■ヤマザキ イクサブロウ 東京都出身。’07年にオリジナル版『レ・ミゼラブル』マリウス役でデビュー。その後、『ロミオ&ジュリエット』(‘11年)などミュージカルを中心に数多くの舞台へ出演。’10年にソロCDデビュー。『モーツァルト!』ヴォルフガング役で第36回菊田一夫演劇賞受賞。7月28日スタートの『あいの結婚相談所』(テレビ朝日)で連ドラ初主演を務めるなど、映像作品でも活躍が目覚ましい。
加藤和樹
■カトウカズキ 愛知県出身。’05年のミュージカル『テニスの王子様』で注目を集める。’06年にCDデビューし、‘08年に日本武道館での単独ライブを敢行。’09年には韓国、台湾、中国でもCDデビューを果たし、アジアにも活動の場を広げている。主な舞台出演作は舞台『ロミオ&ジュリエット』(’13年)、『真田十勇士』(’14年~)、『1789 -バスティーユの恋人たち-』(’16年)、『フランケンシュタイン』(’17年)など。
【公演概要】
日程・会場:
10/8(日)~11/18(土) 東京・帝国劇場
11/28(火)~12/10(日) 大阪・梅田芸術劇場メインホール
脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞・修辞:小池修一郎
出演 :
レディ・ベス:花總まり/平野綾(Wキャスト)
ロビン・ブレイク:山崎育三郎/加藤和樹(Wキャスト)
メアリー・チューダー:未来優希/吉沢梨絵(Wキャスト)
フェリペ:平方元基/古川雄大(Wキャスト)
アン・ブーリン:和音美桜
シモン・ルナール:吉野圭吾
ガーディナー:石川禅
キャット・アシュリー:涼風真世
ロジャー・アスカム:山口祐一郎
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