
人間の存在の根源と、この世界の真実を描き、読売文学賞を受賞した長編小説、平野啓一郎の名作『ある男』が世界初オリジナルミュージカルになる。浦井健治が弁護士の城戸章良を、小池徹平がある男・Xを演じる。小池に、作品への思いや、制作が進む今の様子を聞いた。
絶対に信頼できるチームで新作ミュージカルを作る
――出演のお話を受けて考えたことなどお聞かせください
原作を知っていて、映画を観ていましたので、「これをミュージカルでやるんだな、さすがホリプロさんの発想って面白いな」と思いました。『デスノート THE MUSICAL』を一緒にやっていた時のチームですし、当時衝撃を受けた時の再来というか、結構ガツンとパンチのある、攻めた熱さみたいなものを最初に感じました。絶対に信頼できるチームで、いいものができそうだなとワクワクが強いです。キャストは浦井健治さんが、『デスノート THE MUSICAL』以来の共演です。もちろん彼の活動も拝見させていただいたりしていましたが、新作ミュージカルを作るワクワクを、また一緒にできるんだなと、旧友との再会も重なって、作品への非常に熱い意気込みを、久し振りに感じているというところです。
――信頼の座組ですね。どんなお話をされていますか?
「徹平はアルファベットが好きだよね」と言われます(笑)。『デスノート THE MUSICAL』のL役から、『ある男』のX役へ、アルファベットに好かれるといいますか、こんなに続くことはあまりなくて。健ちゃんに、ずっと「L」とか「X」とか、アルファベットで呼ばれることになるので面白くて。今回はシングルキャスト同士でがっつりお芝居できるのも楽しみですね。前回は夜神月とLで、<ザ・バトル>みたいな感じでしたが、僕が演じるXがどういう人物だったのかを、健ちゃんが探ってくるような物語なので、どういう形でアプローチするのか、そこのふたりの関係性がどういう風に浮き彫りになってくるのかなというところは、楽しみだよねという話はしました。
――同じ世界線で生きているわけではないですもんね
僕が死んでしまっていて、僕の過去を掘り起こしていくような話ではありますから。
健ちゃんと掛け合いで歌う曲はエモさも感じるのでは
――そこが舞台上でどう表現されるのかは、乞うご期待というというところでしょうか
まだ大幅変更はあるのは承知の上で、ワークショップ的なことをやったんです。実際にジェイソン・ハウランドさんが作ってくださった楽曲の歌稽古を1〜2日やって、いきなり歌入りで読もう、みたいな感じで1回読みました。一番最後の集大成の稽古には、スケジュールが合わなくて参加できなかったのですが、最初の荒読み通しには参加させてもらいました。何となくですが、『ある男』の世界観を、本読みですが実際に体験してみて、めちゃくちゃいいものになりそうだなと期待感を持ちました。楽曲にもジェイソンが作った世界観が感じられます。『デスノート THE MUSICAL』にちょっと近いような、近からず遠からずで、さらに新しいものが入ってきている感じがしていて、すごくいいと思います。
――伺える範囲で、どんな楽曲が教えていただけますか?
まだ楽曲も変わりそうですが、城戸章良とXが掛け合いで歌う曲が良くて残して欲しいなと思っていますね。ワークショップは代役の方でしたが、気心の知れた仲間ではあったので、一緒に歌ってみたら、「デスノートじゃん!」と声が漏れるくらい。気持ちを独白して、歌に重ねてみたいな感じの曲だったりするので、観る人によってはエモさも感じるのではないかなと。その曲を健ちゃんとやった時に、お互い年を経て変わってきた表現力や立場や状況が変わり、作品も変わり、『デスノート THE MUSICAL』を思い起こさせつつ、やっぱり全然違うぞというワクワク感みたいなものがすごくあるんじゃないかなと思います。
――あの時はテニスをやっていたけれども……みたいな
そうそう(笑)!若かったからやっていたわけじゃなくて演出で、原作にありましたからね。しかも演出の栗山民也さんが、最初に「テニスのシーンは絶対入れる」とおっしゃったそうですよ。名曲で楽しかったですね。
――また名場面が生まれるんじゃないでしょうか
楽しみにしていてください。僕も楽しみにしています。
名前を変える、人生をやり直すというテーマの中で巻き起こる人間ドラマ
――原作の物語については、どんなことを感じていらっしゃいますか?
どこに、誰に感情移入するかによっても見え方が変わってきますが、それぞれにもちろん物語があります。テーマとなるのは、名前を変えて新しい戸籍、新しい人生を手に入れて、人生をやり直すというところだとは思います。そうしてでも新しい人生を手に入れたかった、片や、どうしてそうまでして新しい人生を手に入れたかったのか、というところですよね。
城戸は弁護士として、最初は仕事として動いているつもりが、だんだんXという人物に、彼の人生にどんどん引き込まれていって、気づいたら仕事を忘れて追いかけてしまうくらいになってしまう。Xは自分の家庭環境から、そこまでしてでも、自分の名前を捨ててでも生まれ変わりたかった、やり直したかった。やっぱり心にすごく傷を負っていて、知れば知るほど可哀相な気持ちになるというか、可哀相のひと言で収まらないような彼の波乱万丈な人生を経て、生まれ変わった彼は果たして本当にそれでも幸せだったのか。
名前を変える、人生をやり直すというテーマの中で巻き起こる人間ドラマみたいなものが、観る人によって「すごく分かる」となるんじゃないかと思います。ご覧になる皆さんの心の状態によっても、響き方が違うんじゃないかと。誰しもが「この人みたいな人生を送れたら」と思うようなことがあるんじゃないでしょうか。だから面白いテーマだなと思います。別人に生まれ変わるわけですからね。
――小池さんは、初めて原作や映画をご覧になった時は、どの人物に惹かれましたか?
城戸目線で見ていた印象ですかね。城戸の目線になって一緒にXという人物がどこでどういう風に人生を送ってきて、なぜそうなったのかというのを解き明かしていく感覚でした。城戸がXにのめり込んでいって、ふと現実に帰った時に、勝手に自分を重ねて影響されて変わっていく様というのも、非常に感慨深いというか。一見すごく幸せそうに見えるしっかりした弁護士なのに、心のちょっとした悩みに、新しく生まれ変わるというテーマが非常に響いて、彼の人生に大きな影響を与えるというところは、怖くもあり面白くもあり。なかなかひと言では言い表せないような感想ですね。
メロディに乗せてXの苦しさみたいなものが表現できれば
――Xを演じるとなった時に、城戸の目線で見ていた物語が、今度はXの目線にスイッチしましたか?
もちろんです。Xという人間の背景というか、知れば知るほど心が痛くなりますね。ミュージカル版ということで、歌の中で、歌詞という台詞を告白するみたいなところも、メロディに乗せてうまく表現できたらと思っています。お芝居の部分も含めて、映画とは違ったアプローチというか。苦しさみたいなものが表現できればいいなと思います。
――共演者には、浦井さんはもちろん、様々な作品でご一緒された方が多いですね
そうですね。みんなそれぞれに歳を重ねて、素敵じゃないですか。今になってまたここで集まって、どんな作品になるのかを楽しみにしているのは僕だけじゃないだろうし、多分そう思ってキャスティングもしてくださっていると思うんです。若いうちに出会っているからフレッシュなイメージですが、もうみんな結構な歳なんですよね。円熟味を感じさせるような、重みのある舞台になるんじゃないかと思います。
――演じる皆さんとの関係性にも、惹かれるところがありますね
そういうのを求めて、「久し振りだな」とキャスト目的で観に来たら、多分あっという間に作品の世界に取り込まれてしまって、意外とずっしり……みたいになるかもしれませんし、楽しかった……となるかもしれません。稽古が始まって、脚本が固まってからでないと分からないところはありますね。
ダメな部分をさらけ出せる人たちと同窓会みたいな気分
――これから作品を作っていくにあたって、楽しみにしていることなどをお聞かせください
稽古場でしょうか。本番ももちろんですが、稽古場は皆さん自由にやるじゃないですか。各々の時間を過ごしつつ、コミュニケーションを取りつつ、いろいろとお芝居を試しつつ、という環境ですが、みんないろいろやってきそうだな、という楽しみ方はありますね。本当に懐かしい人ばかりなので安心感は大きいです。
――どんどんチャレンジはできそうですか?
そうですね。変に気を遣う必要がありませんし、もちろん初めての方もいらっしゃるのですが、知っている人が多い現場は意外となくて。映像ですが、初めましての現場が最近続いていたから、何だか嬉しいなと思っています。僕は実は気遣いなので、初対面の方が多いと、自分を出せずに終わってしまう、みたいなことが最近よくあるので。
――逆に、初めての方とお芝居される時は、どのようにしていきますか?
全然普通にやります。もちろん、話したいなと思っていますので。稽古場で観察します。どういう人なんだろうって。
――何が好きなのかなとか?
あとは、お芝居を見て、こういう感じの人なんだなと思いながら、勝手にニヤニヤしているだけです(笑)。楽しくて。話しかけるタイミングがあればいろいろとお話ししたいですね。
――この作品が決まってから、皆さまとお話したりされましたか?
ワークショップをやらせてもらった時には、はまめぐ(濱田めぐみ)さんと(上原)理生、鹿賀さんにお会いしました。理生も『1789 -バスティーユの恋人たち-』ぶりなので、約10年ですね。めっちゃ久し振りなので、同窓会みたいな気分でしたね。はまめぐさんも「どう、最近?」みたいな、普通の世間話から始まって、安心するんですよ。すごく気心の知れた人たちで、いい意味でダメな部分をさらけ出せる人たちだから、気取るつもりはもちろんないんですが、素のままでいられるというのがすごく楽ですね。
ビジュアル撮影現場でも「健ちゃん、分かるよね!?」
――ビジュアル撮影についてもお聞かせください。公開された時に、SNS上でも浦井さんはすぐに分かるけれど、小池さんは分からない人が多かったように感じました。あのビジュアルを狙って作られていく時に、どんな感じで作られたのかなと。
めっちゃ楽しかったですよ!現場でも「健ちゃん、分かるよね!?」と言ってましたね。「僕らは健ちゃんがと分かっているから分かるのかな」みたいなことを言っていたのですが、実際に出たら「健ちゃんだ!健ちゃんだ!」と言う人が多くて(笑)。
――小池さんは分かりませんでしたよ
狙い通りですね。
――やはり分からなさ加減を狙って撮られたのでしょうか
そうなんです。雰囲気や角度を替えつつ、いろいろ探って、分かりにくいよねという風にしました。すごく楽しかったです。そして、本当に顔を撮らないんだと。あのぼやけた撮影で終わってしまったので。
――あれだけで終わったんですか!?
撮っていないんです。今日初めてぼやかしがないものを撮りました。あの時は「終わりです」と言われて、マジで撮らないの!?とびっくりしました。あれは不思議でしたね。
衝撃的なミュージカルになる自信がある、期待して!
――演出の瀬戸山美咲さんとは何かお話されましたか?
まだワークショップで少しお話しできたくらいですが、全体を感覚的に捉えられている印象でした。でも、台詞の一字一句を細かく気にされていたので、台詞が与える印象的なものを繊細に大事にされる方なんだろうなと。僕も結構台詞のひと言ひと言、一字一句を大事にするというか、どういう意図で書かれたのかなというのをすごく気にするタイプなので、一緒にやるのが楽しみだなという印象は受けました。
――この作品をミュージカルにするにあたって、大事したいと思っていることはありますか?
ミュージカルでいつもすごく意識しているのは、歌での歌詞をよく聴こえるようにしたいということです。うまく気持ちよく歌うというのも大事になるのかもしれませんが、僕は言葉をちゃんと届けたいという意識で、どのミュージカルも取り組んでいます。今回は気持ちを歌に乗せて表現する部分が多いと思いますので、そこは大事にしたいなと思っています。
――最後に、皆さんへお伝えしたいメッセージをお願いします
今の段階でも手応えみたいなものというか、「面白いものに絶対になるな」という感覚は強いです。信頼できるキャストとスタッフ陣が集まって作り上げる、新しいミュージカル『ある男』が、皆さんにとって衝撃的なミュージカルになるのではないかという勝手な自信がすごくあるんです。ハードルを上げていると思いますが、「想像を超えてきた!」というくらい新しいものができるのではないかというワクワクが強いので、皆さん期待してもらって大丈夫だと思います!
取材・文/岩村美佳