宝塚歌劇105周年となる今年、宝塚歌劇団の音楽家の吉﨑憲治が活動60周年、演出家の岡田敬二が活動55周年を迎える。この二人のもとに、宝塚歌劇団卒業生と現役生が集い、『ロマンチック・レビューシリーズ』からのナンバーや、吉﨑の懐かしい名曲で贈る『吉﨑憲治&岡田敬二 ロマンチックコンサート』が開かれる。今回、吉﨑と出演者の元宝塚歌劇団雪組トップスター杜けあきが大阪市内で取材会を開き、当時の思い出や、吉﨑作品について語り合った。
―まず、それぞれ今の思いを聞かせてください。
吉﨑「宝塚歌劇団が僕そのものという言い方は不遜かも知れませんが、学校を卒業してから宝塚に入り、作曲家活動60周年を迎えました。人生のほとんどを占めているので、宝塚は私のお家という感じですね」
杜「私は吉﨑先生とは大作でタッグを組ませていただくことが多く、その作品はどれも大曲でした。いつも稽古場で先生と切磋琢磨して、『ここはこのテンポでいってみよう』とディスカッションしながら一緒に作り上げる喜びをたくさん味わわせていただきました。先生は真の芸術家で、80歳を超えていらっしゃいますが、いつも若々しくて、全然変わらないんです。まだまだ現役で活躍していらっしゃるから、それが若さの秘訣で、こんなに若々しくてお肌もつやつや(笑)なんだと。私は宝塚を退団してもう25年になり、今年還暦になります。再び先生の歌を歌わせていただける大きなコンサートに出られるなんて最高の記念ですし、『すごいね、幸せだね』と今回の出演メンバーと話していました」
吉﨑「僕のほうこそ、もっと幸せです」
―当時、お二人はどのようにお仕事されてきたのですか。
吉﨑「ディスカッションするのはどちらかというと、お芝居の歌のときですね。ショーのときは、演出家がいて、『ここをこういう風にしたい』というのが明確にある。お芝居のときは、『この曲はこういう気持ちで歌いたい』『こういう動きを付けながら歌いたい』と、演者の気持ちが大切なんです。そこを汲んでディスカッションするわけです」
杜「『朝日の昇る前に(華麗なるギャツビー)』『アランチャ(ヴァレンチノ)』など、先生とはお芝居の曲が多かったんです。大曲と申し上げたのは、組曲のように、起承転結がある。決して長いわけではなく、歌謡曲は3分間のドラマと言われていますが、先生の曲もそのくらいドラマ性があるんです。そういう歌を歌わせていただいて、すごく幸せでした」
吉﨑「お芝居では、私は歌詞はほとんど作らない。たまにはありますが、演出家が作るんです。それをいかに演者と絡めて曲にしていくか。宝塚は普通の作曲の仕方とはちょっと違うと思います。曲を作る時は、イメージを膨らませて、迷いながら作るんですが、最終的には演出家が『それでいい』と思えばいいんです。初めから演出家と私の気持ちが一緒になることは、まずありえないんです(一同笑)。今だからいいますが、曲のエネルギーで私のほうに、演出家、演者、歌詞を引っ張り込む。自分が燃えているんですね。それは演出家や演者も皆そうだと思います。皆がぶつかり合うことで、作品としていいものに仕上がっていくんです」
杜「おっしゃる通りで、曲に乗せられます。メロディと歌詞のコラボレーションが素晴らしいというのもありますが、本当に知らない間に作品の世界に連れて行ってもらえるんです。今、お話を聞いて、先生にちゃんと操縦されていたんだと(一同笑)。曲の中で先生に育てていただいていたんですね」
吉﨑「演者が曲の中でこういう風に気持ちを動かしていきたいんじゃないかということは、こちらも考える。ボーっとしている演者は何も感じないんです(笑)。杜さんは、それだけのものを持っているんです。〝研一生(劇団一年生)〟のときからそうでしたよ。ちょっとほかの人とは違っていた」
杜「うそー(笑)」
吉﨑「今のような顔です(一同笑)。何の屈託もない。そこが魅力ですね」
杜「初めてうかがいました」
吉﨑「飲み会か反省会のときに、研一か研二か、忘れましたけど、『先生』と柱の陰から呼ぶんですよ」
杜「おそらく先生との距離が近かったんですね」
吉﨑「研一、研二、研三ではあまりしないことです(一同笑)。図々しいんですが、嫌味がないんですよ(笑)。この人は何かやる人だなと思いました」
杜「いやあ~、恥ずかしいです」
―起承転結やメロディラインのほか、先生の曲の魅力はどこでしょうか。
杜「私の印象なんですが、先生はおそらく根がすごく明るい方」
吉﨑「明るいです(笑)。暗いところもありますけど」
杜「例えば、『アランチャ(ヴァレンチノ)』の暗いシーンでも、曲に救いがあるんです。また、ショーの曲はものすごくエネルギッシュなんですよ。宝塚のショーの曲は、お客さまを元気にすると同時に、演じている私たちも元気になるんです。『ラ・パッション!』という吉﨑先生の曲にちなみ、下級生が今でも『パッション会』というのをやってくれるのですが、全員でその曲を歌うんですよ」
吉﨑「それこそ、情熱ですね」
杜「この歌は好きな人が多いんです。歌うと元気になるので、幹事が楽曲の譜面を持ってきて、全員に配って歌うんです。そういうことが続いているのが、曲が生き続けているってことなんでしょうね」
吉﨑「『ラ・パッション!』という題は、普通に考えれば平板ですよね。ベートーヴェンのピアノソナタで『熱情(アパショナータ)』という曲がありますが。『パッション』と言われても、普段は『ああ、情熱ね』と流してしまうんですけど、演出家から『ラ・パッション!』をやりたい、と表題をもらうと、別のイメージを自分が考えて、パッションとは何かを音として表現しなければいけない立場にあるわけです。これを杜さんが歌うとどうなるのかも考えて、生まれたのがこの曲です。彼女をはじめ、演者が歌ってくれることで、僕もパッションを受けるわけです。それが宝塚だなと思いますね。やったことの跳ね返りがこっちのパワーになる。ありがたいことです」
杜「いつも生徒を思い浮かべて曲を作るのですか?」
吉﨑「曲を作るとき、主役の人は誰か分かりますよね。ほかの人は分からないことがありますが。主役の人のイメージを重ねながら作ります。演者が分かっているというのは、ありがたいですね。『この人か…』というのは、あまりないですよ(一同笑)」
杜「先生がどういう風に私をイメージしてくださったのか、考えると恥ずかしいですよね。見えないところで先生と私の時間が作られているのは、神秘的で、どんな感じなんだろうとずっと思っていたんです」
吉﨑「こちらもどういう風に歌ってくれるんだろうと考えるんです。ほかの劇団でもあるとは思いますが、家族的な雰囲気の中で創作を盛り上げていくことは少ないでしょうね」
杜「宝塚ならではですよね」
―先生が宝塚の曲を作る上で、一番大切にされていることは何ですか。
吉﨑「宝塚の曲であるということを前提に、いかに自分を生かすかです。これは音楽家として大切なことだと思います。僕は自分で個性があるとは思っていませんが、そういう意気込みと、宝塚の曲をいかに皆さんに愛してもらうかという思いでやってきました」
―先生の曲はとても個性的でどの曲も脳裏に焼き付いています。演出家の岡田敬二さんと長年、手掛けられ、昨年20作目を迎えた『ロマンチック・レビューシリーズ』も人気ですね。
吉﨑「ありがとうございます。『ロマンチック』といっても色々ありますから、今回は何でいくか。ロマンチックは全体を表しているけど、その中で、『ジュテーム』『ラ・パッション!』などとタイトルを決めて作っていく。僕は歌詞を大切にしたいので、できるだけ変えない。極端に変えてほしいとは言わないようにしています。演出家が何を表現したいかを考えて作っていくのが、座付きである使命だと思いますし、それが出来ないんだったら自分には才能がないと思うようにしています。岡田先生には情熱がありますからね。それに、タイトルロールを考えるのが上手です」
杜「生徒としては、先生のお人柄も大きいと思います。すごく優しいんです」
吉﨑「自分自身を情熱家だと思ったことはないですけどね」
杜「先生はとにかく、優しかった。甘いのではなく、温かいので先生の笑顔で救われるんです。そんなに燃えたぎる情熱があるのは私たちにも分からなかった。きっと、曲の中に情熱が生きているんでしょうね」
吉﨑「なるほどね。『どうやったらそんなに熱のある曲を作れるの?』と聞かれたことはあります。ものを作るものとして、喜怒哀楽は本質だと思っていますから。それをどういう風に曲に表すかが大切なんです」
杜「先生の曲で、私の歌ではないですけど、大好きな曲はたくさんあります。ああ、これも先生の曲だったんだと。今回は、そういう曲もコンサートでお目見えしそうで、とても楽しみですね」
―今回、平成が終わって、新しい元号を迎えてのコンサートになりますね。
杜「奇しくも私は平成元年初トップなんです。元号が変わるときのトップで、『ラ・パッション!』はまさしく平成元年の、平成ホカホカの作品です。これも何かのご縁でしょうか。私にとって平成が終わるのは、一幕が下りるような気持ちがするんですが、このコンサートで新たにどんな進化を遂げるのか楽しみです。宝塚OGの出演者は、外の世界を知って、また集まって、当時の歌を歌うわけです。進化してなかったら先生に怒られますよね(笑)」
吉﨑「そんなに変わらなくてもいいんだと僕は思いますけどね」
杜「そうですよね~変えようがないですよね!曲のイントロが流れただけで、当時に戻れる。その当時に、いかに情熱を持って演じていたかが分かります。身体が戻れるかは分かりませんが(笑)、気持ちはトップに就任した当時に戻れるんです。目線すら変わってしまう。昨日まで女優をやっていたのに、男役の世界に戻れるんです。そういう醍醐味が宝塚にはあるんですよね。男役の芝居はなかなかする機会はありませんが、歌は歌えるんですもの。本当に財産ですね」
―男役の声色も簡単に戻るものなのですか。
杜「苦労します。ずっと高い声を使って女優をやっていたので、今年出演した『ベルサイユのばら45~45年の軌跡、そして未来へ~』は、覚悟を持って臨みました。でも、面白いもので、毎日歌っていると出てくるんですよね」
吉﨑「それはすごいですよね。やっぱり才能なんだ」
杜「いえいえ努力あるのみで、今回も出演者がそれぞれ、そこに向かって準備してくると思いますよ」
吉﨑「僕は平成の天皇と同年代なんです。そのことは普段、意識はしていなかったんですが、時代が変わるとなると、自分は今後どういう音楽を作ったらいいんだろうと考えますね。まぁ、流れに乗って、次の時代を迎えていくだけですね」
―先生にとって、作曲の作業はいつも楽しいものですか。
吉﨑「厳しいです。はっきり言って厳しいです。自分で才能があるとは思っていないから、毎回、毎回、絞り出していくのが大変です。次の作品は同じものを作ってはダメですし、自分というものが出なければいけない。そのせめぎ合いの中で、毎回、やっています」
杜「先生の作曲数は3000曲を超えているわけですから、生みの苦しみですよね。3000曲、全部違うんですものね」
吉﨑「似たり寄ったりもいっぱいあると思います(笑)」
杜「そんなことないですよ!」
―ご自身でもいっぱい作ったなと感慨深いですか?
吉﨑「3000曲も本当に作ったのかなと(笑)。『ジャーン』という短い曲も一曲に数えるなら、3000曲はあるでしょうね(一同笑)。若いときは、ひと月で作品が2、3本重なりながら作っていた。今はボチボチやっていますけど」
―杜さんは、今回、男役の声に戻すには、喉のケアも大変でしょうね。
杜「男役は女性の声と真逆のことをしなければならない。昔は、よく出来ていたなと思いますよ。宝塚時代は声を潰すことが多かったんですが、潰しても練られてきて、色んな粒子が役とともに、声の中に入ってくる。若いころは『いい声だね』と言われても、単品みたいな感じなんですよ。ただ、美声と言われるのと、味のある声は違うじゃないですか」
吉﨑「違いますね」
杜「色んな役をすることによって、味のある声が出来てくる。そういう時に歌うと自分でも鳥肌が立つことがありました」
吉﨑「何があっても舞台に出なければいけない。それがすべてですものね」
―最後にお客さんにメッセージをお願いします。
杜「私たちが先生の名曲を心を込めて歌う瞬間に、お客さまがその時の情景、青春を思い出してくれたらうれしいです。私たちも楽しんで、先生をお祝いする気持ちで歌いますので、ぜひ、聴きにいらしてください」
吉﨑「お母様やおばあ様になられたりするファンが多いと思うんですが、お連れのお子さん、お嫁さんにも宝塚を知っていただければうれしいです。そうそうたるメンバーに私の曲を歌っていただけることは本当にうれしいですし、昔のファンの方には懐かしんでもらい、初めて耳にする人には宝塚はいいなと思ってもらいたいですね」
杜「先生の曲は古くならないのがすごいと思います」
吉﨑「それが僕には分からない(笑)」
杜「作った方は分からないんですよね、きっと。歌い続ける私たちは本当にそう思いますよ」
吉﨑「それなら、最後に握手!(笑)」
取材・文/米満ゆうこ