実在する劇作家ジェームズ・バリが『ピーターパン』という物語を書き上げ、上演するまでを描くミュージカル『ファインディング・ネバーランド』が5月15日に開幕する。
本作は、アラン・ニーによる戯曲『The Man Who Was Peter Pan』と、ジョニー・デップ主演で 2004年(日本では2005年)に公開された同名映画(邦題「ネバーランド」)を元につくられたミュージカル作品。2015年にブロードウェイで開幕し、日本では2017年にツアー版招聘公演が上演された。日本での新演出版が上演されるのはこれが初となり、翻訳・演出は小山ゆうなが手掛ける。ジェームズ・バリを演じるのは山崎育三郎、バリが出会い、『ピーターパン』をかくきっかけとなる家族の母親シルヴィアを濱田めぐみが演じる。
本作で、劇場主のフローマンとフック船長を演じる武田真治に話を聞いた。
ミュージカルで描くのは、カオスの中から生まれる『ピーターパン』
――稽古が始まって、どんな作品になりつつあると感じていらっしゃいますか?
スタンダードな手法で名曲をお届けする作品……だと思わるような題材ですが、予想を裏切るテンポ感だったり楽曲だったりして、緩急はイメージなさっている以上のものになるんじゃないかと思います。きっとびっくりしますよ。
――映画『ネバーランド』とはまた違うイメージですね。それは音楽がつくりだすものなのですか?
そうですね。音楽が、ジェームズ・バリがつくる“前例のない題材(=『ピーターパン』)”を拒絶する大人の葛藤やドタバタをテンポよく描いていたり、子供の元気をとてもエネルギッシュに描いていたりするので、映画版の「静かな日常から生まれた新たなクリエイティビティ」というイメージよりももう少しカオスの中から『ピーターパン』が生まれるように描かれるんじゃないかと思います。
――武田さんは会見の際、「本読み(キャストによる読み合わせ)で涙した」とおっしゃっていましたが、どこに心が動かされたのですか?
山崎育三郎さんと濱田めぐみさんの歌には特別な響きがあると思いました。歌声もそうですし、(本読みという稽古序盤の段階で)既に深いレベルで理解や解釈をされている、そのミュージカルスターとしての圧倒的な資質みたいなものを目の当たりにして、感動しちゃったのかな。あの時点で物語の軸がひとつできあがっている、という感じでした。
現代の大人に必要な物語だと思う
――武田さんは、この物語をどんなふうに受け取られていますか?
大きいことを言ってしまうと、現代の大人に必要な物語かなと思います。先日のWBC2023の試合で見た「信じる力」みたいなもの……あのとき、ちょっと疑いませんでした
――そうですね、勝てないかもしれないって。(※WBCで日本代表の監督は、実力はあるが不調が続く選手を信じて、重要な局面でバッターボックスに送り出し、その結果、選手は力を発揮しチームの勝利に貢献した)
ね。そこであのプレーを目の当たりにしたときのメッセージに近いものがあります。勝負に出るときにネガティブな感情が湧き出るのは当然で、だけどそうならないように準備するのが大人なんですけど、その準備が実際に通用するかどうかは試してみないとわからないんですよね。そして、試すなら前向きに試さないといけない。それって当たり前のことですが、どうしてもお利口になっちゃったり、経験から「夢を見ない」という選択肢を、大人は取りがちだと思うんです。
――そうですね。「失敗したくない」という理由でやらないことがあります。
この物語でも、演劇の最高峰で最先端の街ロンドンで、『ピーターパン』のようなファンタジー作品を発表することはリスキーだったと思うんです。そして残念なことに、自分が演じる劇場主フローマンは「やめろ」と言う側です。そう言う理由もわかる。それでも『ピーターパン』を書き上げ、歴史に残る作品をつくりあげた、そのバリの“前に進んだ勇気”のようなものは、大人こそ琴線に触れる内容だと思います。
――武田さんは劇場主のフローマンと、フック船長という二役を演じられますが、ご自身の役にはどんな魅力を感じていらっしゃいますか?
「常識」という設定がないと、そこからはみ出したときの高揚感や、はみ出す主人公の魅力も出ないと思うんですね。だからフローマンを演じるときは徹底的に「常識」を提示して、頑固なまでにそれを貫こうと思います。フック船長になったときは、強くかっこよくいきたいです。劇中でフック船長は、良い悪いではない「強さ」というものをバリに問うんですけど、そのときにバリと一緒に歌う楽曲が、どこかのロックバンドのシングル曲みたいなすごい楽曲なんです。エネルギーを持ってその曲に挑みたいです。
――フック船長はバリの中にある感情だということを会見でおっしゃっていましたね。
つまり「自分の中にある感情を否定するな」ってことだと思うんですね。「これもお前の一部なんだぞ」っていう。
――フローマンとフック船長に共通点のようなものを感じたりされるのでしょうか?
主人公に対して「乗り越えるべき壁」としてあらわれるっていうことかなと思います。立ち向かうべきものの象徴として存在しているのかな。
――“敵”ではなくて“壁”ですね。
そう、ちゃんと向き合えっていう。
僕は言いたい、「ピーターパンに会ったことがある」って
――お芝居の中では山崎育三郎さんと対峙することが多いと思いかますが、どんな印象をお持ちですか?
歌、お芝居、身のこなし、ものすごくバランスのいい方だなと思います。クセのようなものがない、透明感のある方だなって。ジェームズ・バリを演じることや、あのファンタスティックな歌声は、一朝一夕では得られないと思いますし、山崎さんが培ってきたものがあってこそだなと感じています。すでに他の方が演じることが想像できないくらいです。シルヴィアを演じる濱田めぐみさんの歌もお芝居も素晴らしいですし、そういう意味でも今作は、ミュージカル通(つう)も唸らせて、ミュージカルを食わず嫌いしている人にもズドンとくる作品になるんじゃないかなと思っています。僕はこのカンパニーに入れて光栄です。自分を磨き上げたいです。
――特に好きなシーンはありますか?
どのシーンも楽しいのですが、一幕ラストの、台詞がなく歌だけで繋いでいく流れは圧巻だと思いますよ。
――楽曲、楽しみです。
曲には単体で通用する強さがあると言いますか、震えるようなかっこよさがあります。例えばコンサートで、「これから歌うのは『ファインディング・ネバーランド』のこういうシーンで歌われる楽曲です」と説明せず、いきなりドンと歌っても「うわ、かっこいい!」「素敵な曲!」となるような曲が多いんです。訳詞も素晴らしくて、なんなら原語以上によくなってるんじゃないかと思えるものもあったりします。
――武田さんは歌っていかがですか?
早く自分のシーンが来ないかな(早く歌いたい)と思うくらいです。なかなかそんなこと思わないですけどね。人気出ちゃうんじゃないかな(笑)。
――ちなみに武田さんは11年前にミュージカル『ピーターパン』でフック船長を演じられました。作品にはそういう縁も感じていらっしゃるのではないですか?
あのときにフック船長を演じてよかったなと思います。『ピーターパン』でフック船長を演じさせていただいたこと自体が光栄なことですが、今作に参加した今は、あのときに自分はこの、素晴らしい才能が結集した作品に参加できる切符を手にしていたんだ、というような感覚があります。
――この作品は、人との出会いが人生にどれほど大きなものをもたらすかを感じさせてくれますが、ご自身にとって大きな出会いはありますか?
それはもうすべての方です。一期一会。本当にそう思います。ただやっぱりこういうお話になると、忌野清志郎さんが思い浮かびます。彼は僕に、人として必要な時間、人として必要な交流、みたいなものを教えてくれた人ですから。彼のライブツアーに自転車でついて行っていたあの時代、あの時間に、成長させてもらったと思います。だから僕は言いたいです、「ピーターパンと会ったことがある」って。彼との時間はそういうものでした。
取材・文/中川實穗