開幕まであと少し!新風を吹き込む『ピーター・パン』稽古場レポート

撮影:宮川舞子 提供:ホリプロ

また『ピーター・パン』に会える夏がやってきた!
日本初演から今年で43年目となり、長きにわたり上演され続けているブロードウェイミュージカル『ピーター・パン』は、一度でも劇場で観たことがある方なら、その長く愛されてきた理由がわかるだろう。
時代ごとに新たなピーターを迎え、スターを生み出してきた本作。今回11代目となるピーターを演じるのは、ミュージカル『アニー』で主演を務めた経歴を持ち、ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』のリン役の好演でも記憶に新しい山﨑玲奈。そして演出・振付は、国内外で活躍し、独創的な世界観の作品で魅了してきたクリエイター兼パフォーマーの長谷川寧が務める。これまで長谷川が手掛けてきた作品の印象からすると、『ピーター・パン』の演出は意外性があり、どんな化学反応が起こるのか非常に興味がそそられる組み合わせに感じられる。
新たに生まれ変わる本作を探るべく、稽古が佳境に差し迫った某日、稽古場取材を行った。

撮影:渡部孝弘 提供:ホリプロ

この日に見学することができたのは、一幕の終盤にあたる、ピーターとウェンディたちが出会う場面。ちなみに今回のバージョンでは、子どもたちがより観やすく楽しめるようにという配慮から、全三幕での構成になっているそうだ。上演時はこちらの改変にもぜひ注目したい。

ベルの音が印象的な音楽と共に、山﨑演じるピーターが自分の「カゲ」を取り戻すため、ダーリング家の子どもたちが寝ている部屋の窓から飛び込んでくる。
ピーターと一緒にやって来た妖精のティンカー・ベル(ティンク)は、その光が部屋中のあちこちを飛び回ってピーターの影を探している。ティンクの光を追いかけて一緒に探すピーター。やがてティンクのおかげでカゲを見つけることができたピーターは、「俺のカゲ!」と取り戻せたことを歓喜する。

すると、ひょうきんでリズミカルな音とともにピーターの「カゲ」が動き出す。このカゲ、前回では布で表現されていたのだが、今回は俳優の身体で表現するという大きな変更点があり、こちらも一つの見どころになっている。強い意思を持ったように躍動感に溢れる「カゲ」は、生身の人間が演じることで、どんな動きが飛び出でるのが予測不能なところがあり、見ていてなんともワクワクさせられた。
ピーターは「俺の体にくっつけ!」と叫び格闘するも、なかなかカゲと一体になることができない。ついに大きな声で「うえ~~ん!」と泣き出してしまう。

ピーターの泣き声で眠っていたウェンディが目を覚ます。昨年に続きウェンディを演じるのは、岡部 麟(AKB48)。どこか大人っぽい風情のある少女の雰囲気が印象的だ。「あなた、どうして泣いているの?」とウェンディに話しかけられたピーターは、スッと泣きやんで「こんばんば」と挨拶。互いに自己紹介をしたあと、ピーターはカゲを取り戻しにこの部屋へやって来たこと、そして影がくっつかなくて困ってることを伝える。岡部ウェンディがピーターの足元にカゲを縫い付けるシーンでは、痛がる山﨑ピーターのリアクションが芸人さながらでおもしろく、きっと劇場でも笑いがこぼれるだろう。

撮影:渡部孝弘 提供:ホリプロ

カゲを取り戻したピーターは、さっきの大泣きはどこへやら、無敵モードで一気にテンション爆上がり!(ピーター、単純でわかりやすい笑)。その勢いのまま歌われる「雄叫び」は、「俺は素晴らしい 自分が良けりゃありのままでいい!」という、自己肯定感満載のポジティブな歌詞と鶏の鳴き声(の真似)が印象に残る愉快なナンバー。華やかで軽やかなメロディに乗せて歌う山﨑ピーターの生き生きとした姿に、きっと多くの観客が魅了されるはずだ。

続いて、ピーターが暮らしている島・ネバーランドとはどんなところなのかを伝えるナンバー「ネバーランド」が披露された。冒頭から山﨑の澄んだ柔らかい歌声が心地よく響き、ゆったりとした美しいメロディーが心に染み渡る。
稽古場で引き込まれたのは、この歌の中で「ネバーランドはどんなところ?」とウェンディに聞かれたピーターが、「どんな場所」なのかを語りかけるように伝える会話の場面。一定の快活なトーンで語りかけていた山﨑に対し、演出の長谷川が一つのセンテンスの中に抑揚をつけるような言い方で、と自ら動きやセリフ回しを体現して山﨑に伝える。そのオーダーに山﨑が素早く応えると、ウェンディへ語りかける言葉が、さらにネバーランドの情景をイメージさせるような膨らみを見せ、その芝居の変化と対応力に驚かされた。
同場面では、長谷川から岡部に、ピーターに後ろから語りかけられているときの目線を外すタイミングについて新たなオーダーが伝えられた。すると変更前よりも、ウェンディが観たことのない“ネバーランド”の景色を頭の中で想い描き、その情景をまるでピーターと一緒に見ているような一体感がグッと増し、クリエーションの現場ならではの醍醐味を感じることができた。また、山﨑・岡部の二人と長谷川のやり取りからも、互いに信頼感があるからこそ、和やかな空気感が生まれているのだな、と感じられたことも印象的であった。

撮影:宮川舞子 提供:ホリプロ

この日は、ピーターが子どもたちに空の飛び方を教えるシーンの直前までを見せてもらった。このあとに続くのは、本作の一大見どころでもあるピーターのビッグフライングのシーン(フライングの稽古は専用の稽古場で行っているため、残念ながらこの日見ることはできなかった)。ピーターや子供たちが軽やかに宙を舞う姿は、一瞬で心を解き放ってくれるパワーがあり、浄化されたような清らかな心地にさせてくれるので、ぜひとも劇場でその開放感を味わってほしい。

撮影:渡部孝弘 提供:ホリプロ

『ピーター・パン』は子ども向け、ファミリー向けという印象を持っている方が多いかもしれないが、大人だからこそぐっと染み入るセリフやシーンがたくさん盛り込まれているのも本作の大きな魅力。今年、『ピーター・パン』の作者である劇作家ジェームス・バリが主人公の、『ピーター・パン』を上演するまでを描いたミュージカル『ファインディング・ネバーランド』が日本で初演され好評を博したが、両作を観るとさらにピーターとウェンディの関係性が切なく愛おしいものに感じられるはずだ。
フック船長をはじめとするおなじみのキャラクターたちも新キャストを迎えた新生『ピーター・パン』、作品の新たな魅力に触れられるのが今から楽しみだ。

取材・文:古内かほ