ブロードウェイミュージカル『カム フロム アウェイ』の魅力を、ホリプロ・井川荃芬プロデューサーに訊く!
2024年3月に開幕する、日本初演のミュージカル『カム フロム アウェイ』。2017年にブロードウェイで開幕しロングランヒットを続け、同年の第71回トニー賞ミュージカル演出賞を始め数々の演劇賞にも輝いた、話題作だ。今回、日本版を上演するにあたり、このミュージカルに魅了されたポイントや日本版製作に至る流れやこだわりなどをホリプロの井川荃芬プロデューサーに語ってもらった。
――まずは、井川さんと『カム フロム アウェイ』というこのミュージカルとの出会い、日本版を実現させようと思われたきっかけなどからお伺いしたいです。
私はいつも舞台を観る時は、あえて事前の勉強はあまりせずに劇場に行くようにしているんです。何も情報を持たずに観客として純粋にどう楽しめるかを大事にしたくて。ですからブロードウェイで『カム フロム アウェイ』を観に行った時も「9.11の話」くらいの認識しかなく、途中休憩があるかないかすら確認していませんでした。そして幕が上がり、終わった瞬間にはもう感動し過ぎていて、劇場を出てすぐにWi-Fiを繋いでその場で上司にメールで「この作品は本当に凄かった、日本で絶対やりたい、今すぐ上演の権利を取りに行きたい!」と伝えたくらいです。実際、滞在期間中に現地で本作のプロデューサーに話を通してもらった、というのがこの企画のスタートとなりました。
――まさに、その目で見て即、動き出した演目だということですね。
そうなんです。この数年さまざまな舞台を観てきて、もちろんいい作品はたくさんあります。その中でもあそこまで心を動かされたのはとても印象的で、あの日のことを今でも昨日のことのように覚えています。こんなにもシンプルな舞台にもかかわらず人間のパワーを感じ、物語の持つメッセージはもちろんのこと、舞台から放たれるエネルギーも本当に素晴らしいんです。もうひとつ大きかったのが、この作品は確かにシンプルなんですけれどもずっと音楽が鳴り続けているミュージカルなのに、観ている側はストレート・プレイを観ているかのような感覚になったんです。こういうミュージカルもあるんだということを日本のお客様にもお届けしたい、という想いもありました。さらには、この物語を届ける上で演出が秀逸だったため、物語のメッセージを伝えるだけではなく絶対にこの演出のまま、つまり“レプリカ”でやりたい、と思いました。
――それで、日本人の演出家に委ねた日本バージョンをオリジナル演出で作るのではなく、ブロードウェイ版の演出家であるクリストファー・アシュリーさんをお呼びして演出してもらうことに。
作品によっては日本版のオリジナル演出として落とし込んだほうが、よりお客様に伝わりやすい場合もあるので、その時は“ノンレプリカ”で創り上げることも多くあります。『カム フロム アウェイ』は、長いトライアウトを経てあそこまで究極に削ぎ落として作り上げられた作品で、自分が劇場で感じた、この同じ感触をぜひとも日本のお客様にもお届けしたいという強い気持ちが一番にありまして、それでアシュリーさんをはじめ、ブロードウェイからクリエイターの方に来ていただくという、このスタイルで進めていくことにしました。
――あのシンプルな作りだからこそ、ストレートに、素直に、心を揺さぶられる気もしました。
本当にその通りだと思います。その後、プロデューサーとお話をした時にも最初にリーディングがあり、そこからワークショップを重ねていって、ブラッシュアップしてブラッシュアップして作り上げた舞台だとおっしゃっていて。やりながらどんどん削ぎ落としていった結果が、このシンプルな舞台になったんですよね。そこまで時間をかけて緻密に作られたがゆえに、メッセージや描かれる出来事があれだけいろいろなものが交錯しているのに一本の太い柱がしっかりあって、ちゃんと道となって最後にお客さんに届くようになっている。あの、劇場中を包み込むようなメッセージの届き方、エネルギーの伝わり方は、ここまで手を尽くしてそぎ落としたシンプルさがあるからこそだと思います。
――約100分という上演時間も観やすそうですし、休憩がないスタイルも最近ではちょっと珍しいというか。
私も初めて観た時は休憩なしとはわかっていなかったので、驚きました。そういえば、実は私が観ていた回は、開演が10分くらい遅れたんです。なぜかというと、後方がごっそり空いていたのですが、その団体のお客様の到着が遅れているのでもう少し待ってから開幕をしたいとアナウンスがありまして。そのアナウンスにも驚いたのですが、それで無事にみなさん揃ったところで、ではスタートしますと開幕したんです。それでいざスタートすると、ジェットコースターみたいな100分間です。観終わった時、そうやってお客様の到着を待った理由がすごくわかりました。確かにこの作品は、冒頭観客も一緒になって物語に没入できると、より作品を体感できる作品だと感じました。
――お客様も一緒になって全員で見守るという感覚自体が、そのまま物語にも重なってきそうです。そして今回、その作品を日本版にするにあたって特に強く意識していることというと。
やはり、まずブロードウェイで観た時に感じたのは12人のキャストたちによるアンサンブルの重要さでした。かつ、その12人ひとりひとりがものすごく粒立っている、という表現では言葉が足りないぐらいに表現力が豊かでそれぞれのキャラクターを成立させていたんですね。ステージ上で各自が120%のエネルギーを出しつつ、お互いに化学反応を起こさせ続けているからこそ、観客席の後方でもそんなことを忘れるくらいにエネルギーを浴びている気分になれた。あの時に自分が感じたのと同じ気持ちを、日本でもぜひ舞台の上から届けていただけるキャストの方々とご一緒できれば、と強く思いました。私が観たのはオリジナルキャストだったのですが、素晴らしい方々が揃っていて、確かに技術も含めて相当なパワーを持っている人が演じないと、たった12人で100分のステージをこの感覚で届けるのは難しいと思ったので、その点にはすごくこだわりました。
――では、その想いからお声をかけたのが、今回のこの顔ぶれだったということなんですね。それにしても日本のミュージカル界のスターばかりが見事に揃っているので、なかなか大変だったのではと思いましたが。
作品のことを知ってくださっている方もいらっしゃいましたが、もちろん日本初演ですからまだ海のものとも山のものともわからない作品であるにもかかわらず、脚本を読んでいただいて一緒にやりたいと言ってくださって、本当にありがたかったですし嬉しかったです。決して、ミュージカル界のスターを集めてやるぞ!みたいな気持ちではなく、実際に舞台を観ながら、途中から「絶対日本でやりたい」思っていたので頭の中で「この役は、あの方が演じたら素敵なんじゃないか」と勝手に妄想を繰り広げていたんです。それで、自分が「ぜひ、この方に演じていただきたい」と思った方にお声がけをしていった結果、オールスターになったという感じだったんです。
――そして演出は、ブロードウェイ版を演出されていたクリストファー・アシュリーさんに来ていただくことになっていますが、アシュリーさんとはこの日本版について、たとえばどのようにしようとお話されているのでしょうか。
レプリカで上演する時の多くの場合、まず演出補の方に来ていただくことがほとんどで、オリジナルの演出家さんが来ることはあまりないんですね。ですが、今回は演出補の方がブロードウェイの公演の立ち上げから一緒に関わられているダニエル・ゴールドスタインさんという方、彼は日本では『ザ・ミュージック・マン』などの演出もされている方なのですが、そのダニエルさんが演出補で入られています。彼がまず先に日本に来て一から一緒に作ってくれて、そこからアシュリーさんが来て作り上げてくださるという形になっています。本作の演出でもトニー賞を受賞され、その演出家の方が日本で一緒に作ってくださるというのは本当に光栄です。また今回は、衣装とヘアメイクに関してはレプリカではないんですね。それはアシュリーさんとも相談した結果なんですが、この作品は着飾る衣裳が必要なわけではなく、その場所で生きている人たちが登場人物だということを考えると、身体のサイズだったり肌の色だったりの違いが影響してきますから、まさに、よりリアルにステージ上でその場で生きている人に見えるスタイリングにしようということになりました。
――そのほうが確かに、よりリアルに観られますね。
例えば、色にしても、海外の方が着る紫と、日本の方が着る紫とでは微妙に違ってくると思いますので。その辺りは日本版キャストの体型も含めてわかっている方にスタイリングしていただいたほうがいいねということで、その方向で作業をスタートさせているところです。
――それにしても、いわゆる9.11のことをモチーフにミュージカルを作るということ自体にとても意外性を感じましたし、でもちょっと変わった視点から描くからこそ成立するのかもしれませんが、それでもデリケートな問題も多いですから製作過程ではきっと苦労も多かったのではないかと想像します。
まさに今、日本、そして世界で大変な状況が続いています。本当に今おっしゃってくださったように描いている視点が一味違うんですよね。まずこういったことが9.11の裏で起こっていたということも、私もこの作品を観たことで初めて知りましたし。その中で描かれている人と人との繋がりこそが、この実話の出来事に限らず、今すごく大事なことなのではないかと思っているんです。例えば、今は若者がSNS含め全ての関係性を全部切ってリセットをする人が増えていたりもしていますが、人と繋がるというのはとても素敵なことで、誰かと一緒にいることで人は、より強く生きていけるということを改めて感じさせてもらえる作品です。悲しい事件とは裏腹に、人種、宗教、国境を越えて、シンプルに楽しむこともできる作品でもあるのが、本作の魅力だと感じています。
――楽曲については、どういう印象をお持ちですか。もし、特に気に入っている曲があったら教えていただけますか。
私が、この作品をすごいなと思ったポイントのひとつが、開演から終演まで、ほぼほぼずーっと音が鳴っている舞台だということなんですよね。しかも、こんなにも物語とセリフと歌とが絡み合っているものって他にあまりないというか。「今から、歌い出しますよ!」みたいなことではなく、本当にスムーズにすべてが繋がっていくので、そこがとても素晴らしいんです。音楽でいうとケルティックな曲調から、イスラムの言葉にのせた曲もあれば、礼拝の時に使用する曲や、クラシカルな教会で歌われてきているようなメロディーが入ってきたと思うと、誰もが知っているポップソングをカラオケで歌うシーンもありますし。まさに登場人物たちと同じく、他民族が一緒になっているのが音楽でもうまく融合しているんです。さまざまな人種、宗教、その交わりが楽曲にもしっかり入っているところも大好きです。個人的には、朝に聴くとすごくパワーをもらえる曲が多くて。走りながらずっと聴いていたいと思うこともありますし、一方で心に沁みるメロディラインもあるので、一曲を選ぶのはちょっと難しいですね(笑)。
――では最後にお客様へ、楽しみにしてほしい点、見逃してほしくない点などを含めて、お誘いのメッセージをいただければと思うのですが。
100分間というと短く感じるかもしれませんが、シンプルだからこそ人のパワーが伝わってくると思いますし、作品のつくりという意味でも自分が観た時に「こんな作品、観たことない!」と思ったんですよね。それを劇場で体感できたのはまさに貴重な時間でしたし、あの感覚は今でもリアルに覚えています。きっと、お客様にも何かを感じていただけると思います。「今までに観たことがない感覚って?」と思う方もいらっしゃると思いますが、劇場空間だからこそ物語と共にエネルギーを共有できると思います。ぜひとも足を運んで体感していただけば嬉しいなと心から思っています。
取材・文 田中里津子
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