新作ミュージカル『この世界の片隅に』が、2024年5月日生劇場を皮切りに、全国で上演される。こうの史代による原作漫画は、太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の物語でありながら、つつましくも美しい日々とそこで暮らす人々が淡々と丁寧に描かれ、それゆえにいっそう生きることの美しさが胸に迫る作品だ。2度に亘る映画化、実写ドラマ化と、様々に形を変えて永遠に残り続けるであろう不朽の名作が、ミュージカルとなって新たに誕生する。要となる楽曲はアンジェラ・アキが手掛ける。絵を描くことが大好きな主人公の浦野すず役をWキャストで演じる昆夏美と大原櫻子、すずが嫁ぐ相手の北條周作役をWキャストで演じる海宝直人と村井良大による座談会をお届けする。
ミュージカルである意味を見つけたい
ーーミュージカル化が決まった、今の率直な思いをお聞かせください。
昆:原作の映像版を観たときに、これをミュージカルでどうやるんだろうと思いました。ワークショップでも、これから改良される段階でいただいた台本を観ても、どういうふうに作っていくのかという期待もあり、新しい試みだなと思いました。ストレートプレイではなく、ミュージカルである意味を見つけてやっていきたいと思っています。
大原:ここまでたくさん歌わせていただく作品は初めてです。すごく楽しみですが、少し不安もあります。
海宝:すごく楽しみですね。日常を淡々と描きながら、繊細な機微を表現していく中で、とてもかわいらしいキャラクターのルックスなのに、生々しく繊細に描かれていて、最初に原作マンガを読んだときに、これを映像化してアニメーションにするのはとても大変だろうと思いました。監督がいろいろなリサーチをして、忠実な部分があれば、監督の思いを取り入れた部分もあったり、もう一つ新しい形の『この世界の片隅に』なんだと思って観ました。今度は舞台になることで、さらにもう一つフィルターができて、新しいものが生まれる思うと、いろいろな媒体で観てきた人も、きっとまた新しい解釈やメッセージを受け取るものになるだろうなと。とはいえ、ハードルはとても高いので、クリエイトの難しさも実感して、覚悟を持ち、クリエイターの方々と話をしながら、望みたいと思います。
村井:日本初演のオリジナルミュージカルになると思いますが、原作があってアニメ化されたり、ドラマ化されたりしているものを、どういう風にミュージカルに落としこむのだろうと思いました。ストレートプレイではなく、ミュージカルにする理由があるだろうなと思っていたんですが、アニメ版には挿入歌がたくさん入っていて、観ていてとても自然でした。昭和の流行曲もたくさん出てきたり、音楽との距離が近い作品なのかなと。『この世界の片隅に』では、やさしい旋律がずっと流れているような空気感を感じたので、ミュージカル化に無理がなく、音楽だからこそ伝わるものがある。言葉にできないことを歌と、歌詞と、旋律に乗せることによって、ダイレクトにお客様に伝えられるので、ミュージカル化にぴったりな作品なのかなと思いました。
言語化しづらい感動を表現するアンジェラ・アキさんの音楽の力
ーー今の村井さんのお話に繋がりますが、ミュージカル化することによる魅力をどう感じられていますか?
海宝:言葉にできない思いをというのは本当にそうだなと思います。マンガで読んだときも、アニメで観たときも思ったんですが、具体的に何に感動したのか、何に泣けたのかというよりは、全体を見たときに何か圧倒される。言語化しづらい感動をすごく感じていて、それを音楽で表現を深めていくのは、とても難しいことですが、すごくやりがいのあると思いました。いわゆる大ナンバーで歌い上げるような感じにはならないだろうと。そもそも、ミュージカルにおいて、そこは大きなハードルで、音楽で引っ張っていくのはとても難しく、だからこそ、これまでにミュージカルを作っている作曲家の方ではなく、新しい感性を持ってきてくださるアンジェラ・アキさんはぴったりなんだろうなと思います。
大原:私も初めて楽曲を聴いたときは、やはり感動して泣いてしまったんですよ。海宝さんがおっしゃったように、言語化できないものが音楽にはあって。メロディが語る、ではないですが、アンジェラさんの音楽の力を改めて感じました。音楽があることによって、その人の心理状況も何十倍に大きくなってお客様に届くと思っているので。あとは、戦争というテーマですが、描かれているものに、少し笑ってしまったりするんですよ。暗い日常の中でも、音楽があることで、作品のテーマもすごく受け取りやすくなる。そこは、ミュージカルである素敵なところだなと思いました。
昆:本当にこの作品をミュージカル化するということは、音楽が大切で、音楽の力が本当に偉大だなと思います。歌い上げる楽曲はそんなにないのですが、この楽曲たちがこの作品の温度感にすごく合うなと思ったんです。原作には温度がある気がして。決して沸点が高いお湯ではないですが、包み込むようなまろやかな温度というか。それが当時生きていた人たちが、ささやかな幸せを見つけたところなどと重なってくるのだと思います。そういった温度感と、アンジェラさんが作る楽曲がとても合っているなという印象を受けました。この作品の印象が変わってしまうのではないかと心配されている方も、もしかしたらいるかもしれませんが、作り手の皆さんが原作にリスペクトを向けながら作っているということは、楽曲や脚本を見ていても感じましたし、私たちも同じです。原作の温度感に寄り添った作品をお届けしたいなと思います。
村井:日本人は、「実はこういうことを思っていた」というような、その場では気を遣って話せなかったりすることが多いと思うんです。歌なんですが、歌詞が心の声のようにも聞こえてきて、ミュージカルだからこそお客様に伝えられる。込み上げてくる感情をある意味、ストレートに表現することができますし、この作品の雰囲気を壊さないままお届けできるんじゃないかと思いました。こうの史代先生の他の作品でも、登場人物が歌っていたりして、時代的にも歌が密接にあったのかなと。そういう意味でも、あまり不自然な感じがなく、自然に聞き入ることができる作品になるんじゃないかと思います。
すずはかわいい柔らかい中に女性の強さ、周作は人間臭く優しすぎる
ーーそれぞれの役に共感するところがあれば教えてください。
海宝:周作は、どんくさいところがあるというか。スッとしているように見えて、自分の思うようにうまくいかないことがあったり。すずの幼馴染の水原哲が訪ねてきた時に、かっこつけてすずを納屋に行かせたけれど、実は結構嫉妬しているだとか。
村井:(帰って来られないように)家に鍵までかけてね。
海宝:そういう人間臭さが、すごくかわいらしいなと思っていて、人間味があるところは、とても共感します。屋根の上で「どうせわしは暗いんじゃ」と拗ねてしまうところとか(笑)。普段は(すずを)引っ張ろうと頑張っているけれど、ちょっと見せる弱さや、素直さとのバランスが、かわいらしいキャラクターだなと思います。
昆:私は不器用なところが似ています(笑)。着物を裁ち間違えてしまったり、そういう「あちゃー!」みたいなところがわかります。
(一同笑)
昆:一生懸命やっているんですが、「どこで間違ったんだろう?」みたいなところが自分にもあったりするので。すずさんを見るとかわいいので、自分もそうかわいらしく見えていたらいいんですが……(笑)。
ーー見えてます(笑)。
昆:ありがとうございます(笑)。
大原:すずさんは、「またボーッとしとった」みたいな、どちらかというと柔らかい性格で、温かくて、少しおっちょこちょいという感じですが、私は性格がハッキリしているタイプではあるので、性格として似ているところを探すのは難しいのですが、ほわっとした柔らかい中に、女性としての強さ、前向きさ、明るさ、元気さがすごく感じられて、しいていうならそこかなと思います。
村井:周作は良かれと思ってやっていることがすずさんにとっては良くないことが結構多いんですよね。優しすぎて、きちんと彼女の思っていることを受け止めきれていない。それが、かわいらしくもあり、残念でもあるキャラクターだなと思っています。すずさんのお兄ちゃんや幼なじみの水原さんなどと、前半は怖い男ばかり出てきますが、後半にやさしい周作と出会って、ふたりの人生が重なり夫婦になるという、ひとつの流れがあります。戦時下だからこそ、優しさや愛という感情が必要だったのでしょう。作品の中で、ある意味動じない男として描かれているのは、重要なことだなと思います。そういう優しい部分は、自分で言うのもなんですが、似ているなと思います(笑)。
(一同笑)
村井:僕も優しすぎるところがあるんで、ダメなんですよ。
大原:いいと思います(笑)。
村井:よくないですよ!(笑)。
おふたりが周作役ですごく心強い
ーーそれぞれ相手役となるおふたりの印象をお聞かせいただけますか。
昆:お二人とも共演経験があって、仲良くさせてもらっているつもりなんですが(笑)。
大原:そうであってほしい(笑)。
村井:ありがとうございます。いつもお世話になっています。
海宝:(笑)。
昆:なので、今回周作役がこのおふたりと聞いて、すごく心強いなと思いました。すずさんの不器用なところや足りないところも、おふたりだったら受けてめてくれる、すずさんと周作さんの関係性と、私がポンコツでふたりがしっかりしているところが似ている気がします(笑)。
村井:そんなことないよ!
昆:だから、一緒に夫婦として共演するのがとても楽しみです。
大原:私は、昆さんと海宝さんとは『ミス・サイゴン』の稽古場でだけご一緒していて、村井さんとは初めましてです。お二方が側にいるのはもちろん安心ですし、村井さんには、ビジュアル撮影、PV撮影のときも、とてもサポートしていただいたので、私も昆さんと同じく、心強い安心であふれております。
海宝:表現者としてすごく尊敬しているおふたりなので、相手役としてご一緒させていただくのは光栄です。これまで昆ちゃんは、相手役として組むと、だいたい死んじゃうことが多くて(笑)。
(一同笑)
昆:やだ〜!(笑)あと、片想い。
海宝:今回ようやく夫婦になれるということで。
昆:ありがとうございました。
村井:過去形なんだ(笑)。
海宝:すごく新鮮な感じもするので楽しみです。大原さんと舞台でがっつり組ませていただくのは嬉しいですし、音楽やお芝居など表現することに関して、絶えずハングリーに前に進もうという思いをいつも感じていて、一緒にやりながら舞台に臨む姿に刺激をもらえるだろうなと。おふたりとも楽しみですね。
村井:昆ちゃんとは共演させていただく度に、僕よりも絶対に強い役をやっていて…。
昆:(笑)。
村井:今回はこれまでとは違う関係性の役になりそうなので、どう演じられるのか楽しみというのが率直な思いです。静かな昆ちゃんを観られるなと。
昆:頑張ります(笑)。
村井:櫻子さんとはPV撮影のときに初めてお会いして、一緒に撮影させていただいたんですが、プロ意識がすごく高い方だと思いました。写真一枚にしても、ここをもう少しこうしたら、こう見えるんじゃないかと追求されていて。だから、このまま稽古場に入っていても、自分が思っているすず像をストレートに表現されるのではないのかなと、今からとても楽しみです。
すずが居場所を見つける物語、皆さんの居場所は?
ーー製作発表で、すずが自分の居場所を見つける物語でもあるというお話がありましたが、今、皆さんにとっての居場所はここだなというところはありますか?
村井:(即座に)僕はうちの事務所ですね!
昆・大原:わぁ!
海宝:いい事務所なんだねぇ。
村井:居心地がよくてしょうがない!
大原:私は最近でいうと舞台や、音楽イベントがあるときに、やはりお客様がいるステージの上は私の居場所だなと改めて思いましたね。
昆:私は家族です。とても仲がいい家族なので、ずっと大好きなんですが、去年少しお休みを頂いて実家に帰ったときに、いろいろなパンフレットや新聞記事をずっと持っていてくれているのを知って、肌に触れて、こんなに家族がずっと自分を応援してくれてたんだなと。改めて自分が元気にお客様の前に立つことができるのも、かけがえのない家族という居場所があるからだと、大人になって改めて感じたので、私の居場所は家族です。
海宝:本当に人だよなと思うんですが、例えば僕はバンドをやらせてもらっていますが、バンドのメンバーだったり、今ちょうど『ATTENTION PLEASE! 2』というコンサートをさせていただいていて、僕の大好きな人たちばかりとご一緒させていただいていて、馴れ合いだけではなく、きちんと厳しいことをお互いに前に進むために言い合える、そういうところにいると、自分の居場所はここにあるんだよなと思うことが多いですね。
村井:じゃあ、さっきの僕のやつは消してもらって……。
全員:アハハハハ!
大原:いいじゃないですか!
海宝:事務所が居場所なんて、一番いいでしょ。
昆・大原・海宝:いいことだよ! 素晴らしいことだよ!
村井:そうだよ! いいことだよ! 事務所だって家族だよ!(笑)
戦時中の日本を伝えていくのは自分たちの義務
ーー今の時点で、この作品においてのテーマや、大切にしたいと思っていることがあれば教えてください。
全員:難しいね。
海宝:そこが魅力でもあるかな。
村井:こうの史代先生が「今後戦争の物語を描く予定はあるんですか」と聞かれたときに、「私は原爆体験者ではない。こういう戦争の話は誰か一人、例えば、原爆の被害者の方や、本当に戦争に巻き込まれた方が伝えていけばいいとなると、その人に任さればいいとなってしまう。そうではなくて、我々がこの戦争について語る権利と義務がある。だから、いろいろな人がやってほしい」とおっしゃっていて、その言葉に背中を押されました。僕らも戦争を体験していませんが、こういうことがあったと、しっかりと念頭に置きながらミュージカルとして世に出して、自分たちの義務として作らなければいけない。戦争を全面に押し出した作品ではないですが、あの当時、みんな生きていたというのを、まさに生身の人間が舞台上でやるので、その雰囲気を味わっていただくだけで、戦時中の日本を皆さんに知っていただける機会になるのではないかと思っております。
昆・大原:まさに、全部言ってくれたね……。
ーーぜひご自身の言葉でもお聞かせください。
大原:戦時中の話ではありますが、普通に日々を生きている人は、現代を生きている私もそうですが、苦難や人間関係、人間だから思うことなど、基本のことはいつの時代でも同じなんだなと思いました。テーマと一言で言うのは難しいですが、いつの時代も人は何かと戦って生きて、生きるために苦しみながらも前向きにもがく。生きるとは何か、みたいなところと、常に向き合いながら生きているんだなと。シンプルなテーマですが、強く感じました。
昆:まだ、これというのが見つけられていなくて。原作、映画、ワークショップの台本、全て拝見しましたが、キャッチコピーみたいな明確なものがないというか、いろいろなふうに捉えられるなと。自分もまだこれだというものをキャッチできていない浮遊感みたいなものも、この作品のいろんな角度から見られる醍醐味なのかなと感じています。戦争が当たり前の日常は、私たちにとっては考えられない日常ですが、どうやって生きていかないといけないか、よりよく快適に過ごすためにはと、助け合って、支え合って生きた当時の人たちの生活を、淡々と描かれているのがこの作品の魅力だなと思いました。テーマはまだ明確には言えませんが、今までの戦争を題材にしたもので思い浮かべるような作品とは、また違う作品なんだなと、それだけは確信しています。
海宝:マンガやアニメからキャラクターたちの実在感を感じました。今から数十年前程の話で、僕らの世代としては、今もテレビの向こう側では戦争が行われている国もありますが、どうしてもリアリティを感じない感覚の中で、生々しい描写ではないのに、戦いのシーンですごく刺さってくるというのは、淡々と描いている日常の実在感を感じながら引き込まれているから、より強く感じるんだろうなと。自分たちと地続きに生きてきた人たちの話なんだなと感じて、それはすごいことだと思うんですよね。
戦争を描いている作品は、どうしても「戦争のことについて勉強する」みたいな、自分たちとは違う価値観を持って生きていた時代の人たちの話という認識がありますが、そうではなく、当たり前に悲しんだり苦しんだり。昔は当たり前だとは知っていましたが、お見合いで急に結婚して家族になっていく過程は難しかったり、ぶつかっていくことがあったり。そういう人間の当たり前の営みの中に戦争がありました。そこのリアリティみたいなものを音楽の力も借りながら、逆に音楽がないと、しんどくなってしまうんだろうなと思うんですよね。ミュージカルだからこそ、お客さんが入って行きやすいというか。そういうところを大事に、作品と向き合っていけたらいいなと思っています。
▼アンジェラ・アキ – この世界のあちこちに /THE FIRST TAKE
取材・文・撮影:岩村美佳