何本も映画を見たようなシャンソンの世界を楽しんで
美輪明宏が自ら構成・演出・出演を担う恒例の秋のコンサートが、今年も幕を開ける。世代を超えて熱い感動を呼んでいる最新書籍にちなみ“愛の大売り出し”のサブタイトルがつけられた今回は、シャンソンの名曲が満載の内容になるという。
美輪「最近はシャンソンと言っても、あまり知らないという方が多いでしょう。中には“ブランドの名前ですか?”と聞いてくる方もいるくらいです(笑)。でも本当にいい歌がたくさんありますから、このままではもったいないと思い、特集することにしました。フランス語で“歌”という意味を持つシャンソンには、実はいろいろな種類があるんです。見世物的に面白おかしく歌を聴かせるシャンソン・ド・ボア、聴き手を魅惑するような声で歌うシャンソン・ド・シャルム、甘く切ない流行歌としてのシャンソン・ド・サンチマンタル。恋愛や世相など現実的な問題や風刺が込められたシャンソン・ド・レアリスト、お芝居と歌が一緒になった一人ミュージカルのようなシャンソン・ド・ファンタジスト。例えば私の持ち歌でもある『人生は過ぎ行く』という歌は、ジャン・コクトーの一幕物のドラマのように主人公の女が男に捨てられて、最後には窓から飛び降りて命を落とす。だから私の歌を聴くと“何本も映画を見たようだ”とおっしゃる方がとても多いんです」
もともとクラシックから出発し、シャンソンを極めた美輪。かつて銀座にあった伝説のシャンソン喫茶「銀巴里」に集った三島由紀夫や江戸川乱歩などの文化人たちや、最近では若いミュージシャンや俳優たちが虜になる理由は、その歌を聴けばわかるはずだ。今回のコンサートではおなじみの曲はもちろん、日ごとにいくつか曲目が変わる趣向もあるとか。すべてをつなぐテーマは「愛」だ。
美輪「私は常々、何事も腹六分目がいい、と言っていますけれど、人に対してケチになってはいけないんです。夫婦や親子といった身内であろうがなかろうが、ねぎらいの言葉と感謝を気前良く、大きな声で伝えれば問題なんて起こりません。長年、人生相談をやっていますが、すると主婦の方が子どもや夫が手伝いをしてくれないと言う。でもやってくれて当たり前だと思っているから、それが態度に出ているから、ご主人はどこかで気詰まりしているところある。いつも何か怒られそうだと思っているから、実際に文句を言われると摩擦が生まれるんです。逆に一言、ご苦労さま、ありがとう、助かります、と気前よく言えば、相手は自分の存在理由がわかるので胸を張っていられるんです。言葉はそのためにあるのに、近頃は語彙が少なくなって、思いが伝わらなくてさまざまな人間関係の問題が起きているでしょう。 何より今はデジタル社会ですから、みんなスマホばかり見ていて、孤独を感じたり、他人との付き合いがうまくできない人が増えていたり。でも人間は本来、人との触れ合い、優しい息遣いが必要であり、生理がそれを求めるもの。だからこそ、今回のコンサートはとことんロマンティックにいきたいと思っています」
言葉の持つ力をまさに体感させてくれるのが、美輪の歌だ。自ら訳詞も手がけた「愛の讃歌」では、その歌詞、歌声の力強さに、壮大な愛が目の前に広がる。そして美輪のコンサートといえば、歌の合間のユーモア溢れるおしゃべりもお楽しみの一つ。カーテンコールで総立ちになると「感謝とともに、少しでも皆さんのお役に立ててよかったという気持ちになります」と語る美輪。本物の歌にひたることのできる華やかでドラマティックなコンサートをぜひ味わってみて欲しい。
撮影/御堂義乘
インタビュー・文/宇田夏苗
【プロフィール】
美輪明宏(ミワ・アキヒロ)
長崎県出身。16歳でプロ歌手となり、日本のシンガーソングライターの元祖として「ヨイトマケの唄」など数々のヒット曲を生む。主な演劇作品に『愛の讃歌』『黒蜥蜴』など。「紫の履歴書」「人生ノート」他著書多数。