
3月24日(月)より吉祥寺シアターにて、オーストラ・マコンドー『影のない女』が開幕する。原作はリヒャルト・シュトラウスが作曲、フーゴ・フォン・ホーフマンスタールが台本を手がけた同名オペラ。本作では多ジャンルで活躍するキャスト・アーティストの共演と倉本朋幸の果敢な脚色と演出によって、その物語の新たな飛躍と着地を目指す。
物語の舞台は東洋の島々。皇帝は霊界の王の娘と恋に落ち、結婚を果たすが、彼女には「影がない」という呪いがかけられていた。娘は愛する皇帝と生きるために染物屋の夫婦の家を訪れ、影をもらい受けようと図るが、娘の見張り役である乳母によって事態は思わぬ方向へ…。果たして「影がない」呪いが意味するものとは? 演劇シーンにおいてほとんど上演がされてこなかった物語に現代の視点を携えながら夫婦の愛と魂の行方、その光と影を追う。主演の皇帝役を担うのは、本作が初舞台となるKEYTALKのギター・ボーカル寺中友将。新たな挑戦が詰まった本作の魅力について、寺中友将と倉本朋幸に話を聞いた。
初舞台で皇帝役、現代に繋がる古の物語に挑戦
――お二人の馴れ初め、今回のキャスティングの経緯からお聞かせいただけますか?
倉本 舞台化がほぼされていない作品に挑むにあたって、「せっかくならチャレンジングなことをたくさんやってみたい」と思っていたんです。中でも皇帝役にはやはりカリスマ性が必要というか、「大きな観衆の前で何かをしたことがある人がいいな」と漠然と思っていて…。そんなタイミングで「寺中さんが俳優業にも関心があるらしい」という情報を小耳に挟み、猛アプローチをして実現したという感じです。うちの劇団にも清水みさとというサウナの女王がいますから。女王と皇帝を筆頭に新たなメンバーで挑戦していけたらと思っています(笑)。
寺中 女王、心強いです! ちょうど演技に興味を持ち始めたタイミングだったので、オファーをいただいた時は驚きました。音楽活動をする中で「音楽と演技ってかなり近いところにあるんじゃないかな」という感触はずっと感じていたんです。両方やられているアーティストの方もたくさんいらっしゃいますし、心のどこかで「いつかチャレンジしたい」と思っていました。そんな矢先にいただいたお話だったので、正直まだ実感がないほどで…。チラシやポスターの名前を見てびっくりしています(笑)。
倉本 音楽をやられている方の感性って素晴らしいですよね。芝居をしたことがなくても、詞を歌う時の感じがセリフを発する時に活きるというか、響きとかがすごくいいんですよ。特に今回は原作がオペラで音楽ですから、ぴったりだと思います。
――オペラ原作のこの物語を上演しようと思ったきっかけや決め手はどんなところにあったのでしょうか?
倉本 僕も最初は知らなくて、吉祥寺シアターの支配人に「こんな作品があるよ」と教えてもらったことがきっかけでした。ただ、最初に読んだ時は「この作品はできないな」と思ったんです。「生殖」が一つのテーマになっていて、出産できる/できないといったセンシティブな話が描かれているし、「父親になれない皇帝が石になる」など、生殖としての身体の機能で神話の物語上マイノリティや悪に収められてしまうことにもある種の抵抗を感じたんですよね。でも、追って色々調べてみたら、どうやらそういう意図で書かれたものではない、ということが分かって…。「生殖」というよりも、「人間とは、生きるとは一体何か」ということがこの作品のテーマであると気づいた時に「これは今こそやる意味があるぞ」と思えたんですよね。
寺中 僕も最初にあらすじをお聞きした段階では「重くて難しい話なのかな」という印象でした。でも、いざ台本を読ませてもらったら、セリフや風景が自分の体の中にどんどん入ってきて、物語が立ち上がっていくような感覚を覚えました。コント的な演出もあって、笑える要素が散りばめられているのもいいですよね。読めば読むほど、重く演じるだけではなく「楽しむことが大事なんだろうな」っていうイメージができて、稽古が今から楽しみです。不安もあるのですが、不安がある方が結果的にやって良かったなって思うことが多いので、今まさに「いいサインが来てるぞ」と感じています。
――台本を拝読して、詩的なセリフや独特な語感も魅力的だなと感じました。
倉本 シチュエーションを少し変えたり、コントを挿入したりの脚色はあるのですが、セリフは全くいじっていなくて、小説のまま引っ張ってきているんですよ。翻訳家の高橋英夫さんが書かれた美しい昔の日本語を味わいながら作っていけたらと思っています。
寺中 普段の自分からすっと出てくる言葉たちではないのですが、それこそ、音を聴いて歌詞を起こす時にこういった語感の言葉を使うことはあるな、と感じました。オペラに寄せられた物語というだけあって音楽的な言葉とも感じられたというか…。俳優として舞台に立つ自分の中にそれらが落とし込まれた時にどんなものが生まれるのかがすごく楽しみですし、その後の音楽の表現に活かされる可能性も感じています。
倉本 「この作品を今のものにする」というよりは、「昔の話を今のみんなでやろう」という考え方が近いんですよね。原始的な感覚になりつつも、今の僕たちが見て今を感じられるか、今の体でどこまでできるのか、ということを追求したいと思っています。フラットにやっていく中で、このテキストがどんな風に生育して自分たちの体の一部になるのかがすごく楽しみです。
――皇帝役を演じるにあたって、寺中さんがその役柄に抱いている印象はどんなものでしょうか?
寺中 皇帝という役と自分との接点を考えたときに、内側で抱えている不安をあまり表に出さないところや、出さずに動いていこうとするスタンスは少し近いかなと感じました。石になってしまうかもしれないのだから本当は焦っているはずだけど、あまりそういう素振りを見せないというか…。そこはちょっと親近感がありましたね。
倉本 なるほど! 興味深いですね。そんな風に今の寺中さんの体で、今の寺中さんが思う感覚や欲求みたいなものがお話の中に内包されてお客さんにも伝わると、どんどん面白くなるんじゃないかなと思います。普段ライブに来られている寺中さんのファンの方や、演劇を観たことのない方にも楽しんでもらえる作品にしたいと思っています。
寺中 今回の出演を発表した時にバンドのお客さんが「初めて演劇を観に行きます」と声をかけて下さったり、「演劇も好きで吉祥寺シアターに行ったことあります」と教えてくれる方もいたりして、とてもうれしかったです。新たに劇場に来るお客さんを導けるような役割を担えたらと思いますし、演劇が好きな方にもがっかりされないように頑張りたいと思います。
未知なる光と影の演出、音楽の融合へ
――吉祥寺シアターはオーストラ・マコンドーとしては馴染み深い劇場ですが、それゆえに今回はこんな美術や演出にしてみたいという新たな展望はあったりするのでしょうか?
倉本 見たことのないような、すごいセットになる予定です。一見、ただのブラックボックスに見えるのですが、下部にガラスと照明を仕込む予定で、光の中でブラックボックスが浮かび上がるような体感になっていただけるかなと思います。『影のない女』なので、影を出す/出さないという点もこだわっていますので、そのあたりも楽しみにしていただけたらと思います。
寺中 なにしろ初舞台なので、どんなセットになるかが全然想像がつかないですが、それだけに僕自身もすごくドキドキしています。
――在日ファンクの浜野謙太さんが主題歌を手がけられるということで、オペラの物語とファンクがどんな化学反応を起こすのかも楽しみですね。
倉本 そうなんです!僕は元々在日ファンクの音楽がすごく好きなのですが、ファンクってすごく歴史的な音楽だと思っていて、そういったルーツや成り立ち、官能的な音の感触がこの物語とハマるんじゃないかな、と思ったんですよね。実際音源を聞かせてもらったのですが、めちゃくちゃよかったです。エモーショナルな音はもちろん、浜野さんの視点で作品のテーマをとらえて下さった歌詞もすごく響くので、みんなにも早く聴かせたいです。オペラファンの方がどう感じるかも気になりますし、多くの方にこの融合を届けたいですね。
寺中 僕たちKEYTALKはメンバーそれぞれが作詞・作曲をしているので、自分以外の人が作った歌を歌ったり、演奏することが結構あるんですよ。そういう意味ではそれがより外側へとひろがった状態なのかなと思って、舞台上で浜野さんの音楽とどう混ざり合えるかが待ち遠しいです。「ファンク」というジャンルが物語にどうマッチしていくのかがイメージがつかない分、ますます楽しみ!
倉本 本当にいろんな要素が混ざり合って、見たことがないものができるのではないかと思います。同時に、演劇はただでさえハードル高いので、高尚なものに仕立てるのではなく、誰が見てもわかるものにしたいとも思っています。
他者の人生や選択を肯定するということ
――本作のテーマやその演出において他に大切にしていることはありますか?
倉本 こういったことを言葉にすることで誤解が生じることもあるのでとても難しいのですが、今って本当にいろんな生き方を選ぶ人がいるじゃないですか。その中には少数派とされる人たちもいて、例えば、血の繋がらない子の親になる選択をする人もいるし、同性愛という形もある。そういうことを安易に描くことで他者を傷つけては絶対にいけないと感じるとともに、少数の選択を選ぶ人たちをどれだけ肯定できるのか、ということも考えなくてはいけないと思っていて…。そこが本作で一番大事にしたいところなのかなと感じたりもしています。
寺中 様々な生き方をしている人に届けられる作品にしたいですよね。個人的には、僕と同じくらいの世代で今後の選択に迷ったりしている人には何かと重なりを感じてもらえる話なんじゃないかな、という風にも感じているので、そういった体感をお客さんにも伝えられたらいいなと思います。
倉本 たしかに、人生の転機とか今後の生き方を考える時には何かヒントになるようなメッセージも詰まっているかもしれないですね。
――テーマに関する重要なお話をありがとうございます。本作はある夫婦の愛の物語でもありますが、愛を描くこと、ラブストーリーを演じるにあたっての展望はありますか?
寺中 僕個人がこれまで音楽を作ってきた中では「ストレートな言葉で愛を伝える」ということをあまりしてこなかったように感じているんですよね。どちらかというと、間接的に伝えるような描き方をしてきたというか…。だからこそ、この物語の夫婦のような「言葉のキャッチボールによって愛を伝える」というコミュニケーションは刺激的な経験になるんじゃないかなと思っています。役を生きることで、自分とは別の人生や考え方、愛の伝え方に触れられることは自分にとっても意味があると感じています。
倉本 寺中さんは皇帝役ですが、男性性のみに収めずにやってくださるイメージもあるので、愛の展開においてもどんな風景が生まれるのかすごく楽しみです。あと、この物語には霊界と人間界があって、上の方にある大きなものが皇帝たちの運命を決めているのですが、こういうことって今もまさに行われていることじゃないかなって思うんです。様々な問題の答えを当事者ではない人たちが勝手に決めている感覚というか…。100年以上の物語ですが、そういう視点の重なりを感じてもらえたら、実はすごくわかりやすいお話なんじゃないかなと思ったりもしています。
――寺中さんをはじめ、他ジャンルで活躍する俳優さんやアーティストの共演によって、客席でもより多様な広がりが見られそうな気がします。最後にお二人の思う見どころを一言お願いします。
倉本 「答えがないもの」に向かっているので、これから演者さんも含めてみんなと話し合って作っていく中で1日1日体も心も変わっていくのではないかと感じています。そういったライブならではの変化も含めてみなさんに届けられたらと思っています。
寺中 倉本さんのおっしゃる通り、全10公演あるので1回1回変化したものが観ていただけるのではないかと思います。一度きりの初舞台をぜひ見届けてもらえたら嬉しいですし、気に入った方はリピート観劇で是非変化を味わっていただけたら…。僕にとっては全てが初めてなので、今はとにかく稽古の行程が気になっています。皇帝だけに…!
倉本 うまいっ!(笑)。たしかに、このインタビュー内で皇帝と肯定と行程が出てきましたけど、全部めちゃくちゃ大事です!誰もが楽しめる作品を目指しますので、観客の方も気負わず、ちょっと昔話を聞きにくるような感じで来てもらえたらと思います。是非お楽しみに!
インタビュー&文/丘田ミイ子