ロロ『まれな人』│三浦直之 インタビュー

9月25日(木)からユーロスペースで上演される『まれな人』。6月からなんと毎月(!)公演を打ってきたロロの、しかし新作長編としてはおよそ1年ぶりとなる本作は、演劇とポッドキャストを組み合わせた「Podcast演劇」になるのだという。ロロメンバーに加えて俳優の高野ゆらこと長井健一、そしてお笑いコンビ・人間横丁の山田蒼士朗と内田紅多をキャストに迎えての新作はどのようなものになるのか。ロロ主宰で脚本・演出を担当する三浦直之に聞いた。

演劇をどう届けるか——Podcast演劇という取り組み

——まずは今回「Podcast演劇」に取り組むことになった経緯を教えてください。

三浦 大きな理由が二つあって、一つ目はアクセシビリティに関することです。11月に東京芸術劇場で上演する森山開次さん演出の『TRAIN TRAIN TRAIN』という作品にテキストで参加させてもらってるんですけど、この作品には障害を持った方がパフォーマーとして参加されていたり、公演としてもアクセシビリティが充実していて、そういうことにすごく刺激を受けたんですね。

それとは別に、宮城の病院で、なかなか劇場に足を運べない人たちに向けた、その場でできるような小さい演劇を作るプロジェクトに参加させてもらったりもしていて、そういったプロジェクトに関わるなかで、アクセシビリティみたいなものへの関心が個人的にも高まってきていて、ロロでも今後力を入れていきたいねという話をしていました。

アクセシビリティについてはコロナ禍くらいからずっと考えてはいて。あの頃、劇場に行くことがこんなにハードルが高いことだったんだということを痛感したこともあって、劇場に足を運べない人に向けたコンテンツを作りたいなと思うようになったんです。それで、音声コンテンツなら、たとえば視覚障害を持った方にも楽しんでもらえるかもしれないとも思って、今回、取り組んでみることにしました。

もう一つの理由は、演劇公演と配信の順番をどうにか逆にできないかなと思ったんですよね。最近は演劇の配信も増えてきましたけど、配信のチケットってなかなか伸びなかったりするし、広報的にはどうしても口コミをXに依存せざるを得なかったりして、そういう状況にちょっと限界を感じていたんです。それで制作の奥山(三代都)くんと、もう少し違う広報の仕方を模索したいよねという話をしていて、公演と配信の順番を逆にするというアイディアが出てきた。まず配信があって、それを舞台化する、みたいな。とはいえ、小劇場だとガッツリ映像をつくるのは予算的に厳しい現実があったりもして、もう少しラフなかたちでできることを、と考えたときにポッドキャストはどうだろうと。

——実際にやってみてポッドキャストはいかがですか?

本当は二ヶ月前くらいから音声配信を始める予定だったんですけど、新しい試みということもあっていろいろバタバタしていて、ようやく一本目を上げられるかなという感じです。今回の音声配信は電話越しの短い会話の二人芝居が五本上がる予定で、全部を聞いてもらうことで一つの体験として感じられるように設計しています。それが舞台版になると、その電話のシーンももちろんやるし、さらにその電話の前後の時間も劇中で描かれるという構成になっています。

ただ、今回の「Podcast演劇」についてはまだ実験中で、シリーズとして続けていきたいとも思っているので、今後はもう少し違うやり方もあるかなとも思っているんですよね。続きものとなるとどうしても聞く人のハードルが上がっちゃうということもあるので、今後はもしかしたら一本で完結するような短いかたちで、それこそ2023年の『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』(※35本の短いエピソードを連ねて一つの作品として上演した)でやったみたいな感じでやるのもありかもなと思っています。

つくる側からしても、たとえばロロは今、メンバーが学校に通っていたり、韓国に留学していたりで、なかなか全員で集まって稽古することは難しい状況があるんですけど、そうやって一本4,5分の短い音声コンテンツを作るようなかたちだったら、離れていたりなかなかスケジュールが合わなかったりするなかでもパッと一緒に作れたりするかもしれないということもあって。メンバーだけじゃなくて、ご一緒してみたいけどお互いのことをまだよく知らないみたいな人とも、こういう音声コンテンツだったら、ちょっと一日だけやってみましょうよみたいな感じでやれたりもすると思うんですよね。そういうフットワークの軽さは今後大事にしていきたいです。

マジックリアリズムから生活へ、そして……

——去年8月の『飽きてから』も「劇と短歌」を掲げた新しい挑戦でしたが、その後、今年の6・7月には「いつ高シリーズ」のフルキャストオーディションによる再演、8月には夏休みに集まれたロロメンバーのみで1週間で短編作品を創作・上演する『わたなべさんの夏休み』、そして9月にはPodcast演劇『まれな人』と、ここに来てロロはたくさんの新しいことにチャレンジしてきている印象があります。

気づいたら今年めっちゃ演劇やってるなとは思っていて(笑)。でも、3年前くらいまで、自分が書く言葉と自分の年齢がなんかしっくりこなくなってきたという思いがあって、すごく悩んでいたんです。演出家としても、年の離れた俳優たちと作る機会があったり、商業の現場もやるようになったりしてきて「演出家ってどういればいいんだろう」みたいなことを長く悩んでました。それが去年くらいから少しずつ、こういう書き方が自分にはまだできるかも、とか、演出家としてこういうふうに俳優たちと関係性を築いていけるかもみたいに思えるようになってきて。今はそれですごい元気になってきたみたいな感じですね。

——年齢と書く言葉が合わなくなってきたというのは……?

たとえば20代の頃は「愛してる」みたいなことを本当に衒いなく書けたんですよね。それが作家としての僕の長所かなと思っていた時期もあった。でもやっぱり30を超えると普通に照れる(笑)。そこで照れていないふりをして「愛してる」みたいなセリフを書くと、どうしても自分のなかにズレが生まれてきちゃうんです。

自分の無邪気さみたいなもので傷つけてしまったり、見ないことにしたりしてきたことが多いなとも感じるようになってきて、自分のストレートさを前ほど肯定できなくなったところもあって、どういう言葉を今の自分は書けるんだろうということを段々と考えるようになりました。

セリフの書き方としても、20代の頃はそのセリフだけで聞いた人読んだ人の胸を打つようなパンチラインを書きたいと思っていたんです。でも今は舞台の上で俳優がどういう関係性を築けるかとかそういうことの方に関心が向いている。セリフとしては短かったり素っ気なかったりするんだけど、でもそこには体も空間もあって、それが全部でコミュニケーションだから、みたいなことを考えながら最近は書いています。

——何か変化のきっかけがあったんでしょうか。

去年の『飽きてから』で上坂あゆみさんと共作した経験は大きいですね。僕は作家としてはもともとマジックリアリズムというジャンルからものすごく影響を受けていて、リアルからどれだけ飛べるかということを考えるのが好きなんです。一方で、たとえば登場人物がどんな仕事をしているのか、あるいは所得はどれくらいかみたいなことはあまり考えてこなかった。でも上坂さんは、たとえば僕が何かセリフを書くと「なんでこの人は今こういうことを言うんですかね?」みたいに聞いてくる。僕が飛ぼうとすると、上坂さんがグッと地面の方に引き戻すというか。僕はたとえば何かの概念みたいな抽象的なものを描きたいと思って作品を書いていることが多いんですけど、上坂さんはやっぱり人間が気になる。そうやって上坂さんとやりとりをしているうちに、前よりも自分が書くキャラクターに肉がついているというか、匂いがするみたいに感じられるようになっていったんです。

そういうこともあって、今は生活みたいなものを書きたいという気持ちがすごくある。でも一方で、そうやって生活を書くことで培ったものを踏まえて、もう1回ファンタジーに戻っていきたいという気持ちもあって、少し先の話になりますけど、『まれな人』の次の本公演では久しぶりにリアリズムから離れたものを作ろうと思っています。

——短編『わたなべさんの夏休み』も初期のロロを思わせる、現実からの飛躍を感じられる作風でした。

『わたなべさんの夏休み』は、(森本)華ちゃんは参加できなかったんですけど、久々にメンバーだけで創作できたのはよかったですね。抽象的な言い方ですけど、ロロっぽさの「原液」みたいなものをつくれる人たちだと思うので、やっぱりメンバーとは定期的に作品をつくっていきたい。どう演劇にコミットしていくかとか、俳優としてどう生きていくかとかの考えもそれぞれ変わってきているなかで、どういう風にまたみんなで長編作品をつくっていけるかということも最近は考えています。

連帯しないけれども一緒にいるという関係性

——新作は「復讐劇」ということですが、「復讐」というのもロロ作品としてはこれまでにあまりなかったタイプのモチーフですよね。8月に上演された短編『わたなべさんの夏休み』の際には、ロロでは「出会うこと」をずっと描いてきたから今回は「出会わないこと」を描いてみたともおっしゃっていました。

今回の「復讐」というモチーフは「連帯しないけど一緒にいる」みたいな関係性ってつくれないのかなというようなことを考えているなかで出てきたものです。一方が復讐したいと思っていて、もう一方が復讐されたくないと思っている。その関係性は犬猿の仲みたいな感じだと思うんですけど、それでもどうにか一緒にいる方法を探っていきたい。そう思って「復讐」というモチーフを選びました。

——『まれな人』というタイトルもそこにつながってくるんでしょうか?

それはまたちょっと別ですね。僕はずっと、変わった人とか変わった関係性を描きたいと思って物語を書いてきました。「変わった」という言い方が正しいのかどうか、どういう言い方をするのがいいのかもすごく難しいんですけど、いわゆる社会というものから少し距離があったり、なんか馴染めないなと思っている人たちを描きたい。そういう人たちをどういう言葉で表わそうかと考えたときに「まれな人」という言葉が出てきた。今後はもっといろいろなキャストの人たちとやってみたいということもすごく思っていて、そういう気持ちを込めて『まれな人』というタイトルをつけました。

インタビュー・文/山﨑健太
写真/石神俊大