
写真左から)梅津瑞樹、橋本祥平
梅津瑞樹と橋本祥平の演劇ユニット「言式(げんしき)」。ユニット3作目となる「んもれ」を引っ提げ、10月9日にユニット初となる愛知公演にて初日を迎える。脚本・演出を手掛ける梅津は、この3作目を「1作目から続くテーマの完結」と位置づけているそう。
試したいことが尽きないと語る2人にとって、この「んもれ」はどんな作品となるのか。作品への思いを聞くとともに、3年目のユニットの現在地について話を聞いた。
――稽古も中盤となりました。手応えはいかがでしょうか。
梅津:どうです?
橋本:今までで1番早いスピードで粗通しまでやれたわけじゃないですか。
梅津:そうだよね。
橋本:過去2作品はボックスがあって、それをどうしようというところで時間がけっこうかかっていて。
梅津:そうそう(笑)。
橋本:だから、今回はそれと比べるとかなり早くここまでくることができたなと。あとは残りの稽古期間も、しっかり濃い時間になるように過ごせたらなと思っております。
梅津:思っております(笑)。先ほど、通しを終えたということで制作陣とも話し合ったのですが、現状の完成度は55~60パーセントくらいじゃないかなという意見がありました。それを聞いて、「すごくいいな」と思ったんですよ。僕が想定していたものと乖離している点はもちろんあるし、僕が想定していたものが必ずしも正しい形ではないのですが、何と言うか“質のいい60点だな”と感じています。実は今日、ひとつやれたらいいなと思っていたことが、やっぱり現実的ではないよねということで、今回はやらないことになりまして……。もちろん悔しさはあったのですが、「喉元過ぎればなんとやら」と作中でも言っているのですが、本当にそれで。今は、現状に対して「じゃあ、こうしよう」と別のものが浮かんでいる。自分という人間も大概だなと思うのですが(苦笑)、自分が思っている以上に、この言式がすごく好きなんだなと感じています。
橋本:ユニットを立ち上げた本人ですし、作品を生み出した本人でもある。だから、ここにいるときは我慢せずに彼には好きなことをやってもらいたいなという思いが、やっぱりあるんですよね。でも、彼はいろいろ考えた末に、周りへの愛があるからこその決断をしたわけで。その姿にはグッとくるものがありましたね。
梅津:僕としても、心の中ではすごくせめぎ合いが起きていたんですが、今回の「んもれ」でやりたいことって、これだよなって思ったんです。やりたいこと、やるべきこと、やらないこと……。僕らはいろいろな二律背反の中で生きていて、何かをやるには何かを捨てなきゃいけない。これはまさしく「んもれ」だなと思っています。

――今作の「んもれ」で、言式が試したいと思っていることは?
梅津:今回は、よりソリッドな芝居がしたいなと思いながら脚本を書きました。今までの自分たちの芝居が嘘だとは言いませんが、「今回はどうしちゃったの!?」となるような舞台になるといいなと思っていて。今はまだ自分たちの中にあるものをベースに演じていますが、ここから詰めていく中で、そうではないものを発見していけたらと思っています。
橋本:以前、彼が「得意じゃないところで勝負したい」と言っていたのが印象に残っていて。今回はそれが試せそうな脚本だなと思っています。
梅津:多分、役者としてはすごくフラストレーションを抱えることにはなると思う。でも、それもいいじゃない、と(笑)。得意じゃない方に寄せて稽古をしていても、もしかしたら本番に入ってから、本来の得意とする方向に戻っていくこともあるかもしれない。そこで立ち止まって、また試したい方向に向かう。クオリティを担保したうえで、そういう紆余曲折を本番の中でも経ていけるような舞台になったらいいなと思っています。
――今作の方向性を決めるうえで、過去2作品の影響というのは?
梅津:めちゃくちゃあります! 1作目「解なし」は皮切りということで、まずは観たいと思ってもらうために、スナック菓子のように作ったんですよ(笑)。あれで「言式ってこういう感じなんだ」と思ってもらえたのかなと。2作目「或いは、ほら」はその色を残しつつ、より自分たちがやりたい表現を提示していった。だから抽象的な表現というのも、2作目で増えました。今回はそこから輪をかけて抽象的になっています。あまり具体的に語られていません。その代わり、これまで小道具などは使わず抽象的に表現していた部分を、今回は具象的にしています。だから毎回、ちょっとずつ違う角度にしながら、皆さんに着いてきてもらっているという感じですね。
――脚本を拝見しましたが、今回はオムニバスではありませんでしたね。それも、角度を変えるという意味合いからでしょうか。
梅津:それもありますし、シンプルに「解なし」の頃から長編をやりたいというのはずっと話していて。「じゃあいつやるのか」とタイミングを考えていたのですが、今になりました。今度、1作目と2作目の戯曲本が出るのですが、僕としては今回の「んもれ」までの3作で、1つのテーマが完結しそうな予感がしています。3作を通して「梅津はこれを問い続けているのかな」というものがわかるかもしれません。

――橋本さんは今作の脚本を読んでいかがでしたか。
橋本:最初に読んだ際に「着実に階段を上っているね」という感想を送ったことを覚えています。ここまでの作品と経験があったから、今この作品が生まれたんだなっていう思いがすごくあって。だから読んだときは嬉しかったですね。
――ちなみに次回作についての構想はありますか。
梅津:4年目は全然違うものをやりたい。
橋本:どうやら、コメディらしいですよ。
梅津:そう。次はもうコメディやろうって決めています。今回は、夢を追う人と追わない人の対立関係のように見えて、1人の人間の中で起きている葛藤にも見えて、さあどっちなんだい、というようなお話なんです。こんな感じなので、もうちょっと笑いのシーンを入れようという話になりまして(苦笑)。それでテンポのいいシーンを書いたのですが、あっという間に書けちゃうくらい楽しかった!
橋本:あはは。
梅津:自分が今求めているのって、これだなと。先日「解なし」のオーディオコメンタリーを録ったのですが、それがあまりに面白くて。
橋本:(頷く)
梅津:その面白かった気持ちが、ずっと頭の後ろのあたりにいて消えないので、次はコメディでいきます!
――言式旗揚げから3年連続の上演となります。言式の現在地点について、どう捉えていますか。旗揚げ時に想定していた未来になっているでしょうか。
梅津:正直、理想の形になっています。だってお客さんが足を運んでくれているじゃないですか。それがありがたいですし、それが全てだなと思っています。
橋本:本当に良き3年目を迎えているなと。旗揚げ当初を振り返ると、「ここから出発するんだ」とキラキラしていました(笑)。すごく楽しみでしたが、だからといって毎年できる保証なんてなくて。それがこうして3年連続で上演できているのって、すごいことですよね。毎年、言式に帰ってきたい。それくらい大切な場所になっています。
梅津:自分たちで考えた作品をやらせてもらえるって、普通の役者だったらまずないんですよ。本当にありがたいし、贅沢な時間です。だからこそ、毎回、自分たちが面白いと思えるものを追求していきたいし、そこは3年目になっても変わっていない。それはすごく安心しましたね。まだまだ、やりたいことは尽きません。
――最後に、意気込みと読者へのメッセージをお願いします。
橋本:今回、改めて「ユニットっていいな」とすごく思ったんです。本音でぶつかり合いながら進んでいく、このカンパニーって素敵だなと。そして、着いてきてくださる皆さんにも感謝しています。この記事を読んで初めて言式の思想に触れたという方も、劇場に来てくれたら嬉しいです。きっと、とんでもない作品をお見せすることができると思います!
梅津:この言式を通して、すごく貴重な体験をさせてもらっています。その体験を糧にして、ときには作品に投影しながら作品を作っていますので、少しでも皆さんに「いいね」と思ってもらえたら、それだけで嬉しいです。前作の「或いは、ほら」に続き、日常の中で我々が忘れてはいけないことや忘れてもいいこと、あえて忘れたこと……。そういうものを優しく抱きしめるような作品になればいいなと思っていますので、どうぞお楽しみに。
取材・文・撮影/双海しお