『大地の子』│上白石萌歌 インタビュー

社会派小説の巨匠として『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』や『華麗なる一族』など多くの名作を書き続けた、山崎豊子の代表作でもある『大地の子』。中国で戦争孤児となった少年が苦難を経て、中国人教師に拾われ、陸一心(ルー・イーシン)として育てられる。しかし成人した一心を襲ったのは、文化大革命に伴う大きな時代のうねりだった……。この主人公・一心の波乱万丈の半生を描いた小説はベストセラーとなり、のちにドラマ化もされて話題となった。その『大地の子』が2026年2月、待望の舞台化を果たす。脚本はマキノノゾミ、演出は栗山民也が手がけるという盤石の布陣に、出演者も一心役に井上芳雄が扮するほか、奈緒上白石萌歌山西惇益岡徹ら華やかな顔ぶれが揃うことになった。
この演技派ばかりの座組の中で、一心の命の恩人でのちに妻となる江月梅(チャアン・ユエメイ)を演じるのは上白石萌歌だ。今や映像に舞台にと大活躍中の上白石だが、舞台の仕事への思い入れも強い様子で、栗山から演出を受けるのは『ゲルニカ』(2020年)以来二度目となる。本格的な稽古にはまだ時間のある11月下旬、作品や演じる役のことに加え、役づくり、栗山演出への想いなどを語ってくれた。

――まず今回ご自身が演じる江月梅役について、現時点でどんな女性だと捉えていらっしゃいますか。

私が演じる江月梅は中国の僻地をまわる巡回医療隊員であり、看護師として大勢の方を救っている役で。井上芳雄さん演じる一心と出会って彼の命を救い、のちに妻となる役でもあります。正義感が強く、佇まいは静かですが心の奥に燃えるようなものがあり、しっかりとした芯がある人ですね。それに、彼女の父親が一心と同じように冤罪、濡れ衣を着せられたせいで自殺をしてしまったという過去があり、彼に対してどこか父親への想いを重ねているところがありそうだとも思っています。一心の過酷な運命に寄り添い、彼を支えていく妻であると同時に、自分自身の信念を強く持っている人でもあります。とはいえ、まずは芳雄さんや、栗山さんからいただく言葉を信じながら、今回の役を作っていきたいと思っています。

――そうやって役づくりをする際、たとえばどういうやり方で、役を分析したりキャラクターを想像したりされているんですか。

私の場合は、役に関していろいろと自分で妄想を膨らますことがとても好きなんです。今回、それをやるかはまだわからないですが、私がよく使っているのが“プロフィール帳”。小学校の時に流行ってみんなに配っていた、あれです(笑)。あのプロフィール帳に、自分が演じる役としてプロフィールを書いてみるんですね。たとえば“将来の夢”を書く欄があれば、この役はどういう人になりたいと思っているだろうかとか、他にもどんな性格なのかはもちろん、好きな色や休みの日は何をするのかとか、脚本に書かれていない部分も自分で想像して書いていくんです。それがお芝居に直接役立つかどうかはわかりませんが、自分がその役を愛するためにやっていることの一つとして、これまでほとんどの作品でやってきました。今回は実在した人物というわけではありませんが、史実に基づいたお話ではあるので、今回の場合は、まずはその時代の背景を学ぶことから始めています。というのも私の父親が社会科の教師なので、その当時の日本と満州の関係性や中国全体の情勢などを教えてもらおうかと思っているところです。その上で、彼女がどんな想いで日々を生きていたのかを想像をしながら、役と向き合っていけたらいいなと思っています。

――プロフィール帳を使うというのは、面白いですね。演じる役が、より身近に感じられるようになるのでしょうか。

役と向き合う時に「あなたのことを、私自身が一番理解していたい」という気持ちですし、「役にとって信頼できる人間でありたい」とも思っているんです。役者さんで、よく「役を憑依させる」とか「役を下ろしてくる」という方がいらっしゃいますが、私にはそういう能力はなくて。たくさんのことを想像して、一人の友達と接するように役のことを考えたいですし、その役に信頼される自分でありたいので、私も役のことを信じて、手を取って一緒にその運命を歩んでいくような気持ちで向き合いたいと思っているんです。

――そのプロフィール帳って、既成のものを使っているんですか?

そうです。作品ごとに自分がやっていた役のプロフィール帳があって、どんどんたまってきています。ただ、最近のプロフィール帳にはSNSのIDを書く欄があったりするので、今回の役には合わないかもしれないな、と思ったんですよね(笑)。ちなみに役づくりのために使うだけでなく、新たに入った現場でスタッフさんに配って、それぞれの方のことを知るために書いていただいたりすることもあるんですよ。周りの方々のことや、役のことを深く知るためにはとても良いツールだと思っていて、あちこちで活用しているんです。

――そして今回はやはり、再び栗山さんとご一緒できるということが相当大きいのではないかと思いますが。

はい、そうですね。インタビューなどで「あなたが影響を受けた人物は誰ですか」と聞かれた時には即答で「栗山さんです」と答えるくらいですから。20歳の時に初めて『ゲルニカ』で演出をつけていただいた、あの稽古の日々はいまだに忘れがたいものになっています。あの作品ではゲルニカ爆撃を扱っていて、今回の『大地の子』と同じく戦争をテーマにした舞台だったので「生きるってどういうことだろう」とか「平和とは、戦争とはなんだろう」ということを日々考えながらお芝居をしていました。

――栗山さんに言われた中で、特に印象に残っている言葉があれば教えてください。

栗山さんって、感覚的でありながらも端的で的確な言葉で、いろいろなことを言ってくださるんです。お稽古中に印象深かったのは「袖にはけるのではなくて、消えてください」とおっしゃられて。これって、とても感覚的な言葉ではあるんですけど演じる側としてはものすごくよくわかるんです。つまり「去る」じゃないんだ、「消える」んだ、と。あと「今まであなたが出したことのない声を聞きたい」と言われたのも印象深かったです。そうやってロジカルなことではなく感覚的な言い方で栗山さんが発してくださる言葉の一つ一つが、私にはすごく伝わってくるので、あらゆることを突き詰めて教えていただいた感覚があります。20歳の時に演じた『ゲルニカ』という作品は、自分という身体を通してきちんと役の心を味わいながら、体現することができたという感覚があったんですよね。きっと今回もまた役の心を自分の心に宿してお芝居できそうな予感があるので、5年ぶりですが再び背筋がピッと伸びる想いです。本当に念願叶っての再会でもあるので少し緊張していますが、あの頃よりも成長した自分を見ていただきたいとも思っていて。今から、お稽古がとても楽しみです。

――『大地の子』という作品に関して、物語としてはどんなところに魅力を感じられていらっしゃいますか。

とにかく主人公の一心は、とてつもなく過酷な運命に翻弄され、故郷を離れて家族とも引き離されて、孤独なまま生きていくわけなのですが、さまざまな人が手を差し伸べてくれて、その手をしっかり握ってひたむきに人生を歩んでいくというお話でもあります。原作小説を読みながら私も何度も胸が痛くなりましたが、読み終わった後には温かいものが残りましたし、清々しい気持ちが心の中に広がっていたので、初めて読んだ時のその感覚をぜひ、舞台をご覧になったお客様にも感じていただけたらと思っています。小説は、まだ一度しか読めていないので、お稽古開始までの間に何度も読んで理解を深めておきたいなと思っているところです。

――この壮大な作品に挑むにあたって、俳優として大切にしようと思われていることはどんなことでしょうか。

私自身、戦争を経験していない世代ですし、実際に戦争を経験された方がどんどん少なくなってきている今、こうして俳優自身が語り部となって物語を届けることで、現代を生きる人たちに「こういうことがあったんだ」と伝えられるのは、とても大事な役目なのではないかと思っています。そのためにも、その時代に関する文献をたくさん読んで理解を深めたり、実際にその時代のことを知らなくても、たくさん想像力を働かせて、その上で栗山さんから受け取る言葉を大切にしながら演じていきたいと思います。

――お稽古中は、まだ出演者が誰も来ていない早い時間の稽古場に一番乗りするのがお好きだという話を伺いました。

実はとても心配性なので、早めに着いておきたいなという気持ちがあるんです。それに、誰もいないお稽古場とか楽屋の空気が好きなんですよね。人がまだ踏み入ってない真っさらな状態に身を置くと、清らかな気持ちになるというか。私が緊張しいだから、人がいない静かな場所のほうが落ち着くのかもしれません。それに、特に栗山さんはお稽古時間が短めなので、早めに行くことでひとつでも多くのことを吸収したいという気持ちもありますね。帰りも、あまり早くは帰らないです。不安だからもう少しセリフの確認をしてから帰ろうとしたり、なるべく長い時間、稽古場にいたいのかもしれません。

――栗山さんよりも、早く稽古場入りされるんですか。

確かに、栗山さんも誰よりも早くいらっしゃるほうなので、その時間に少しでもお話しできたらいいなという気持ちもあったりします。そう考えると自分だけ栗山さんの時間をいただいて、ちょっとズルイかもしれませんが(笑)。

――その時間なら、思いついたことをなんでも聞けそうですしね。

そうなんですよ。家にいても心細いので、稽古期間はできるだけ早く行って遅めに帰るという毎日ですね。

――今回の稽古場で、こんなことができたらいいなというような目標とかテーマなどはありますか。

私、栗山さんマジック、みたいなものがあるような気がしていて。『ゲルニカ』の時には、そのマジックのおかげでセリフを通してちゃんと自分の心を動かすことの大切さを学ばせていただけたので、今回もまたぜひあの感覚を味わいたいなと思っているんです。個人的には栗山さんが、自分のお芝居の改革みたいなものを手伝ってくださった方のように勝手ながら思っていて。

――以前、学生の頃に栗山さんについて何か書かれたとおっしゃっていましたね。

大学時代に栗山さんが演出された作品を観てレポートを書いたり、栗山さんが書かれた『演出家の仕事』という本を読んでレポートを書いたりしていました。そのくらい、ずっと憧れの方だったんです。最近また改めて、自分のお芝居の改革をしたいなと思っていたところだったので、今回のお稽古中に栗山さんからいただいた言葉を一つも取りこぼさず、日々過ごしていけたらいいなと思ってます。

――すぐにメモったりしながら?

この間、『ゲルニカ』の台本を読み返してみたら、白いページが真っ黒に見えるくらいに細かくいっぱい書き込みがしてあって、当時の自分の熱意を改めて感じました。あの時の自分、すごくたぎっていましたね(笑)。役を通して、今まで感じたことがない気持ちをたくさん感じていた日々だったので。今回もぜひ、ああいう気持ちになれたらいいなと期待しています。

(取材・文 田中里津子)