ノゾエ征爾、本多力さん インタビュー|「ぼくの名前はズッキーニ」

2002年にフランスで刊行され、世界的ベストセラーとなった小説「ぼくの名前はズッキーニ」。この小説を原作にしたクレイ・アニメーション映画は、米アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされるなど、大きな話題を呼んだ物語だ。そして、この小説を原作にした舞台版を、世界で初めて音楽劇として舞台化。脚本・演出をノゾエ征爾、音楽を田中馨が手掛け、主人公のズッキーニにはふぉ~ゆ~の辰巳雄大、主人公が児童養護施設で出会う少女カミーユには川島海荷がキャスティングされた。それぞれに暗い過去を背負う子どもたちは、厳しい現実をどのように見つめ、生きていくのか――。物語に挑むノゾエと、主人公らとともに児童養護施設で暮らす少年を演じる本多力の2人に話を聞いた。


――今回、日本で初めて舞台化されることになった本作ですが、どのような経緯だったんでしょうか。

ノゾエ 当初、プロデューサーと何かやろう、という話をしていた流れで、映画の「ぼくの名前はズッキーニ」をある方に紹介してもらって観たんです。映画はストップモーション・アニメーションとしてものすごく素晴らしくて完成されていました。原作小説もとても面白かったです。それらに“無かったもの”は生身の人間の体、ということになるんですけど、その無かった部分に、可能性を感じたんですよね。映画や小説に足りなかったものは何もないんですけど、演劇に飛躍させてみたい、と思いました。人が、人に何を思うのか、という部分にすごく惹かれて、子どもも観る作品ながら、下手に嘘をついていないところも魅力的でした。そういう瞬発的な衝動から、動き始めましたね。

本多 子どもの話だから、子どもを使って上演しようとかは考えなかったんですか?

ノゾエ 一切、思わなかったなぁ。

本多 大人が子どもを演じる、ということも含めて演劇の可能性を感じたっていうことですよね。確かに、そこが面白いんですよ。


――本多さんは物語についてどんな感想を持たれましたか?

本多 お話を頂いてから映画とかを拝見したんですが、かわいらしい作品かな?と思ったら割とグロかったんですよね。エグイとこもあって、面白かった。子どもって純粋だからこそ、逆に残虐だったりもしますよね、無自覚に。そこが怖かった。その子どもを大人が演じるっていうのが、さらに何かが生まれているような感覚がありますね。稽古をやっていても、そういう生々しさを感じています。稽古も最初の頃は、ワーって子どもっぽくやっていたんですよ(笑)。でもノゾエさんに修正していただいて、そういう感じになってきました。

ノゾエ 子どもっぽくやりすぎるのは違うな、っていうのはあって。体はウソをつきたくなかった。大人というのは、かつて“あったもの”が無くなってしまった体でもある。無くしてよかったものも、無くしたくなかったものもね。そういう溝というか、ズレっていうのも、大事な温度だなと思っているんです。


――大人になってしまったからこそ、子どもの頃から失ってしまったものに向き合えるような感覚でしょうか。

ノゾエ 小さいときは大人になりたかった部分もあるし、大人になったら子どもで居たかった部分だってある。大人になりたくない、みたいなね。そういうのが自然とこぼれてくればいいな、というのは、稽古中に割と気を付けた部分ですね。そういう、虚しさや儚さを感じながらやりたいな、って。

本多 確かに(原作も)大人が作った話なわけですし。役者としても、自分に手繰り寄せる部分もあれば、客観視しながら子どもに近づく部分もある。作業としては似ているのかも。


――確かに、構造は同じかもしれませんね。稽古はどのような手ごたえでしたか。

本多 こういうプロデュース公演って、キャストもはじめましての方が多いじゃないですか。それで、稽古が始まった時にノゾエさんが「(僕は)迷うタイプなんで、バンバン決めていかずに、なるべくみんなで迷いましょう。迷っていても進むから、それも楽しんで一緒にやってきましょう」っておっしゃっていたんですよね。

ノゾエ 子どもをテーマにする、という部分でもすごくハードルが高いし、何か僕が答えを持っていて提示するという形にすべきじゃない。みんなでトライ&エラーをやっていきましょうという意味で、迷いましょう、と言いました。迷いたくなくて迷っているんじゃなく、迷いたくて迷いましょう、と。その行程が大事だろうな、と思いました。

本多 そこがまさに演劇ですよね。僕はノゾエさんの演出を受けるのは2回目になるんですが、もう先生みたいで、ついていこうって思います。今回の稽古場は、以前のように一緒に食事に行ったり飲みに行ったりができないから……合間も、感染対策としてあんまりしゃべりかけない方がいいのかな、とか考えてしまって、最初は探り探りな部分がありました。でも、稽古が進んでいくうちに「あそこはこうじゃない?」って話せるようになって、和気あいあいと言いあえる感じになりましたね。

ノゾエ 飲みの場がこんなに大事だったんだ、っていうのを感じると同時に、俳優さんたちが舞台上の芝居の中でより密度をもってやりとりしている感じもあるんです。そこでしか“知り合う”ことができないから。逆に良くなっている部分もあるんじゃないかな。舞台上での熱量が上がっている気がします。あと、演出家としては、俳優たちが飲みに行っているときに何を話しているんだろう?とか思いますから。何か言われてるんじゃないかな~って(笑)。あっ、昨日の飲み会でタッグを組んだな、とかも分かるしそういう余計なことも考えなくて済むので(笑)、健全な稽古場になっていますね。

本多 いやー、僕はタッグ組みたかったですね(笑)。だから、ちょっと寂しいです。


――今回は多彩なキャストが揃っていますが、主人公の辰巳雄大さんの印象はいかがですか。

ノゾエ いやな意味ではなく、ジャニーズ事務所の所属であるって、とても強い情報じゃないですか。でも、そういう強い情報も、完全に覆してくれる子ですね。一俳優として、という心意気もすごいし、彼自身、俳優をしている時は余計な情報は振り払いたいっていう気持ちがすごく強い。歌ひとつにしても。彼自身がそういう部分を覆したくて、誠実に向き合っているんですね。すごく真っ直ぐに。そういう部分って、ズッキーニという役にとても必要なところ。とても大きな要素です。それをちゃんと持っていて、すごく気持ちのいい人ですね。

本多 以前、ふぉ~ゆ~と共演したことのある人たちから、辰巳くんについて「本当にいい子。どうやったらあんないい子になるんやろ」って話を聞いていたんですよ。それに、この間に共演した滝藤賢一さんが「辰巳くんが出ているなら観に行こうかな」なんて言ってたんです。僕が出ている舞台は観に来たこと無いのに(笑)。それくらい、みんなを虜にする人ってどんな人やろ?って思ってたら、ほんまにいい人でした。居残りで一番頑張っているのも辰巳くんだし、真面目で誠実。それに明るい。

ノゾエ 稽古場の雰囲気が明るく変わるよね。


――ヒロインとなる川島海荷さんはいかがですか。

ノゾエ すごく真面目に、前向きに頑張っています。稽古場でも2人で話すことも多いんです。普段はポーカーフェイスなんだけど、演技について踏み込んだ話をすると涙ぐむくらいにちゃんと悔しがっていて。何とかしたい、って思ってくれている。あれだけのキャリアがあるのに、その上でそういう気持ちで居られるのは素晴らしいところだな、と思っています。

本多 ほんと、めっちゃ素直。素直に台本を読んで、素直に演じるっていうことを大事にしてるんやなと思います。だから、しゃべりやすいんですよ。気楽にお話ができますね。

ノゾエ 彼女が仕事で稽古場に来られない日があったんですけど、最後の30分しか居られない、みたいな日でも来ますからね。それくらいだったら来なくても……ってなっちゃいそうですけど、少しの時間でも稽古場に来てくれる。

本多 わからないですけど、何かやってやろうという気持ちが高まっているのかもしれないですね。


――川島さんの中で新しい何かを見つけようとしているタイミングかも知れないですね。

ノゾエ それはすごくあると思います。そういう意味では本番で一番化けるかもしれない。


――では続いて本多さんやノゾエさんの役どころについてもお聞きしたいと思います。

本多 僕は、賑やかしです(笑)。率先して大きな声を出してね。こういう作品って、1人くらい劇団からの人が入ったりするんですけど、今回はノゾエさん主宰の劇団はえぎわから、どなたも出ていないので。ノゾエさんの演出を経験している僕が、その役目をやろうと思っています。

ノゾエ 傍から見ていても、本多くんがいて良かったなっていう場面はたくさんある。ムードみたいな部分ももちろんなんですけど、子どもたちの中で唯一の40代なんです。ひとりだけポンとおっさん。でも僕は、“そういうことだよな”と思っていて、大人が子供を演じる上で、すごく説得力がある。普段ヨーロッパ企画では、それこそ賑やかしなことも多いのかもしれませんが(笑)、今回は、ちゃんと芯の部分をやってくれていてめちゃくちゃ頼もしいです。

本多 僕、この前子どもが生まれたんですよ。今2カ月で、今回演じる6歳とは全然年齢が違うんですけど、さっきまで笑ってたのに、なんでもう泣いてんの?って、子どもってコロコロ変わるんですよ。きっと自分も小学校のときとかはそうだったはず。子どもにとっては“何か”があってコロコロ変わっているはずで、その“何か”を周りに与えて、貰って……っていうのをなるべく稽古場でやれるように、って思っています。

ノゾエ そのあたりは、若い子よりもチャレンジするぞ、と意識的にやってくれていると思います。すごくありがたいですね。

本多 いつまでも新人みたいな気持ちでいたんですけど、この前、先輩に「もう中堅だよ」って言われて……。確かにもう40代やん!確かに年上や~ってなりました(笑)


――ノゾエさんも役者としても出演されますね。

ノゾエ 演出家がキャストとしても出るときって、どこかスペシャル感があったり、特別にみられてしまうかもしれないんですけど、僕は一俳優として、しっかりとやることしか考えてないですね。

本多 僕はノゾエさんと絡む場面があるんですけど、稽古場では毎回芝居が違いますね。一度、なんか笑いながら「待って待って」ってやってきて、うわスゴイ演技出してきたな……と思って続けていたら、それは演出家としての「待って」でした(笑)

ノゾエ 芝居だと思っているから、ワ~ってなってたね(笑)

本多 あと、改めてノゾエさんの声がすごくいい。それこそ説得力。だからこそ、しょうもないセリフを言ったら逆に面白いんですよね。そういえば以前、自分で演出をされているのに、突然「ここで歌いたいです。歌っていいですか?」っておっしゃってて、誰が許可するんやろ?って思いました(笑)

ノゾエ いやそれは……。こう、この空間にね、聞いてみようと(笑)


――(笑)。今回の作品は音楽劇という形になっていますので、音楽の部分についてもお聞きしておきたいと思います。

ノゾエ 歌や音楽が入る、ってなると、どこかハッピーな娯楽要素をイメージされるかもしれないんですが、今回の作品ではちょっと違う作用というか。例えば、落ち込んでるときも口ずさむことってあるよね、とか。別に歌うことでハッピーになろうとしているわけなじゃくて、悲しいなら悲しい。そういう様々な心情から漏れてきた音、音楽、歌。そんな作用と思っています。


――悲しい気持ちになった時に自然と節がこぼれてくるような感じでしょうか

ノゾエ ここで歌を入れてやろう、みたいな気持ちは一切ないんです。セリフを書いていたら、ここで自然と歌になった、っていう感じですね。なので、言葉のない歌もあります。


――本多さんは音楽の部分についてどのように感じていらっしゃいますか

本多 演劇で役者さんが歌を歌うのって、僕はすごく好きなんですよ。それはミュージカルとはまた違うんです。これは僕の感性ですけど、歌を見せられているんじゃなくて、そのエネルギーを見せてもらっているというか。だから、上手い歌を聴かせてほしいんじゃなくて、セリフとかとは違うエネルギーを感じたい。僕は歌が上手いわけじゃないから、言い訳でこういうことを言っているんじゃなくて(笑)、上手くなるよりももっと違う何かを見せられたらいいな、と思って稽古しています。家で歌ったら、2カ月の子どもも笑うんです(笑)


――それは楽しみにしています! 最後にノゾエさんに作品の魅力をお聞きして終わりたいと思います。

ノゾエ 物語も魅力的ですが、人物がとても素敵な話になっています。ちょっとユニークな手法も取り入れていますし、そこにオリジナル音楽も寄り添っていて、本当にいろいろな要素がちりばめられた作品になっていますので、ぜひ一緒に劇場で共有、共感をできたら最高に嬉しいです。

 

取材・文/宮崎新之