描くのは、罰を受けた人のその後。川名幸宏が語る東出昌大主演『悪魔と永遠』

東出昌大が主演を務める東京夜光の新作公演『悪魔と永遠』が2月5日(土)に開幕する。

本作は、2017年に行われた「下北沢演劇祭」の若手支援企画「下北ウェーブ 2018」への選出を機に川名幸宏が立ち上げ、昨年劇団化した「東京夜光」の本多劇場初進出作品。東出昌大、尾上寛之、前田悠雅(劇団4ドル50セント)、村上航(猫のホテル)らが出演し、ある罪から刑務所に入った男(東出)が出所してからの時間を描く。

稽古場にて、作・演出の川名幸宏に話を聞いた。

 

罪を犯して罰を受けた人は、それからどうやって生きていけばいいんだろう。

――この作品は、クラブで知り合った女とハメを外して楽しくなり、ビルの屋上から飛び降りて、ひとり生き残ってしまった男が刑務所を出所してからを描く物語ですが、主演を務められる東出昌大さんが発端のストーリーだそうですね。

「そうです。僕は、東出さんが主演を務められた『人類史』(’20年)という作品にスタッフとして参加して、稽古場ではフランクにお話ししたりもしていたのですが、当時はご本人のプライベートなことが報道されて、世間からのバッシングも強い時期でした。僕は庶民なので、テレビでニュースを見たときは『なんでそんなことするんだろう』と思っていたし、実際にお話しする中でも『なんでそんなことするの』と本人に言っていたんですよ。その時、東出さんは『もうがんばるしかない』なんておっしゃっていました。そして稽古場で実際にがんばっている姿も見ていました。そんなある日、稽古の帰りに電車に乗っていたら、隣に座った女性2人が、僕がテレビをみながら言っていたような、ネットや週刊誌で散見されるような、東出さんに対する世間の王道的なご意見で盛り上がり始めたんですね。その時に、『なにか作品にしなきゃいけない』と思いました。」

 

――というのは?

「この日本で罪を犯して罰を受けた人が、それからどうやって生きていけばいいんだろうって。それで電車を降りてすぐプロデューサーに電話して、『東出さん主演で「罪と罰」(ドストエフスキー)を書きます』と言いました。そこからプロットを書き始めて、東出さんの事務所にお渡ししたのがこの作品の始まりです。」

 

――実際にお稽古が始まって、皆さんが演じ始めて、作品はどうなっていますか?

「どんな人でも、小さな罪から大きな罪まで罪悪感も含め持ちながら生きているので、やっぱりある種の等身大なもの――自分の中にある気持ちとか、後ろめたさとか、そういうものをさらけ出して、初めて稽古が成立するような感じです。そういうものがいかに芝居に出せるかが勝負な気はしています。」

 

――それはでもなかなか苦しそうですね。

「そうだと思います。演劇をつくる空間としてはすごく楽しいですけどね。だけどやっぱり労力が必要だったり、苦しかったりします。毎日みんなへとへとになりながらやっています(笑)。さらけ出すことで見つかる課題もあるので、いまはそれをひとつひとつ筋が通るように、心が通るように、消化していく、ということをしています。」

 

高いハードルがあるから、できるのかもしれない

――本多劇場初進出というところはどのように思われていますか?

「キャスト・スタッフのほとんどが本多劇場デビュー戦なんですよ。割とみんな同世代で、30代前半くらいなのですが、下っ端として培ってきたものをいよいよ本多劇場で出せるんだっていうような感情が全員にあって、そのエネルギーで動いている感じはすごくします。」

 

――それは気合が入りますね。

「気合が入ってますよ!(笑)。」

 

――キャストの皆さんがまたそれぞれ個性的ですよね。

「本当に個性的です。ほとんど全員出自が違いますし、それを持ち寄ってくる感じが面白いです。その持ち寄ったものを稽古場というお鍋にぐわっと広げて、じゃあどうおいしくしていこうかっていう感じでやっています。」

 

――そこに「東京夜光」の劇団員の皆さんがいるのは心強いですか?

「もちろん、共通言語が多い劇団員に本当に支えられていますが、でもこの作品でひとつの劇団をつくっている感じもあります。それは僕のやり方かもしれない。演出助手出身なので“稽古場づくり”が好きなんです。『この作品をつくるうえで一番いい稽古場をつくりたい』と思うから。その一体感、劇団感は、稽古場にあると思います。」

 

――デビュー戦、楽しみですね。

「若いことをいいことに突っ走ってます。今の僕の感性で一番興味があることをやっていますしね。……ただ、もちろんですけど、こわさもあります。」

 

――こわいというのは?

「ふと我にかえって考えると、本多劇場初進出で、東出昌大さん主演で、『罪と罰』をやるって、創作する身としてはとてもこわい。だから、そういうものを越えられるものをつくらないといけない、というかなり高いハードルがある気がしますし、そのハードルがあるからこそやれる面もあるように思います。」

 

――正直、演劇を観ているときに本人の背景が頭に浮かぶことがどういうことなのか、何度も考えたことはありますが、わからなくて。生身の人間がそこにいる、という演劇の魅力と繋がっている気がしますし。

「演劇は、あくまで虚構です。今回の作品だって、ご本人のドキュメンタリーを書いているわけじゃないです。全然違う人の話。でもその虚構が、舞台上で、真実に見えたときに、僕は感動するんだと思いますし、その真実が生まれるように全力で取り組んでいます。」

 

――開幕した時、川名さんは本多劇場でどんなものを見たいですか?

「いまは、この作品がどんなふうに見られるのかがわからなくて、毎日寝られないような状況ですけど、でも演劇をつくっている時点で、嫌なものをつくろうとか、いじわるなものをつくろうとか、お客さんを貶めるものをつくろうとかってことは、あたりまえですけど全く考えていなくて。時々『なんでこんなことに命を削ってやっているんだろう』って思うけど、自分自身が演劇を観に行って心が動かされるように、お客さんが、一瞬でもいいから、『来てよかった』とか『あ、なんか明日も生きられそうだ』とかそんなふうに思ってくれる、そのために僕は毎日、稽古場に通っていると思っています。」

 

取材・文:中川實穗