三浦大輔×萩原みのり インタビュー パルコ・プロデュース2022「裏切りの街」

【左】萩原みのり 【右】三浦大輔

『愛の渦』で岸田戯曲賞を受賞した三浦大輔が、2010年にPARCO劇場に初めて書き下ろした「裏切りの街」が12年ぶりに上演される。2016年には三浦自身がメガホンを取り映像化もされた本作は、出会い系サイトで平凡な専業主婦と出会ったフリーターの男が、人生から逃げて、逢瀬に溺れる姿を描いた作品。主人公の無気力なフリーター・菅原裕一を髙木雄也、裕一と逢引きを繰り返す主婦・橋本智子を奥貫薫、裕一と長年付き合っている彼女・鈴木里美を萩原みのりが演じる。
本来は2020年に上演予定だったが、コロナ禍で中止となった本作。待望のリベンジ公演に臨む思いを、作・演出の三浦と萩原に聞いた。

 

――2010年の初演時から、過激でリアルな表現が話題を呼んだ本作ですが、どういったところから物語を発想したのですか?

三浦 まずは、人が人を裏切る瞬間を作品にしたいという思いがありました。人を裏切る瞬間を描いた作品は、「悪」だと決められた人間が裏切る姿を描くことが多いですが、僕はそれに疑問を持っていて…。実際に日常で人が人を裏切る瞬間はもっと曖昧で、善と悪を行ったり来たりするものだと思うんです。なので、そこにフォーカスを当て、あえて曖昧さを描こうと考えたのが始まりです。ですが、これを舞台作品として表現するのは非常に難しいとも考えていたので、挑戦的な作品になるという気持ちもありました。

 

――今回の上演では、初演から変わったところはありましたか?

三浦 こういう状況ですので、人が人に会うということに対する価値観も変わりつつあると思いますが、僕はこの作品には普遍性があると思っているので、その普遍性を保つためにも、あえてコロナなどの時流は取り入れていません。なので、それほど変えてはいません。ただ、もちろん、2010年の時にはツーショットダイヤルで出会っていた2人が、今回はマッチングアプリになったりと、時代的に違和感がないように馴染ませてはいます。

 

――萩原さんは、オーディションで出演が決まったそうですね。

萩原 元々、映画化された作品を映画館で観て、声を出して笑ってしまったほど面白くて大好きな作品だったので、里美を演じてみたいと強く願って受けたオーディションでした。もちろん、三浦さんの元で演劇をやることに対する不安や怖さはあったのですが、決まった時には(嬉しくて)泣きそうでした。

 

――映画を観て、どんなところが琴線に触れたのですか?

萩原 シンプルに「バカだな」って。でもそれも、なぜか実感を持って「分かる」んですよ。それから、映画館で観ていた時に、男性が笑うシーンと女性が笑うシーンが全く違っていたというのがすごく印象に残っています。私は、「俺、意外に優しいんだなあ」というセリフが一番好きなんです。三浦さんは、なぜ、人の後ろめたい部分や心の細かい機微が分かるんだろうと、そのセリフを聞いて驚いたのを覚えています。

 

――その「分かる」という感覚は例えばどういう部分で?

萩原 クズと呼ばれるタイプの男性に対して、嫌いになれたらいいのになぜか許してしまう、なぜか愛してしまうという…というそんな感覚が映画の中に詰まっている作品だと思いました。うまく言葉にできないその思いが映画で表現されているのが面白かったのですが、いざ自分が演じるとなると、こんなにも難しく、こんなにも大変だったんだというのを、今、痛感しています。

――すでにお稽古がスタートしているそうですが、手応えは感じていますか?

三浦 まだ模索していますね(苦笑)。

 

――今回の再演では、どこに重きを置いて演出したいとお考えですか?

三浦 この作品は、人間の曖昧さを表現した作品なので、舞台作品としてはなかなか難しいものを描いています。(東京公演を行う)新国立劇場は広いので、その曖昧さをあの広い劇場でどう表現するのか。舞台演出や美術、役者の演技も含めてですが、どう届けようかというのが今、1番の課題です。

 

――初演時と、向き合い方の違いはありますか?

三浦 役者さんの演技を見て、部分的な面白さを強めたりはしています。あと、時代とともに不倫の価値観も変わってきていることを若干、意識しています。今は、当時よりももっとタブー視されるものになっていると感じるので、だからこそ、不倫という行為をしている2人を愛すべき人物に見せ、いけない行為をしているけれどもなぜか許してしまうというところを強く訴えたほうが、この作品を上演する意味が見出せる気がしています。

 

――三浦さんは萩原さんとご一緒するのは、本作が初めてでしょうか?

三浦 (三浦が監督を務めた映画)『何者』に出演していただいているので、映像ではご一緒していますが、舞台は初です。今はとてもお忙しいと思いますが、(今作の)オーディションを行った当時はまだ彼女は出たての頃でしたので、こうして出演してもらえるのはタイミングも良かったんだと思います。彼女は、実力のある人なので引く手数多になるだろうなとは思っていましたが、オーディションを受けてくださったのも、萩原さんが演劇を僕とやる意義を見出してくれているのかなと思っていました。

 

――萩原さんは、実際に演劇作品で三浦さんのお稽古を受けてみていかがですか?

萩原 難しくて死にそうです(笑)。今は、とにかくお芝居がうまくなりたいという、その思いだけです。毎日お勉強させていただいていますし、贅沢な時間を過ごさせていただいています。稽古は緊張感もすごいので、めちゃくちゃ胃も痛くなりますが(苦笑)、でも幸せを感じています。

 

――三浦さんの演出を受けて、里美という役に対して新たな発見はありましたか?

萩原 映画も観ていますし、初演の舞台も映像で観させていただいているので、里美をどう演じるかということにも、ある意味で “答え”があると思います。だからこそ、どうしてもそこに寄せてしまうところがあったのですが、そうするとすぐに三浦さんにバレてしまうんですよ(笑)。気持ちが伴っていない演技はすぐに見破られてしまうので、自ずと自分の中で里美を探して作っていっている感覚はあります。

 

――先ほど、三浦さんから、三浦さんと演劇をやる意義を見出してくれているのではないかというお言葉がありましたが、実際に、萩原さんはどんな意義を見出していますか?

萩原 『何者』の時に、ワークショップオーディションがあったんですが、その期間、全部の殻をぶち壊された感覚があったんですよ。あの時に三浦さんと出会っていなかったら、私のお芝居の形は今とは全く違ったものになっていたと思います。全て剥がされて、とりあえず裸で戦えと言われたような感覚と言いますか…カッコつけることができなくなった瞬間があったのを覚えています。あれから何年か経って、今、こうしてお稽古をつけていただいている中で、また全て剥がされる感覚があります。私が10年、俳優をやってきて培ってきた“萩原みのり”は、家に置いて稽古場に向かわないといけない。それくらい裸の状態で稽古場に向かっています。全ての言葉をこぼさないように全て拾って帰ろうという思いでいます。

 

――三浦さんは、萩原さんの演じる里美をどう感じていますか?

三浦 (萩原は)可愛いですから。“主人公にとって、どこか満たされない彼女”という設定に説得力を持たせられるかという不安はありましたが、萩原さんは、その役をよく理解してくれていて、里美といると窮屈になったり逃げたくなったりするという雰囲気をうまく演じていると思います。(萩原を)見ていて、やりこなしていることは分かったので、欲が出て従来の里美像からは少し変えたんですよ。さらに新しいところが出せるのではないかと、上がれるところまで上がってくれそうだと思っています。

――今回の公演は、2020年の中止を経て決定した公演になります。当時は、稽古がスタートしてからの中止決定と異例の事態だったと思いますが、今回、上演が決まったことでより思い入れも深いのではないかと思います。待望の上演ということについては、どんな思いがありますか?

三浦 中止になったという体験をみんなが味わっているので、結束力があって、今度こそは実現したいという思いがより強くなったと思います。ただ、今はそれよりも作品を作り上げることに心が向いているので、中止になったことを忘れてしまっていますね(笑)。

萩原 私は、稽古初日に、すでに組まれていたセットの上に髙木さんと奥貫さんが立っている姿を見て、1人でこっそり泣いてしまいました。(2020年は)お稽古もリモートでしかできなくて、直接お会いすることもないままなくなってしまったので、本当に始まるんだという実感がすごく湧いてきました。でも、そう思ったのは稽古初日だけです。今は、そんなことを思う余裕は全くありません(笑)。

 

――ところで、三浦さんの作品には、人間のダメな部分がたくさん出てきますが、執筆中はそのダメなところにどのようにして向き合っているのですか?

三浦 自分ではダメ人間を書いているという自覚はあまりないんですよ。僕の作家性は、“曖昧さ”だと思います。人間のダメなところを描く作家さんはたくさんいらっしゃると思いますが、僕は曖昧だからこそ面白いというところにフォーカスを当てているんです。ぼんやりとした人間に答えを与えないのが本質だと思っているのですが、それを作品として提示している作家さんは意外と少ないと思います。わかりやすい悪人とか出てくると「実際にこんな人いるのかな?」と、思ってしまうんですよ。はっきりと善か悪かが分かるキャラクターが登場すると物語として見やすくはなると思いますが、僕はそこはぼんやりとしている方が面白いと感じるので、それをあえて提示しているということだと思います。

 

――萩原さんは、そうした役柄を体に落とし込んで演じることになりますが。

萩原 感情を自分の中で明確に型にはめ込みすぎないように気をつけています。改めて、セリフを言うことがこんなにも緊張するんだということを身にしみて感じながら、鮮度を保ちながら本番に向かっていけたらと思っています。

 

取材・文:嶋田真己

萩原みのり スタイリスト/伊藤信子  ヘアメイク/石川奈緒記