「小説で大事にしたものを、芝居ではどんどん手放していく」本谷有希子×黒田大輔×安藤玉恵『マイ・イベント』

劇作家・小説家の本谷有希子が3年ぶりに手がける演劇作品・梅雨の走りの本谷有希子『マイ・イベント』が6月9日~28日に小竹向原 SAiSTUDIO コモネAにて上演される。出演は黒田大輔・安藤玉恵。

 

本作は、2021年に出版された本谷の小説「あなたにオススメの」(講談社)に収録された「マイ・イベント」を原作にしたもので、物語は、異常なまでに防災意識と選民思想の強い夫婦(田代渇幸・張美)が住む川沿いのマンションに、巨大台風が接近するところから始まる。過剰なまでに利己的な夫婦だが、どこか笑えないことに気づく人間の裏も表も見せつけられるような一作となっている。

 

黒田大輔・安藤玉恵の二人芝居(予定 ※詳しくは本文にて)となる本作について、稽古場にて三人に語り合ってもらった。

 

 

自分がイメージすらできないものをつくっていく、という作業が面白い(本谷)

 

――お稽古開始から一週間くらいだそうですが、始まっていかがですか?

本谷「最初から最後まで大体やってみて、どう見せたら一番面白いかなっていうところで、方向性を固めつつある段階です。そもそも絶対に二人でやる芝居ではないので」

――登場人物、けっこうたくさん出てきますよね。

本谷「だから「二人芝居」でどう挑戦していけば面白いかなって」

安藤「「二人芝居」じゃないんですよ。2.5人いるんです。来てくださった方が「え!」ってなっちゃうから、私は早く「二人じゃない」ってことを言いたい。いまの時点で言っておいたほうがいいんじゃないかなって」

本谷「2.5人芝居です!」

――となると「.5」はどなたが?

安藤「本谷さんが出ます!」

本谷「最終的には「二人芝居」って言い切るつもりですけど(笑)。この作品は小説を原作にしているので、どうしても(会話ではない)“地の文”というものがあって、そこをどうしようかという話で「二人だけではないやり方を考えよう」と「2.5人芝居」に移行しつつあります」

――小説を原作にしている、という部分に関して少しうかがいたいのですが、本谷さんは劇作家でもいらっしゃいますが、3年前に上演された『本当の旅』(’19年)もご自身の小説作品「静かに、ねえ、静かに」の中の一篇から生まれたものですし、今回も最新小説「あなたにオススメの」(’21年)の収録作品を原作にしてつくられていますね。

本谷「はい。私は近年、そのやり方を非常に面白いと思っています。(同じ本谷が書いた物語でも)戯曲と違い、小説として書いたものは、どうやって舞台化していくかがわからない。だから一つひとつトライ&エラーを重ねながらつくっていけるんです。その作業が単純にものづくりとして面白いなと思います。それは昔と今で全然違うところでもあります」

黒田「なのでいまは探りつつというか、「こういう方向性なのかな」という話し合いをしたり、「話していても仕方ないかも」ってとりあえず動いてみたり、いろいろ試してみているところです」

安藤「私は本谷さんとやるのはこれが3回目ですが、今までと今回はつくり方が全然違います。前回までは(本谷の)トップダウンだったんだけど、いまは合議制というか、「みんなでつくる」という感じ。それぞれが「面白い」と思う表現を出していっている感じなんですよ。そこがまた難しいところではあるんですけどね。いわゆる“ダメ出し”があって、芝居を修正していくような稽古ではない」

本谷「昔、大事に思っていたポイントが、いまは全然大事に思えなくなってきて。私は昔、コントロールがしたかったんです。すべて自分のイメージ通りにつくりあげたくて、そのイメージからはずれることがあると「違う」ということをやっていた。そのぶん、コントロールできないとすごくフラストレーションが溜まっていました。いまは逆で。コントロールできてしまった瞬間に興味がなくなってしまうし、「できないものに向き合いたい」という感じがある。自分がイメージすらできないものをつくっていく、という作業が面白いので。だから昔はダメ出しもかなり細かくやっていたのですが、いまはそれほど執着がなくて、演技に対してどうというよりは、演出としてどう見せていくかを考えるほうがメインになっています」

「嫌な話だなあ」「面白いなあ」「早く不幸になればいいのに」と思って読んだ(安藤)

 

――出演者のおふたりは、原作を読んでいかがでしたか?

安藤「「嫌な話だなあ」「面白いなあ」「早く不幸になればいいのに」と思いながらすごいスピードで読みました」

――張美を演じると決まったときにはどう思われましたか?

安藤「張美は、一人でキャラクターが立っているわけじゃなく、「(夫の渇幸に)付随している人」という存在の仕方が面白いなと思いました。相槌打ってる人というか、あまり自分を主張しない人なのかな。これから稽古で試していくんですが、夫に対する気持ちを場面場面で細かく表現できると、面白くなるような気がしています」

――黒田さんは小説を読んでいかがでしたか?

黒田「僕は本谷さんに「これを舞台にしてみたいなと思っている。よかったら読んでみて」と言われて読み始めたんですけど、小説としては純粋に面白かったです。僕はあまり文字をたくさん読むほうじゃなけど、一気に読み終わりました。ただ、「面白いけど、どうやって舞台にするの」と思いながらも読んでいました」

――脚本になるとその印象は変わりましたか?

黒田「いえ、それはそのまま。「これどうするの?」って」

本谷「(笑)」

黒田「他の戯曲でも「どうするんだろう」ってことはあるんですよ。でもなんとなく「なんとかなりそうだな」みたいな感じがある。これは「どうするの、これ!?」っていう(笑)」

安藤「「もしかしたらどうにもならないんじゃないか」っていうことを含めてね」

黒田「そうそうそうそう」

安藤「稽古の資料をもらったときに「このシーンはどうするかわかりません」って書いてあったんですよ」

黒田「うん」

本谷「(笑)」

安藤「そこは今なお、とてもエキサイティング」

――現時点で、本谷さんの頭の中ではできているんですか?

本谷「一週間稽古をしてみて、なんとなく自分の中では見えてきたのですが、まだそれを二人に話していないんですよ。でも実際、稽古に入るまでは私も本当に「どうするんだろう」と思っていました。そのときはその「どうするんだろう」に一番ワクワクしていて。いまは、原作に書かれたことをそのままやっても意味がないなと思っているところです。「それは小説を読めばいいよね」というカタチにしたくない。せっかくこの生身の人間二人がやるので、別の視点を入れて、小説とは別物にしたいです。小説で大事にしたものは、芝居ではどんどん手放していこうという感覚です」

――そのうえで、お二人に期待していることはなんですか?

本谷「大きくは、「絶対に二人でできない芝居を二人でやってください」と言われたときに、二人がどう対応してくるのかっていうところは見たいです。どう想像力を働かせて、基本的には成立しないものを成立させるのか。みんなで何を見出せるかは、自分でも期待しています」

不謹慎だけど、田代夫妻をちょっと「羨ましい」と感じる部分もある(黒田)

 

――本谷さんと黒田さんは友人関係だそうですが、今作に出てもらいたいと思われたのはどうしてですか?

本谷「田代渇幸と黒田さんがなんとなく自分の近いイメージがあって」

黒田「ええ?(笑)」

本谷「ビジュアルとか全然違うはずなのに。割と渇幸に近かった」

――黒田さんご自身は近さは感じますか?

黒田「感じない。心外です(笑)」

本谷「そうだよね、あんなにやさしい餡子を作ってくれるくろべえが(笑)」

――では、渇幸のことはどう思われているのでしょうか?

黒田「小説は、ずっと「早く(渇幸に)制裁を!」って気持ちで読んでいるんですけど、後半になってくるとだんだん「なんかすごく生き生きしてるな」と思いはじめるんです。僕たちの日常は、特に東京だったり都会で暮らしていると、便利まみれだから。「毎日違う」みたいな“生きている実感”を得るのがかなり難しいと思うんですね。渇幸と張美もそういう生活をしているんだけど、“台風”という“非日常”が入ってくることで生き生きしてくる。間違った方向ですが、僕は読んでいて、「わあ、生きてるな、こいつら」と感じました。それで不謹慎だけど、ちょっと「羨ましい」と感じる部分もあったりして。それは夫婦二人に対して思うことですけどね」

安藤「それは私も感じました。退屈じゃないんだろうなっていうところはいいよね。いつも話すことがあって、ボーっとしてないですもん」

本谷「渇幸の台詞に「誰もおおっぴらには言わないけど、他の人を助ける余裕がない時は、自分の都合を優先させていいことになってるんだ」というものがあるんですけど、それを本当に心から信じきって生きている。その潔さみたいなのはある人ですよね」

――逆に張美は、私は「どういう人なんだろうな」と感じました。

本谷「掴みどころがないですよね」

安藤「演じるうえでは、その“掴みどころのなさ”をむしろ強調していったらいいんじゃないかなと思っています。「あの人、なんなんだろう?」「結果なんだったんだろう?」ってすべての人が思ってもいいっていうか。張美って一人じゃ説明がつかないような人でしょうから、それができたらいい。これから取り組むところですけど」

本谷「二人は違う質感の“嫌さ”だと思うんですよ。でもそれが、二人セットになったときにそれぞれ発揮される。どちらか一人では陥っていかないような状況も、二人で話し合うことで生まれますし、すべては関係性だよなと思うので、そういうところも表現できたらいいなと思っています」

――先ほど本谷さんは、黒田さんと渇幸が近いとおっしゃいましたが、安藤さんと張美はどう思われますか?

本谷「張美は私の中でもちょっと掴みどころがなくて。「舞台でやると誰なんだろう。わからないな」と考えていました。でも、くろべえがやるなら、その相手は安玉(安藤)だと思ったんですね。「黒田大輔と安藤玉恵の二人芝居」は純粋に私が観たかったし。多分、私の中で二人の“魂のレベル”みたいなものが近いんです。張美は具体的なイメージができないので、安玉が実際に身体を使ってやってくれて、「あ、そうか。張美ってこういう人だ」と逆認識している感じです」

――黒田さんと安藤さんはお互いをどう思われているのですか?

安藤「私は(渇幸は黒田への)当て書きだと思っていました。もともと黒田くんだったんじゃないかっていう。それは黒田くんのパーソナリティということではないですよ。でも「これ以上、渇幸な人はいないんじゃないか」と思っています。だから100点満点」

黒田「ははは!」

安藤「失礼な言い方になるかもしれないけど、かわいらしい方です。でも頼もしくて、オープンマインド」

黒田「安藤さんはもうずいぶん前に、『ニセS高原から』(’05年)という舞台で初めてご一緒してからの付き合いですが、俳優として素敵な人だと思います。お芝居が本当に好きなんだな、ものづくりが好きなんだなと感じる。こう言うと偉そうですが、うまいです。ザワザワしたような状態の人物を演じるときも、安心して委ねられる。僕はもうちょっと「ザワザワしなきゃ」となって、ある意味「本当に大丈夫、この人!?」ってことになるから(笑)。それはそれで面白いところはあるかもしれないですけど。安藤さんはもっとでかいですね」

安藤「へ~え! 知らなかった。今回はでも「この人を見よ!」って感じの黒田くんですから。その黒田くんを私は面白くみせたい。「(演劇を)こうやってやってると楽しいんだよ」っていうことも含めてね。それができたら理想だなと思います」

「小竹向原 SAi STUDIO コモネA」は、「世田谷パブリックシアター」とアクセスが似ている

 

――今作は「小竹向原 SAi STUDIO コモネA」という、どちらかというと“稽古場”に近い場所で上演されるのはどうしてですか?

本谷「劇場という場所がいまの自分には合わないなと思っていて。「小竹向原 SAi STUDIO コモネA」は実際、稽古に使うようなスタジオですし、そのぶん自分たちでゼロからいかようにもつくっていけそうな場所だからいいなと思いました。あとはお客さんにとってもあまり普段は入らないような場所だと思いますし、劇中の状況とリンクする、ちょっと非日常感を感じる場所でやれるんじゃないかなと思っています。ただ、「小竹向原駅」というのは、思ったよりお客さんのネックになるんだなってことは実感しています(笑)。でもそんなに遠くないですから! これは本当に書いてほしい!」

黒田「そうですね」

本谷「意外と近いんですよ」

安藤「池袋駅から3駅(有楽町線/副都心線)。ということは、渋谷駅から2駅の三軒茶屋駅と変わらないんです。つまり、世田谷パブリックシアターと変わらないんです!」

――しかも小竹向原駅から徒歩3分でアクセスもいいですよね。

安藤「だから極めて世田谷パブリックシアターとアクセスが似ている!」

 

写真:山口真由子

取材・文:中川實穗