土屋神葉が語る奇跡の物語
本作は「東京2020パラリンピック閉会式」グランドフィナーレでピアノ演奏を披露して話題となった、ピアニスト・西川悟平の実話を基にした舞台(主演:松本利夫(EXILE))。20代でジストニアを発症し、再起不能と言われながらも右手5本、左手2本の7本の指が動かせるようになり、今では「7本指のピアニスト」と呼ばれている。
舞台は、西川が1人暮らしをしていたニューヨークのアパートに、深夜2人組の強盗が侵入したことで起こった奇跡の物語。積極的に強盗に話しかけ、1人が1週間前に誕生日を迎えたことを知り、ピアノで「ハッピーバースデー」を弾く…という内容だ。本作で泥棒を演じる、土屋神葉(つちや・しんば)に話を聞いた。
――今回『7本指のピアニスト』の話が来た時はどう思われましたか?
最初に聞いた時は、ポエミーな題名だなと思いました。だから、素敵な作品なんだろうな、とふんわりイメージしていたんですが、台本を読み進めていくうちに中盤あたりから「これは…」という感じに変わってきました。実は今年の1月に、偶然西川悟平さんが出演している番組を見ていたんです。なので「あの時に見ていた話だ!」と運命を感じて「是非この作品に出たいです!」とお伝えしました。
西川さんが今なおピアニストとして活躍していて、パラリンピック閉会式でも演奏されている。実際に聴きに行きましたが、本当に素晴らしい演奏で、お話も非常におもしろくて、ものすごいエネルギーを受け取りました。そのエネルギーがあふれている西川さんだからこそ成立した泥棒との物語は、何かに挑戦したいけどできない、壁にぶつかってへこたれそうだ、という人に対してのエールになると、僕は思っています。
――これは実話なんですね
はい。実話だというのが信じられないくらい、奇跡と奇跡が重なり合ってできている話です。もしフィクションだとこの話は成り立たないのではないかとも思うくらい、登場人物のバックボーンがそれぞれかなり特殊で、それがいい形で噛み合ったからこそ、西川さんは泥棒から逃れることができ、泥棒も西川さんと心を通わせることができた、特殊な事例だと思うんです。フィクションでここまで特殊なバックボーンは描けないんじゃないか、これが作られた話だったらおとぎ話になってしまうかもしれない、と感じました。「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、現実というものは、作られた話よりも奇妙であったり奇跡が起こったりするものだと、改めて考えさせられました。
ただ、演じる側に立った時に「これは難しいな」とも思いました。これを実話として、皆の生活の延長線上に広げるには、どういう風にしたらいいんだろうと非常に悩みましたね。
――役柄は泥棒ですよね。役作りはどうされていますか?
スラム街の歴史を勉強している最中です。同じ泥棒役の筒井俊作さん(演劇集団キャラメルボックス)と話したり、参考になるような映画などを見ながら想像してはいるんですけど、自分に置き換えることが難しい役ですね。僕は実際のところドラマチックな生活も送っていないし、ごく普通の人間なんです。1人で困難を切り抜けてきた西川さんの力強さ、他者を愛する心が素晴らしくて、自分にももっとその強さ・心が必要だと感じます。
――ニューヨークで強盗に押し入られるのは殺されてもおかしくない状況で、どうやって心を通わせることができたのか、想像するのは難しいです
そうですよね。西川さんのパーソナルな部分やエネルギーがなくては、この物語は生まれなかったので、西川さん自身がドラマであり、これまでに経験して戦ってきた人生があってこそ、泥棒たちとここまでの物語が成立したと思うんです。僕がその立場だったら、泥棒たちが入ってきても話しかけらずに縮こまっちゃったと思います。今回は自分の想像力をいかに使って伝えられるかが勝負ですね。
――最後に、作品への意気込みを聞かせてください
僕はこの世界にアクションから入っているので、過去にはヒーローショーに出ていました。スーツアクターと呼ばれる、中に入っている人です。『7本指のピアニスト』は東京・池袋のサンシャイン劇場で上演されますが、8年前の夏に、僕はサンシャイン劇場の隣でヒーローショーに出ていました。同じ夏の時期に、今回はサンシャイン劇場に立てるのがうれしくて、ヒーローのスーツに入っていた高校時代を思い出しながら劇場入りするのは、非常に感慨深いものがあります。
この舞台は、西川さんがジストニアという難病にかかってもピアノを弾くことを選択した、泥棒に家を荒らされても真正面から立ち向かった、その生き様が、観てくださる皆様の背中を押すものになると信じています。主演の松本さんのダンスが本当にめちゃくちゃかっこよくて、歩くモーション1つで目を奪われるんです!たった1歩で魅了できるマンガのようなことが目の前で起こる衝撃!松本さんはセリフをしゃべり続け、踊り、表現をストップすることなく2時間走り抜けるので、松本さんのエネルギーの大きさ、長年培われてきたダンスや所作が、西川悟平という生き様を通して皆様に伝播すると思うので、エネルギーあふれる素敵な物語を劇場で共有していただきたいと思っております。僕も“泥棒”頑張ります。
【プロフィール】
土屋神葉(つちや・しんば)
1996年4月4日生まれ、東京都出身。2020年第15回「声優アワード」 新人男優賞受賞。主な出演作に、アニメ「ボールルームへようこそ」(主演)、「群青のファンファーレ」、「バクテン‼」(主演)など。現在ドラマ「オールモスト・ネバー 夢みるバンド物語」、「陳情令」、アニメ「シュート! Goal to the Future」など吹き替え作品も放送中。
取材・文/島田薫