俳優たちが惚れ込む戯曲『The Pride』上演へ──鍛治本大樹×池岡亮介×井上裕朗インタビュー

2008年にイギリスで初演され、ローレンス・オリヴィエ賞などを受賞した『The Pride』が7月24日~31日に赤坂RED/THEATERにて上演される。

『The Pride』は1958年と2008年のロンドンを舞台に、それぞれの時代で同じ名前を持つ、ふたりのゲイ男性とひとりの女性が登場する。彼らの葛藤、愛、欲望、思いやり、そして尊厳……50年を越えた思いが繋がる。異性・同性問わず、互いを思うことについては、時代とともに変化とまた変わらないことがある。

演出は、PLAY/GROUND Creationの井上裕朗。自身も俳優である井上がWキャストにて出演する8名の俳優と、一人ひとりの人物に向き合っていく。俳優たちがこの作品に人間としてまっすぐに向き合う時、きっと2022年の私達に問いかけてくるものがあるだろう。

その真摯で繊細な創作のようすについて、出演の鍛治本大樹、池岡亮介、演出の井上に話を聞いた。

 

ふたつの時代を生きる、同じ名前の3人

 

──この作品を読んだ時に「やりたい!」と思ったそうですね。

井上「とにかく面白かったんです!初めて日本で上演された2011年(TPT製作、小川絵梨子演出)に、翻訳の初稿を読む機会があったんです。作中では1958年と2008年のふたつの時代が交互に描かれ、それぞれに同じ名前の別人が3名出てくる。別人だけれど同じ俳優が演じるので、だんだんどっちがどっちの人物かわらなくなっていく……その演劇的な仕掛けがまず面白い。「自分もやりたい!」と思いましたが機会が訪れず、いつか自分で演出しようとは考えていました。ただ、とても長くて難度の高い脚本なので、やるならもう少し後かなとは思っていたんです。それでもチャレンジしてみることに決めました」

鍛治本「わかります。すごくやりたくなる作品ですよね」

井上「作者のアレクシさん自身が俳優なので、俳優目線で書かれた戯曲なんでしょうね。他人に共感する力や他人の立場に身を置く力といった「演じること」についてたくさん書かれていて、俳優として惹かれるのかもしれない」

 

──ゲイ男性のオリヴァーとフィリップ、そしてシルヴィアという女性がふたつの時代に登場します。池岡さんはフィリップを演じますね。

池岡「読みながら「僕の役はフィリップかな」と思っていました。最初はふたつの時代で同じ名前の人が出てくるので「タイムリープでもするのかな?」なんて思っていたら全然違っていて(笑)、読み進めるほどに二つの時代が混在していくのがすごく面白かった。その中で、どちらの時代のフィリップにも共感できたんです。もちろん自分にはオリヴァーっぽいところもあるんですが、それって自分の中の蓋をしたい部分だったりする。問いかけてくるような、逃げたくなるようなセリフもいっぱいあってしんどいです。でも作品を通して描かれているのは「愛」についてのことで、ここで飛び込まないとダメだ、もし飛び込んだらすごい景色が見れるんじゃないかな、という気がしています。ただ、愛って普段はなるべく考えたくない。愛について考えると疲れちゃう」

鍛治本「なにがあった(笑)」

井上「稽古をやるたびに「しんどい……しんどい……」って言ってるよね(笑)」

池岡「また相手役の(岩男)海史君が言葉の力を持っている方で、すごく刺さってくるんですよ。楽しくて、辛いです(笑)」

 

──鍛治本さんは3人以外の3役をひとりで演じますね。

井上「最初は30代の俳優たちで上演しようと考えていて、その時は大ちゃん(鍛治本さん)はフィリップだと思っていたんですけどね」

鍛治本「でも台本をもらった時にはすでに「3役で」というオファーでした。 立て込んでいるタイミングだったのでまだ出演を決められずにいたんですが、2ページくらい読んで「やります」と連絡しましたね。まだ自分のセリフを読んでいないのに決めました(笑)。というのも、最初の数行の会話だけで、声に出して喋りたくなったんです。 なかなかそういう戯曲に巡り会うことはない。もちろん読み進めて行くと面白いだけじゃすまない話だし、さらに自分のやる3役のハードルの高さに震えました。今回の僕の3役は、ピンポイントで出てきて、しかも他の登場人物と親密な関係というわけではない。こんなにハードルの高い役ってなかなかやる機会がないです。すごく苦しいですけど、少しでもなにか見つけられるといいなとバタバタしています」

井上「難しいけどめちゃくちゃ面白い役ですよ。 物語の本筋に絡まない外側の人物ではあるけれど、自分が主役だと思って他の3人を脇に置く存在になったらこの作品は成功するという役。大ちゃん(鍛治本さん)は真面目で優しいから遠慮しそうになるんだけど、そのたびに「優しくしないでください」と言っています(笑)」

 

Wキャストである意味。人物が深まっていく

 

──Wキャストで2チーム(side-A/side-B)あります。鍛治本さんと池岡さんは別チームですがお互いの稽古を見ていかがですか?

鍛治本「僕は平均年齢の高いside-Aですが、ずっと冷や汗をかいてます。すごい勢いでside-Bのシーンが成立していくから、若い人はすごいなって。年齢は関係ないとは思うんだけど……」

井上「いやでも不思議なことに、これまでの公演でも間違いなく年齢が若いチームの方が先に立ち上がっていくんですよね。たぶん若い人の方が柔軟に変化できるから、僕のやり方に「まずやってみよう」と取り組めるのかもしれない。side-Aは経験や自分のやり方があるので、調整するためにしばらく格闘の時期がいる。それが本番前にものすごく追い上げてくるので、やっぱり年齢や経験による底力を感じてきてびっくりするんです。だから稽古の最初の方は、年上のチームはだいたい戦々恐々としている(笑)」

池岡「そうなんですね!僕としてはside-Aの醸し出す雰囲気や説得力はいいなぁって思っています。渋いし、ダンディーなんですよね。2チームとも全然違うので悔しさもなくて、いち観客として稽古に見入ってしまう。俯瞰して見られるので、作品と自分に距離感があるのがいいですね」

井上「まさにWキャストの良さですよね。俳優として作品の中に入りながらも、外側から作品を見て、また中に入る……この往復をすると全体を見ながら役を立体的に作っていくことができる。しかも2チームともあえて解釈や俳優の動きを基本的には同じように作っているんですよ。そのうえで誰が演じるかでどう変わるのかという作り方をしています」

 

──基本の動きをあえて同じにすることで、作品の芯となる変わらない部分と演じる人によって変化する部分が際立つのですね。

鍛治本「しかも裕朗さんは、俳優が「ずっと自分自身でいる」とか「自分の中から言葉を出す」ということをすごく大事にされる」

池岡「「身体を満たす」とも言われますよね。だから稽古最初の一週間は全員でひたすら雑談をしたり、これまでの歴史的背景やセリフを一つずつ読み取っていきました。でも身体じゃなくてどんどん頭がパンパンになる(笑)。立ち稽古に入るとエクササイズをやって、そうして稽古をしていくとある時ふっと「あれ?今すっと言葉が出てきたな」と気づく。自分の口から出てきた言葉に対して「あ、嘘をついてないな」という瞬間がちょっとずつ増えてくるんです。この導き方はすごいです」

鍛治本「亮ちゃんが「裕朗さんは催眠術師なんじゃないか」って言ってたよね?」

池岡「だって内側から込み上げさせてくるんですよ。どうやったらそんなことができるのー!?」

井上「たぶん俳優として自分に置き換えて考えていますね。あとは、見ていて「あっ、チャンスだ!」と思ったらすぐに「あのセリフなんだけどさ~」って声をかける」

鍛治本「こっちがちょっとフワッとしているとすぐ察知する!怖いんだよなぁ」

井上「なにか違和感を感じるんですよね」

鍛治本「たまに雑談中に「はい、あのセリフ」って言われて芝居が始まることがあります。」

 

──身体が満ちている状態で、セリフを言うようにするんですね。

井上「そうです。俳優には「自分で満ちている」状態でいてほしい。俳優って真面目であるほど役や物語に対して奉仕しちゃうけど、僕は「自分自身が満たされたまま別の人物の行動や経験をしたらどうなるか」が大事だと思っています。それが、誰かの立場に身を置く力、共感する力だと思うんです。俳優だって絶対にその人物になれるわけないし、自分を明け渡して何かを表現するのはその人物のことを勝手に決めてるような気がしちゃう。だからとりあえず雑談をして、自分自身を完全に満たした状態でそのままセリフが言えるようにしています。同じ役でも、演じる人が違えば感じ方は違うはず。Wキャストにすることで一人の人間を少なくともふたつの方向から見られて、人間が深まっていくので楽しいです」

 

俳優の俳優による俳優のための場づくりを

 

──誰が演じるかが重要で、そのためには「自分で満ちている」状態にならないといけない。俳優はかなり自分自身と向き合わないといけないですね。

池岡「とても苦しいです。でも裕朗さんが俳優のことをすごく理解してくれていて、否定をしないんですよ。こちらが気負わずにその場にいさせてくれる。何が起きても大丈夫なように場を作ってくれている」

鍛治本「シンプルにそのままの状態で集中しやすい環境ですよね。それに、稽古場に来るとみんなと喋りたくなるんですよ。ちゃんと聞いてくれるし、返してくれるから」

井上「誰かが聞いてくれるって思えると、警戒心が解けて心が開いていくよね。だから僕は雑談をとても大事にしています。稽古初日にはすごく長い自己紹介を俳優・スタッフみんなにしてもらっていて、今回は10~12分くらいだったけど20分くらいやることもある。自分の話を10分以上も聞いてくれるとか、誰かの話を10分以上も聞くって、それだけで感動しちゃう」

池岡「そうですよね。僕は「話すのが苦手なんです」というところから自己紹介を始めたのに、みんながしっかり聞いてくれるから12分しっかり喋ってしまってちょっと恥ずかしかった(笑)」

鍛治本 「自己紹介を聞くのも面白い。人によってどういうことを話し始めるのか全然違いますよね。出身地から話す人もいるし、いきなり「海が好きで……」と話し始める人もいる」

井上「人によってはかなりディープな話をする人もいるね。聞いているこちらとしては、それを話してくれようとすることが嬉しいし、 その人のことをより深く知ろうという気持ちにもなれる。ありがたいよね」

 

──そうやって互いの心を開いて、安心できる場を作っていくんですね。

鍛治本「裕朗さんが俳優としてどうしたいか、どう役を作っているかということを体感できるプロセスですね。それはすごく貴重な経験だし、俳優の俳優による俳優のためのユニットだというPLAY/GROUNDのコンセプトにも沿っている」

井上「べつに僕が生み出したものなんて何もないんですよ。これまで国内外のいろんな年齢のいろんな演出家の方とお仕事をしてきた経験を、自分なりに俳優の立場で咀嚼したものを稽古場で出している。だから文句を言われたら「いやこれは〇〇さんに言われたことで」って言うかも」

鍛治本・池岡「(笑)」

井上「俳優が自分ごととして真っ直ぐに必死に考えたり想像したりするから、観客も一緒に考えられるんじゃないかな。この『The Pride』も「こういう物語で、こういうメッセージがあります」と伝えたいわけじゃなくて、「これってどういうことなんだろうね」とみんなで想像する約2時間になればいいですね。僕も俳優たちも誰も正解は知らない。2008年のイギリスの作品だけど、2022年の日本にいる僕達が素直にやれば自然と「2008年のことを2022年やる」ということになると思っています。翻訳の広田(敦郎)さんが「初演の時と今とではこの作品で描かれている問題に対しての理解度や共感力がまるで違う。作中に出てくる「いろいろと大変だろうけど何も心配はいらない」というセリフがすんなり入ってきた。それだけでもやる意味がある」と言っていて、僕もそうなんだろうと感じています」

 

取材・文/河野桃子