明治座「坂本冬美特別公演 中村雅俊特別出演」が9月20日(火)から開幕する。第一部は、作・平岩弓枝による下町の人情物語「いくじなし」を石井ふく子の演出で上演。第二部は華やかな歌のステージをお届けし、スペシャルゲストとして中村も歌声を披露、デュエットも予定されているという。はたしてどのような公演になるのか、坂本冬美、中村雅俊の2人に話を聞いた。
――稽古もいよいよ始まるとお聞きしましたが、今はどんなお気持ちでいらっしゃいますか?
坂本 まだまだ先だと思っていたんですけど、いよいよという感じになってきましたね。緊張感が出てきました。台本もずいぶん早くいただいていたんですが、まだ先、まだ先、と思っていたのに、本当に始まっちゃう、というのが今の実感です。
中村 俺も同じですよ。いよいよ始動するんだな、と感じています。自分の中で想像していることよりも、いい意味でもっと意外なことが起きたりするんじゃないか、するといいなって思っていますね。すごく楽しみで、ドキドキしています。
坂本 私は覚えるのも遅くて、不器用なので何事も早く準備をしておかないと、すぐに舞い上がっちゃうほうなんですね。準備していても舞い上がっちゃうので(笑)。石井ふく子先生にお願いをして、本当に早く、半年ほど前から台本をいただいて、時間のある時に読んだり、録音してメイクをしながらなど耳から入れたりしていました。やはり歌い手なので、耳から入れた方が覚えやすいんです。立ち稽古の時には動きもついてきますから、そこでパニックにならないよう、しっかりとセリフを入れていこうと準備はしているんですけど…こればかりは立ってみないとわからないものなので。でも、心の準備だけは早くしています。
中村 なるほど、まったく逆ですね。学生の時から、夏休みの宿題なんかはギリギリでやるタイプでした(笑)。もう、追われて追われて時間がないぞ、という中で頑張っちゃうタイプなので真逆かもしれません。だから、まだセリフも覚えていないんですよ。
坂本 羨ましい…!
中村 いやいや…でもまぁ、もともと楽天的なので、本番の何日か前に焦点を合わせてやっていきます。
――今回の役どころの印象はいかがですか?
中村 冬美さんは大変ですよ。酒は飲むし、地声がめちゃくちゃでかい役どころなんです。何か言うたびに「でかい声出すなよ…」って言うくらいの役。
坂本 大きな声出さなきゃって、今中村さんに言われて初めて思いました(笑)。セリフの数も結構ありますから、その上、大きい声で言わなきゃいけないんですね。
中村 でも、一番いいところを俺が持っていくんですよ。
坂本 そうなんです。私は前半に頑張らなきゃいけなくて。中村さんが演じる旦那さんは優しくて口数が少ないんですけど、ということはセリフが少ない。でも後半では、おいしいところを持っていっちゃうんですよね(笑)
中村 いろんな意味で、頑張っていきましょうね(笑)
――すでにお2人のやり取りが心地よく感じますが、役作りなどは進んでいらっしゃいますか?
坂本 私は石井先生からご指導じゃないですけれど、お言葉をいただいていて。こういう役をやったことが無いものですから、きっと先生も心配されていて、本当にこの役ができるのかというご不安もおありだったんだと思うんです。それで、先生のご自宅にうかがって、私以外のセリフをすべて先生がおっしゃってくれて、一通りやったんですね。そしたら先生が「ホッとしたわ」って言ってくださって…。そしてすぐに、「ちょっと休憩して、もう一度やりましょうか」って。すごい体力ですよね。
中村 本当にすごい体力ですよね。会見の時、歩くスピードも速くて驚いたんですよ。
坂本 私は今回で石井先生に演出していただくのは三度目なんですが、お側についていらっしゃる方が椅子をもって来られても、一切座らないんです。すべてご自身で見てご指導くださるんですね。
中村 やっぱり演出をするということの責任を感じていらっしゃるからなんでしょうね。ポスター撮影は数か月前なんですが、その時から具体的な演出プランもお話されていましたもんね。特に立ち回りの部分でね。不安もありますが、頑張っていきたいと思います。やっぱり、ちゃんと決まったセリフで、動きもちゃんと何回も繰り返してやっていくものですから。アドリブってね、お客さんのためにやってるんじゃないくて、自分たちで身内ウケのためにやっているところがあるので、そういう精神のアドリブはちょっと違うと思うんですよね。若いころはそういうこともありましたけど、今は忠実にやるようになりました。
坂本 それを聞いて安心しました。たくさん準備をしていても、真っ白になってしまうので…。笑われてしまうかも知れないんですけど、私は舞台が始まってからも、少しの合間でもセリフをずっとやっているんです。それくらい余裕が無くて。お稽古をしているときに、雑談をされたりコミュニケーションを取ったりという時間はあるとは思うんですけど、そんなに余裕がない時があるんですね。
中村 そこは俺も一緒ですよ。俳優の中には、本番直前まで別の話をしていて始まると急に役に入れる人もいますけど、俺も直前は集中型なので、しゃべらなきゃいけないとかになってくるとね。稽古も不安は不安だけれど、それもまた楽しみでもあるというか。やっぱり、知らないこと=楽しみでもあるから。不安があるから気を付けようとも思える。考え方が変わるだけで、ずいぶん違うんですよ。
――今回のお芝居は、昔からあるもので、舞台やテレビにもなっている物語です。お話そのものはご存じだったんですか?
坂本 私は川中美幸さんと松平健さんが2年ほど前におやりになっていたものを、先生にDVDをお借りして拝見しました。そしたら、美幸さんがずっとしゃべりっぱなし、怒りっぱなしの動きっぱなし。それを私がやる…これを言いながら動けるかしら、覚えられるかしら、と思ったんですが、先生が冬美さんなら、とおっしゃってくださったので。やっぱりせっかくやるんだから、今までやったことのない役のほうが勉強になるし、あなたのためになる。こういう役も見てみたいわ、とおっしゃってくださったんです。それで覚悟を決めたんですが、今までにあらゆる役者さんがおやりになった役をやるというのはプレッシャーですね。
――そういう場合は、どのように役を作っていくんでしょうか?
坂本 正直に言いますと、勉強のために拝見させていただきますが、自分がやるときはそれを一回忘れるんです。カバー曲を歌う時も同じなんですけど、オリジナルをしっかりと聞いた後で1回は忘れるんですよ。そうしないと、自分なりの歌が歌えないんです。新しい作品をやらせていただくつもりで、望むようにやらせてもらっています。
中村 もう半世紀以上前の作品なんですけど、今でもやるってことはそこにある種の普遍性がある。そういう作品に出合って、演じることができる喜びはありますよね。でも、役を演じるといいながらも、その人自身の魅力ってとても大事。こうやって坂本さんとお話していると、もう半分以上は成功している気もしますね。魅力的な2人になれたらいいですね。
――テレビでのお芝居と舞台でのお芝居に何か違いを感じることはありますか?
中村 俺は文学座出身なんですけど、ほとんど舞台をやったことがなくて。研究生の時にデビューしてしまって、最初からドラマばかりだったんです。結局、文学座には13年くらいいたんですけど、その間は1度も舞台をやらなかったんですね。役者をやりながら、歌手としてコンサートをずっとやらせてもらっていたので、幸せもんだな、と思います。自分の中では、舞台だから、ドラマだから、ってシフトしている部分はないですね。もちろん、舞台は稽古もあるし何回もやるから、理解度が深まっていくところはありますけど…でも、意外と熟さないでやったほうが面白いっていう場合もあるから。どっちがいいってことじゃないんですよね。
――お芝居も楽しみですが、2部の歌謡ショーも楽しみです。どのようなステージになるのでしょうか?
坂本 まずは私から歌わせていただいて、そのあとに事務所の後輩にもちょっと歌ってもらってから、スペシャルゲストの中村さんのコーナーもたっぷりとやっていただきます。そして、ちょっとデュエットもさせていただきます。
中村 数少ないヒット曲をかき集めますよ。
――いやいや…(笑)。坂本さんは、先日リリースされた「酔中花」がカラオケでもすごく人気になっていますね
坂本 もともとカラオケを意識して作られた曲ではないんですが、たくさん歌っていただけているようで嬉しいです。今まで、私はこういう道ならぬ恋のような歌はあまり歌ったことがなくて、チームとしてはちょっと踏み込んだ内容です。でも、重くならずに心地よい歌になっているんじゃないでしょうか。
――お2人の共通点と言えば、桑田佳祐さんから楽曲を提供されたことがあるところだと思います。桑田さんの楽曲の魅力を改めてお聞かせください
坂本 私はもう、中学時代からのファンで。歌手になったとき、演歌、ポップス、ロックといったジャンル分けが芸能界の中でどんな感じになっているか全然わからず、演歌歌手でも桑田さんにはすぐにお会いできると思っていました。でも、1度もお会いすることなく2018年の紅白で初めてご一緒することができました。その時にやっぱり、桑田さんに曲を書いていただきたいと思い、その気持ちをお手紙にして桑田さんに渡していただいたんです。そしたら、お返事を頂けたんですよ。
中村 そうだったんだ。いや、あの人、あんまり(人に)書かないですよ。明石家さんまさんとか、そういう企画のようなところには書いているけど、ちゃんとした形でアーティストに提供するってあんまりしてない。研ナオコさんや高田みづえさんが歌ってヒットした曲はあるけど、あれはカバーだからね。だから、坂本さんに歌ってほしい、っていう気持ちが桑田くんにあったんじゃないかな。
――中村さんが桑田さんに曲を提供してもらったきっかけはなんだったんでしょうか?
中村 映画の主題歌で歌わせてもらったんですよ。桑田くんに「FIVE ROCK SHOW」っていう5つの曲があるんだけど、そのうちの1曲を膨らませたものが主題歌になってね。それが「マーマレードの朝」なんだけど、思ったより売れなかった(笑)。桑田くんとは歌番組でよく一緒になってね。そのころの歌番組は、マッチとか聖子ちゃんとか、若い子たちばっかりだったから、いわゆる年寄り連中は俺とサザンくらいでね、楽屋でよく話してました。「あれ、売れなかったよ」って(笑)。そしたら「もう1回書かせてくれます?」って言ってくれて、それが「恋人も濡れる街角」と、「ナカムラ・エレキ・音頭」なんですよね。
でも、それも3カ月売れなくて…。これはヤバいな、と「恋人も~」を映画「蒲田行進曲」の主題歌にしてもらったんですよ。それでもイマイチで、主演ドラマ「おまかせください」の主題歌が「ナカムラ・エレキ・音頭」だったんですけど、「恋人も濡れる街角」を主題歌にしたら、ようやく売れ始めて。…でもこの話、桑田くん側のストーリーだとちょっと違うらしいんですよ。どこが違うと思います? 俺はわかんないんだ(笑)
――そうだったんですね(笑)。すごくヒットした曲という認識だったので、ヒットの反応があるまでに時間がかかったのは意外でした
中村 シングルとしては「恋人も~」がメインだったけど、レコーディングは音頭のほうが時間がかかったな。音頭のほうを夜中の12時すぎから3時半まで、そのあとで「恋人も~」を録ったはず。東京タワーの近くのスタジオで、みんなが通勤や通学しているなか、2人して徹夜明けで帰ったのを覚えています。
――40年以上も前のエピソードになってしまいますが、今なお鮮やかに覚えていらっしゃるんですね。坂本さんは、「ブッダのように私は死んだ」をリリースして2年近くになりますが、改めて楽曲の印象はいかがでしょうか?
坂本 歌謡サスペンス劇場のような世界で、主人公はもうこの世にはいないという設定なんですね。魂が目覚めたときは、土の中。そんな歌、今までに見たことも聴いたこともありませんでしたが、その主人公を演じてくださいということで、私なりに解釈して歌わせていただいています。それで、歌うたびに新たな発見があるんですよ。レコーディングをしたとき、CDを出したとき、それから1年以上を経て、どんどんと深い部分が見えてくる。桑田さんの歌って一色じゃないんですよね。歌うたびに新鮮な気持ちで歌えるんです。私が歌うから演歌っぽく聴こえるかもしれませんけど、ポップスの要素もあり、歌謡曲の要素もあり、演歌チックな要素もあり、そのいろんな要素が1曲の中に入っていて、いろんな世代の方が聴いてもしっくりくると思うんですよね。
中村 桑田くんは“ひとり紅白”なんてこともやっているけど、それを歌えることもすごいことなんだよね。歌謡曲から演歌、ポップス、洋楽まで、ものすごい曲を聴いているんですよ。俺の場合はもう40年歌っているわけじゃないですか。年代が変わると、また若い時とは歌の解釈が変わっちゃうくらい、あの歌はすごいんだよね。言葉通りの解釈もできるけど、ちょっとエッチな裏バージョンの解釈もできたりして、そういう遊びがたくさんある。裏バージョンを知ってしまうと、もうそれにしか聞こえないんだよね(笑)
――そういわれてしまうと、また聴き返したくなりますね(笑)。今回のステージではデュエットもされるということで、お互いの歌の印象もお聞かせください
坂本 中村さんのお声ってとっても温かくて、本当に包み込まれるようなイメージ。私の声を包み込んでくれる、温かくて柔らかいというイメージです。
中村 最初にお会いして歌いだしを聞いたとき、あぁ、テレビなどでパフォーマンスしている坂本冬美だ…!っていきなり実感しました(笑)。ご一緒できるのがすごく嬉しくて、楽しいですよ。ちょっと男女のロマンチックな部分がある歌なので、その”良いな”って思った気持ちから寄り添えて行けたらと思います。
――最後に、公演を楽しみにしているファンの方々にお言葉を頂ければと思います
坂本 お芝居のほうでは、心が温まるような、ほっこりするような気持ちになっていただいて。女性ならご主人のことを大事にしなきゃ、男性ならば奥さまを大事にしなきゃなって思っていただけるようなお芝居を観ていただけたらと思います。そして、歌の世界では、中村さんの世界観、そして私の世界観をたっぷりと感じて、お帰りいただくときに笑顔になっているような、そんなステージにしたいと思っております。
中村 やっぱりお客さんに来ていただけるのが一番の願い。そして、来てくださったお客さんが帰るときに「来て良かったね」ってお話しながら劇場を出ていくような、そういう姿がいっぱいあったらいいな。来て良かった、と言わせたいですね。
取材・文:宮崎新之