15年を経て、再び舞台で「であう」ことができた──『ブレイキング・ザ・コード』水田航生×岡本玲インタビュー

2023年4月1日(土)~23日(日)に東京・シアタートラムで上演する舞台『ブレイキング・ザ・コード』。第二次世界大戦でナチスの暗号「エニグマ」を解読した、イギリスの数学者アラン・チューリング(亀田佳明)の生涯を描く。様々な人との出会いから浮かび上がる、彼の人生とは……。出演する水田航生と岡本玲に話を聞いた。

亀田佳明さん演じるアラン・チューリングの魅力

──まず戯曲を読んでみて、いかがでしたか?

水田 一回目に読んだ時には、数学のことなど言葉を追うのに必死で、理解しようといっぱいいっぱいでした。でも、チューリングの心が純粋に描かれているなという印象もあったんです。難しい数式の中に、人間らしさや、人と人との関わり合いを感じとれました。実際に稽古を進めていく中でも、亀田さんが、チューリングがどう生きてきたかをとても丁寧に追っていることが感じられて、彼の人生を一緒に旅している感覚になるんじゃないかな?

岡本 私も読む前は「きっと難しい話なんだろう」と思っていたけど、読み進めると、人と人との関わり方や生き方が丁寧に繊細に描かれているという印象に変わりました。会話劇なんですが「この人達、本当のことを相手に伝えてるのかな?」とか「それとも実は表に出さずに隠しているのかな?」と思うところがたくさんあって。演劇ファンとしても本番が楽しみな作品です。最初にまず本読みをした時に、俳優の皆さんの声で台詞を聞いてから、この作品が愛おしいんです。

水田 やっぱり文字で読むだけよりも、演じる人の声で聞いた方がより明確にその情景や内容が入ってきますね。あと、亀田さんの声が……なんて言ったらいいのか、独特なんですよ。俺の人生であまり聞いたことのない魅力的な声なんです。少年のようにも聞こえるし、年輪を重ねた男性の魅力的な声でもあり、スッと入ってくる。あえて声色を変えるでもなく、自然な声質と喋り方で演じられるチューリングが、玲ちゃんの言葉を借りると愛おしく感じますね。同時に、彼の人生を考えるとちょっと悲しくもあり……守ってあげたくなる。

──岡本さんは亀田さんと共演経験がありますね

岡本 はい。亀田さんといえば「言葉の魔術詞」みたいなイメージです。どんな作品でも長台詞を巧みに話されていて、今回の台本を読んだ時に「うわ、もう、ぴったり!」って思いました。亀田さん自身はきっと頭の中と心の中では汗をかいているんだということが稽古場でもひしひしと伝わりますし、演出の稲葉さんとの関係性もなんか可愛いらしいんです。同じ劇団の先輩後輩で、少しお兄さん感がある気がします。

水田 稲葉さんがしゃべっている時は後ろから見守ってるみたいな感じだよね(笑)。

出自の違う俳優たち、翻訳家……みんなで作っていく感覚がある

──アラン・チューリングというひとりの人物が、いろんな登場人物の視点や関係性から見えてきます。チューリング以外の登場人物は共演場面も少ないですが、お互いのシーンをどのように共有しているんですか?

岡本 この間、ようやく自分以外のシーンを見れました。

水田 そうそう。コロナ対策もあって自分のシーンがない時は稽古場に呼ばれないから、玲ちゃんのシーンもやっと見れましたね。それぞれの前でのチューリングの顔があって、それぞれとの関係性がはっきりと見えたので、面白くてあっという間でした。ぐっときたり、心を揺り動かされたり、「なんでそれしか言えないんだよ!」と悔しくなるところもあった。

岡本 そうそう!不器用だなって思った。

水田 玲ちゃんのシーンもちょっとうるっとしたよ。「なんかそういう時ってあるよな」って気分になったけど……そういうシーンが多い作品かも。

岡本 そう、共感できる「あるある」が散りばめられてるんですよね。時代は70~80年前ですけど、今もどんな人も持っているものがある。周りがひとりの人に影響を与えていって、その人の道が変わっていくんだということを体感しました。すごく面白かったのは、稲葉さんが「今回のキャストはみんなバラバラの出自だよね」って言ってたこと。所属する劇団も違うし、私たちは派遣社員だし(笑)。

水田 そうだね、劇団員じゃなくて、事務所からのね(笑)。

岡本 それぞれの場所から集まってきた人達だから色やスタイルが違う。だからこそそれぞれと対峙している亀田さんが本当にすごい。亀田さんの柔軟さでみんながまとまってる。

水田 亀田さん、台詞量がすごいのにもう覚えてる!しかも稽古中に翻訳の小田島(創志)さんから修正が入って台詞が変わっていくのに、嫌な顔ひとつしない。俺だったら「覚えたのに~」ってなりそう(笑)。

岡本 チューリングの頭の中も見てみたいけど、亀田さんの頭の中も見たい!

──稽古場で台詞が変化していくと、俳優としての感覚にも影響がありますよね?

水田 台詞については、最初からとても丁寧に向き合ってくださったんです。俳優から「ここは日本語としてどうだろう?」という声がでると、原文に立ち返って「あ、見てみたらこういう意味もありますね」とか「こういう日本語にも変換できますね」というやりとりができる。そうするとこちらも「だからこういう言葉が出てくるんだ」と役を深堀りできる。とても貴重な時間です。「一度、役者がやりやすいように変えて読んでみても大丈夫です」と言ってくださったりもして、その柔軟性は本当にありがたいです。一緒に作っている感じがします。

岡本 翻訳の方がいらっしゃらない時は、訳された台本を絶対的なものとして考えて、そこに自分が近づいていく感覚です。でも今回は、役と自分がお互いに近づいていく感覚かな。役や作品がより身近に感じるし、自信にもなるし、安心感がある。役に愛情が芽生えていくんです。

水田 でもけっして役者がやりやすいように変えているわけじゃなくて、原作へのリスペクトは絶対に必要ですね。元の戯曲に書かれていることを突き詰めて、「どうやったらこの作品をより届けることができるかな」と考えていく中で、伝わりやすい言葉を探しています。しかも今回は、実在した人達がモデルになっていますからね。時代考証もちゃんとしないとな、って。

岡本 チューリングについて書かれた本も読みましたが、難しくて……。

水田 玲ちゃんは数学者の役だから、エニグマの説明をするシーンとかあるもんね。俺と(保坂)知寿さんだけは専門的な台詞がないから、ちょっと得してるかも(笑)。

岡本 いろいろ調べています。YouTubeで数学を学んでいる人がアラン・チューリングやエニグマについて話していたり、チューリングが働いていたブレッチリー・パークで実際に働いていた人達の写真やインタビューだったり、いろんなものがある。でも、同じ情報をお客様も見ることができるから、背筋も伸びますね。お客様も創作側も、より作品を深められるコンテンツが世の中にいっぱいあるのでありがたいです。

この作品には、たくさんの「であい」がある

──稲葉さんの演出はいかがですか?

水田 すごく丁寧に一歩一歩を踏み出すような演出家です。けして一足飛びはしない。たとえ遠回りであろうと、ちゃんとその道を全部歩んでみてから、本当の線路に乗っていくみたいな感覚です。役についても作品についても慎重に考えて愛しているし、演劇に対する愛もとても伝わる。俺はせっかちだから一足飛びしがちなので、稲葉さんの丁寧さにはすごく感銘を受けます。あと、俳優にとても寄り添ってくれる。稽古場の雰囲気もよく察知されていて、悩んだり考え込んだりしている時にはふっと来て、雑談したり、「大丈夫?」ってケアしてくださる。あと、例え話が多いよね?

岡本 そうそう。

水田 「本当に雑談なんだけど」って言いながら、自分の学生時代のこととかまったく関係なさそうな話をするけど、それがヒントになる。あと、新鮮だなと感じたのは、まず「このシーンでこうなってるよね」「この台詞の時にこう思ったんだよね」と役の感情の機微をひとつひとつ丁寧に読んでいって次にもう一度そのシーンを稽古する時に「さっき言ったことを隠しながらやってみよう」と。あえて感情を見せないようにする演出はすごく新鮮でした。やっぱり俳優は表現したくなっちゃうので、それを隠すのはとても難しくて繊細な作業です。でも、人間には本音と建前があるし、この作品にはそう思わせるシーンが多い。だからこそ、気づかないところで実はちょっと見え隠れするような表現にチャレンジするのは、自分にとっては課題です。稲葉さんは、共に頭を抱えてくださるので、そこは本当に信頼があります。

岡本 その通りですね。役や役者の表現方法じゃなく、役者自身を知りたいと思ってくれている感じがする。人間として寄り添ってくれる演出家さんだなって。だからこそなんでもトライできる。やってみて違ったとしても「違うことがわかったね」というように、どんな小さいことでも発見や気づきといったプラスな方向に持っていってくださるんです。

水田 ダメって絶対言わないよね。

岡本 言わない。役者からするとありがたいですね。「私についてきて」という演出家さんもいるけど、一緒に腕を組んで走ってくださってる方です。

水田 稲葉さん自身もさらけ出してくれている気がする。「私もわからないんですよ」と言ってくださるけど、それってすごく勇気のあることだと思うんですよ。肩肘張らずに、作品を良くするためにわからないことを共有する。そうしたらわかる人が埋めていくことができる。座組全体で持ちつ持たれつな関係性を稲葉さんが率先して作ってくださっている。

岡本 他の先輩方も、わからないことはわからないって口に出してくださるよね。「じゃあみんなで考えてみましょう」とそれぞれの体験談やアイデアを出し合うことが最初の稽古からできたことで、チームワークがうまれました。

水田 もしかすると、参加している人たちの人間性もちょっと似てるのかも。

岡本 そうなんです!波長が似てるのかな。稽古場がすごく平和なんですよ!

水田 笑いも絶えないしね。ちゃきちゃき仕切る人はいなくて、みんな「確かにそうだなぁ。なんでだろうね。ちょっとみんなで考えてみよう」って一緒に立ち止まれる。

岡本 スタッフさんもそうだよね!

水田 人狼ゲームをしたり、みんなで子どもみたいにキャッキャしています。みんな子どもみたいに。知寿さんはツボに入ったらずっと笑ってたなぁ(笑)。

岡本 素敵な方ばっかりですね。個人的には、ひさびさに航生さんに会うのが嬉しくて……。

水田 15年ぶりくらいだよね。大エモい!

岡本 当時は中3か高1でした。

水田 雑誌の撮影だったよね。このあいだ実家に帰った時に探したらその時の雑誌が出てきて、二人で浴衣着てデートしてた。

岡本 そうそう(笑)。

水田 俺が「ハリーポッター見に行かない?」っていうコマがあって(笑)。

岡本 懐かしい(笑)。今回ご一緒できることがわかって「続けてきてよかった~」と思いました。

水田 わかる!同世代で、10代ぶりに、30歳を越えてから共に同じ作品に挑めるって素敵なことだよね。勝手に同志だと思ってる(笑)。

岡本 しかもこの作品だからこそ、という気持ちもたって。アラン・チューリングは子どもの時から数学や情報科学の世界に魅了され続けてきて、周りの人や、世界を変えた。続けていくことの尊さ、愛おしさ、いじらしさのようなのを感じます。続けるって、エモい……!私たちだけじゃなくて、保坂さんと加藤(敬二)さんも劇団四季でご一緒していましたし、稲葉さんと亀田さんも同じ文学座だけど舞台を一緒に作るのは初めてだそうですね。

水田 稲葉さんって演出中に「であう」という言葉をよく使いますよね。シーンが始まる前に「であってください」って言う。それって、その場で役者と役者が出あうことも、役と役が出あうことも、その作品の言葉に出あうことも、感情に出あうこともそう。「であう」っていう言葉がこの作品にはぴったり。今の話も、久々に出会う人たちが一緒に作品を作るという出あいがあるなって思いました。

岡本 お客様にも出会えますし、公演を観ていただくのが楽しみです!

インタビュー・文・撮影/河野桃子