「音楽はサックス4本ですから。尖りすぎです」成河×小西遼生『ある馬の物語』

ロシアの文豪トルストイ原作の小説「ホルストメール」を舞台化した『ある馬の物語』が、6月から7月にかけて白井晃の新演出によって音楽劇として上演される。

1886年に刊行されたトルストイの小説を舞台化した本作は、人間という愚かな生き物と思考する聡明な馬とを対比させ、人間のあくなき所有欲に焦点をあてながら、「この世に生を受けて生きる意味とは?」という普遍的なテーマを問いかけてくる作品で、1975年にロシアで初演されて以来、国際的に高い評価を得ている。今回は音楽と身体表現の要素をふんだんに取り入れた、白井演出ならではの舞台になるという。

出演者の成河と小西遼生に話を聞いた。

 

生きていくうえで「所有」からは逃げられない。

――上演台本を受け取ったばかりのタイミングだとうかがっていますが、おふたりは今、どんな気持ちでお稽古を待っていますか?

成河「この作品の原作はトルストイですし、戯曲も1975年のものとはいえなにかこう、古典的な演劇という印象を持たれる方も多いと思うのですが、白井さんはかなりゴツゴツしたダイナミックな現代劇としてつくろうとしているように感じるので、今はただただワクワクしています」

小西「馬を題材にした作品で言うと、イギリスのロイヤル・ナショナル・シアターで初演された『ウォー・ホース ~戦火の馬~』という作品を思い出しました。あの作品、とてもおもしろかったじゃないですか」

成河「そうだね」

小西「あれはパペットで馬を表現していましたが、あの感動に近い気がする。内容や表現方法は全然違いますけどね。それに今回は人間が馬を表現する。おもしろい演劇にするためには相当フィジカルが大変な舞台になるんだろうなと、ワクワク半分、ドキドキもありつつの今です」

 

――実は私も『ウォー・ホース』を思い出しました。それで、「なんで馬なんだろう」とちょっと考えたりもして。

成河「なんで馬なんだろう、本当にそうですね」

小西「馬がすごく頭のいい生き物なのは間違いない。それから、なにかを観察するのにもってこいな生き物な気がするんですよ。耳が360度聞こえるように動くでしょう。目も350度見えますから、真後ろ以外はほぼ全部見える」

成河「あの目はすごく印象的ですよね。なにを考えているんだろう、って思う。動物の中でも特に「(人間を)観察しているんだ」と言われるとすごく納得するというか」

小西「とても細かいことにも気が付くことができるんじゃないかと思うくらい知恵がある生き物ですし。だから、そこと人間との対比はすごくおもしろいし、なんだか腑に落ちるんですよね」

成河「あとは、別所(哲也)さんもおっしゃっていましたけど、馬は古来から人間と関わってきた生き物で、だからこの所有を巡る話での人間と馬との関係っていうのはすごく太いものとしてあるのかなと思います」

 

――馬は人間に飼われていますよね。

小西「そこはペットの犬や猫も近いような扱いがあるんですけど、例えば子供を産ませないために去勢させたり避妊させたりするじゃないですか。競争馬も人を乗せるためには去勢をするし」

成河「(成河が演じる)ホルストメールも去勢馬だしね」

小西「そういう、人にとって都合が悪くなったときに打たれる一手は人にしか選択肢がないという……。それは残酷に見えるものでもあるし、人間からすれば平和に共存していくためのものだとも言えるし、それが今回の「所有」というテーマでもすごく大事になってくるかなと思います」

――その「所有」というテーマについて、今回の「現代劇として」という部分との結びつきが興味深いなと思いました。古くから変わらないテーマでもありますが。

成河「変わらないどころか、より無意識化して問題を引き起こしている、僕たちの大きな業のひとつだと思います。だから、演劇という形でそのことについてみんなでシェアするというのは素敵な機会です。人は「所有」に対して無意識になっていると思うんです。所有していないつもりで所有している。だからせめてそれに「自覚的であろうよ」と呼びかけるために、(この物語は)生まれたのではないかなと思います」

 

――所有に自覚的であること。

小西「生きていくうえで逃げられないものだもんね」

成河「そう、だからせめてそれを見つめたい。世田谷パブリックシアターのような公共劇場でこそ、こういう作品をやらなきゃいけないんじゃないかとも思うんですよ。そのくらい大仰に構えていいくらいの題材と作品だと思うし」

小西「……こんなテーマを最初から話して、この先どうします!?」

 

――(笑)

成河「我々は「そんな大仰でめんどくさいことを抜きにして楽しもうよ」っていうのがエンタメと思ってしまうこともあるけれど、社会の問題や課題をより多くの人とシェアするためのものでもあると思う」

 

――社会を知ることで受け取れるものもたくさん描かれていますしね。

成河「未来のためのショーでありたいなって思うんです。「昨日辛かったことを忘れるためのショー」ではなくて、「明日豊かに生きていくためのショー」でありたい。どちらも素晴らしいと思いますが、どちらかというと「昨日を忘れるためのショー」が多い気がして。似て非なるものだと思うんですよ。だからこの作品で「所有」のことをちゃんと話し合ったほうがいいのかなって思います」

白井さんは攻め攻めのものをつくろうとしている。

――白井さんはどんなふうに『ある馬の物語』をつくろうとしているのでしょうか?

成河「お話しを聞く限り、めちゃめちゃダイナミックでフィジカルで煌びやかで、生きる喜びに溢れたショーを目指しているように思います」

小西「その中にポツポツと真理みたいなものが混ざっている、みたいなね」

成河「これは僕の印象ですけど、原作小説や戯曲からは枯れた秋の風情のようなものが感じ取れるんです。でもこの公演では、そういうものが根底にありながらも躍動的な舞台を目指していると思います。音楽もサックス4本ですからね。尖りすぎですよ」

小西「ははは!」

成河「攻め攻めのものをつくろうとしていると思いますよ、白井さんは。たのしみです」

小西「小難しいことを考えなくても、とてもエネルギーを使うし与える舞台にはなるはずです。というのもこのホルストメールという一頭の馬の時間が――僕らはそういう視点を持っているから「所有されているよ、今」とか思うんだけど、馬としての時間を見れば、僕らの人生と共通するような喜びの瞬間があったりもするし、感情移入もしやすいんです。だから観ている人にとっては、「わかりやすく伝わるけど、あとで大事なテーマがドカンと来る」というような舞台になる気がします」

成河「それと僕が楽しみにしているのは群舞です。このロシアの骨太な戯曲は、人間の生身だけで表現できる限界値というものをどこまでも追及しているんですよね。それを山田うんさん振付のもとで表現すること。そのモチーフが馬であること。これはめちゃくちゃ楽しみです」

 

――音楽と身体表現から見える世界がたくさんありそうですね。

成河「アナログな力って言うと土臭いかもしれないですが、要は想像力なんでね。想像力のほうがよほどわかりやすく伝えられることもあるし」

小西「特にこの作品は具象が多いからね」

成河「うん。それは体験してみてほしいなと思います。舞台に不慣れな方にもぜひ」

 

――音楽にはどんな印象がありますか?

成河「めちゃめちゃかっこいいよね。ロマ音楽的なロシア音楽」

小西「かっこいい。それに、純然たるロマかというとそれだけではなくて、現代的な部分もあるし」

成河「今回はもとの脚本・音楽であるマルク・ロゾフスキーさんたちがつくった音楽をアレンジして、サックス4本で編成し直すんですけど、もとのものは「これぞロシア音楽だ」と音楽監督の国広(和毅)さんもおっしゃっていました。マイナーキーだけど力強い、みたいな」

小西「あの耳に残るクセのあるリフレインとかロシアっぽいよね。でも今回のサックス4本でのアレンジはまだ誰も聞いてないですから」

成河「多分ですけれど、「楽器があって、歌い手がいて、曲がありますよ」って雰囲気ではなく、演技があって、その荒々しいアクティングの中にサックスも、発声も、歌唱も全部一気に投げ込まれているような状態になるんじゃないかな。溶けあうまではないにしても、ゴツゴツと全部がそこにある状態を目指しているのかなと、白井さんのお話を聞いていて思いました」

 

同世代だからこそのものがある

――ご自身の役のことはどう思われていますか? 小西さんは美しい牡馬と伯爵の役を演じられます。

小西「どちらもホルストメールに対して、すごく悪い意味でのきっかけを与える役。牡馬は最初の衝動を与える存在でもあるし、伯爵はしあわせの絶頂期をどん底に落とすきっかけにもなる。所有の最たる悪例というような役だなと思います」

成河「でもそれは同時に官能的で、すごく美しい瞬間でもあると思う。所有という概念が持っているロマンティックな瞬間。抗えない美しさ。この作品は、その美醜を並列に並べて書いているのが素敵だなと思います。そこでジャッジをしないからこそ、僕はすごく「人間賛歌」に見えてくるところがあって。こにたん(小西)がやるのはその官能的なところですよね。「人間はやっぱりそうだよね」っていう」

小西「群像で見るとそうだよね。ホルストメールの物語として読むとひどい部分がみえる役なんだけど、それぞれの生き方で見ると、自分が思うがままに謳歌するという意味ではすごく輝かしいものがあると思う。生きる喜びがあって」

――成河さんはホルストメールという役をどう思っていますか?

成河「演劇での役割としてはある種の語り部だとは思うので、どういうものかで言えば、特別な役ではなく、馬なんだけれど、お客さんが一番わかるような存在。「私が観察したものについてお話します」と、お客さんと同じ目線で話すような。もちろんホルストメールは聡明であったり、俊足であったり、秀でた所がたくさんあるんだけど、だからといって「天才肌であいつが言っていることはちょっとわからない」というようなタイプのものではなく、お客さんに面と向かって話を聞いてもらえるような存在でありたいなと思っています」

 

――おふたりは2015年『十二夜』で共演して以来ですが、今回一緒に演じることにはどう思われていますか?

小西「『十二夜』では僕らの絡みはほぼなかったんです。今回、僕が演じる牡馬はホルストメールにとって初めてできた友達とも言える存在。展開が早くて、そういう場面はあまり描かれていないけれども、基本的にはいい時間を過ごす同級生みたいな感じなんですよ」

成河「(小西演じる牡馬は)悪い奴ではないしね」

小西「その時代を、同世代の(音月)桂ちゃんと3人でできるのはすごく楽しみ」

成河「青春をもう一度だね」

 

――音月さんは同じく『十二夜』に一緒に出演されていた、同世代の3人ですね。

小西「こういう取材とかで話していると、世代が同じだからこそ言ってることがよくわかったり、共感できたり、尊敬できたりする部分があるなと感じます。それを前提として今回一緒にできることが楽しみだなって」

成河「それめっちゃ面白いね。この作品で僕らと桂ちゃんが演じるようなシーンって、リアルな青春ど真ん中の年齢の人でやってもそんなに面白くならなくて」

小西「うん、うん!」

成河「今の自分たちの実年齢のぐちゃぐちゃしたものを活かせる瞬間なのかなと思う。思いを馳せながらも諦めきれずにいるなにかとか、でももう遠く過ぎさったことだし、みたいなことも含まれるシーンだったりするので。そこは僕たちがやる価値が出てくるのかなと、いま聞いていて思いました」

 

――別所哲也さんと一緒にやられることはどうですか?

成河「僕は、ちゃんとお会いするのは今回が初めてなんですけど、別所さんは迫力があって「北斗の拳」のケンシロウを思い起こしました。なんかね、日本のショービズの中で闘ってきた傷跡がすごく見えて、オーラみたいなものをひしひしと感じた。小難しそうなことを喋ってりゃいいわけじゃないなと反省しましたもん」

小西「懐が深い感じがするよね」

成河「うん。「現場の人」という空気をお持ちで、すごく楽しみになりました。ぶつかっていこうって」

 

――小西さんは別所さんと共演経験がありますが、どんな方ですか?

小西「別所さんのイメージは『レ・ミゼラブル』(2007、2009年)で初めて共演させてもらったときから変わっていないんです。日本人ながら、欧米人を演じてこんなに違和感のない人はほかにいないなって。めちゃくちゃかっこいいんですよ。外国の憧れの役者さんを見ているような気持ちになるというか。そのくらい話す言葉だったり佇まいだったりが、憧れの大人像なんですよね。すごくしゃれていて、英語もペラペラで。いてくださるとホッとする方です。公爵とか伯爵とかそういう役どころで誰が思い浮かぶ?と尋ねられたら真っ先に別所さんと答えます」

 

――じゃあ今回は公爵役でピッタリなんですね。

小西「そう、ただ今回は公爵でもすごく豊かなところからどん底までいくから。その変化も楽しみにしています」

成河「ほんとだね」

 

――ありがとうございました。取材はこの辺で終わりにしようと思います。

成河「あ! ぜひ書いてほしいことがあって、「U24(18~24歳)」と「高校生以下」はA席2,750円(※こちらのチケットは世田谷パブリックシアターで販売)で観られるんですよ。これは公共劇場ならではの料金だと思うので」

 

――この作品を若い人や子供が観てどう感じるんでしょうね。

小西「僕は個人的に、どの舞台でも若い人とか子供が観るときは「マジで人生変えるかもしれないよ」と思っています。一回の観劇体験でその子の人生が決まったりすることもありますから」

成河「あるね!」

小西「観てほしい作品ですね。」

成河「ふらっと来られる金額だと思うので、ぜひ頭の片隅に置いていただければ!」

 

取材・文:中川實穗