PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『桜の園』 原田美枝子 インタビュー

英国の気鋭の演出家ショーン・ホームズが、日本の俳優、クリエイティブ・チームと組むコラボレーションシリーズ、その第3弾はロシアの劇作家アントン・チェーホフの生涯最後の戯曲でもある名作『桜の園』を上演する。上演台本を手がけるのはショーンとタッグを組んでこれまで数々の名作を生み出してきたサイモン・スティーヴンス。彼が2014年に発表したアダプテーション(脚色)版を今回の日本上演に向け推敲し、広田敦郎が翻訳する。ステージングは小野寺修二、音楽はかみむら周平が担当。キャストは、桜の園の女主人ラネーフスカヤを原田美枝子が演じるほか、八嶋智人、成河、安藤玉恵、川島海荷、前原滉、川上友里、竪山隼太、天野はな、市川しんぺー、松尾貴史、村井國夫という、珠玉の実力派が顔を揃えることも話題だ。
これが4年ぶりの舞台出演となる原田に、チェーホフ作品に感じる魅力、今作への想いを語ってもらった。

 

―今、この『桜の園』を上演するにあたって、現代人の心にも響くものが多くあるとお思いですか。

そう思います。私、チェーホフの作品が好きで、以前にも蜷川幸雄さん演出版の『かもめ』と『三人姉妹』に出させていただいているんですが、それまではチェーホフを観たことはあってもあまりピンと来ていなかったんです。けれど実際に自分が芝居をやってみるとどんどん奥に入っていける感覚があって本当に面白かった。当時、蜷川さんはたくさんのシェイクスピア作品に取り組んでいらしたんですが、シェイクスピアだと女性はそれほど出る幕がないというか、どちらかというと強くて怖い女性とか、男をダメにしていく悪役的な人物が多いんですよ。その点、私はそういう役をガツッとやるよりは、もう少しナイーブにいろいろな女性を演じたいと思っていて。それで、ちょうど40歳になる頃にまず『かもめ』をやらせていただいたら、読んだ時よりも口に出して発することでセリフの良さがわかってきて、すごく面白かったんです。その次にやらせてもらった『三人姉妹』も、ロシアのある家族に起こる出来事、こまごまとした変化が描かれているんですが、中でもすごく好きだったのが「今、自分たちはいろいろな思いをして大変なんだけれど、このことを100年後の人たちはどう見るんだろう」とか「100年後の人たちは自分たちにとっては希望だ」というような言葉の数々でした。ちなみに『桜の園』にもそういうセリフがあるんです。チェーホフがこの作品を執筆してから120年経った今、この登場人物たちのことを振り返った時に果たして私たちは簡単に乗り越えられているんだろうか、そういう未来になっているんだろうかと考えたり、あるいは100年前の人たちがあんなに一生懸命生きてくれたからこそ、今の私たちがいるんだという気もしてくるんです。チェーホフの戯曲には、現代の私たちも素敵だなと思えるセリフがそうやってあちこちに散りばめられているので、そこが本当に魅力だなと思っています。


――120年前に書かれた登場人物たちの想いが、今を生きる人たちを励ましてくれるかもしれない。

たとえば50年でも100年でも、その間は絶対にみんなが幸せな人生を送れる、なんてことはないじゃないですか。歴史を振り返ると日本だって、戦争が終わったとしても少し経てば大災害があったりバブル崩壊が起きたり、ここ最近にしてもコロナ禍があったりしました。それはどの国にとっても同じで、絶対に幸せな完璧な時間なんて存在しない。大きな変化が起きること、価値が逆転することはどの国でもあり得るんです。だけどその中で懸命に生きていこうとしていた人たち、その姿をチェーホフは描いていると思うんですね。だから、場所も特にロシアに限定することなく、時間も空間も人種も限定せずに、人間が困難に直面した時にはどうやって生きていくか、といったことが描かれているんだと思います。それに今日、もう一度台本を読み直していたら「演劇なんか観ている場合じゃないよ」というようなセリフがあったんです(笑)。こんなことを俳優に言わせるだなんて、すごく楽しいな、当時のお客さんはこれを聞いて笑っただろうなと思えてきて。チェーホフって、そういう面白さもあるんですよね。


――今回演じられるラネーフスカヤについて、ご自分との共通点、共感できる部分はありますか。

自分との共通点はわかりませんが、憧れるところはあります。だって、お金の心配をしないで生きていられる人ですから(笑)。貴族っていいですよね、普通は生きていくために働いてお金を稼いで生活していかなければいけないのに。彼女は、お金というものはあるところから持ってくればいい、と思っている。「うちにはあったでしょ? ないの? じゃあ、向こうの大おばさまからもらいましょうよ」という、あの発想がすごいし、楽しいですよね。今の世の中では、ありえないような話です。みんなにどんどんチップを渡してしまうし、浮浪者が来てお金をくれと言われれば本当はもうたいして持ってないのに全部あげてしまう。だけど憎めないというか、そこも彼女の魅力だと思うんです。「明日から絶対そんなことしないわ」って言っても、またすぐあげてしまいますしね。たぶん人間ってそんなに簡単に変われないんですよ。そんな風に、チェーホフが書く人物たちってそれぞれのキャラクターがすごく面白いんです。それに、ひとつの場面でいろいろな人が各自勝手なことをしゃべっているようにも見えるんだけれど、その中にキラッと光る言葉が混ざっていたり、あるいはその人の感じていることがチラッと垣間見えたりするんですね。そこをぜひとも「あ、今いいこと言った!」と、拾っていってほしいなという想いもあります。一見、無駄なおしゃべりに感じる会話でも、その人の生き方が出ていたりヒントがあったりするし、逆にものすごく哲学的な素敵な言葉だと思うと、ただの無駄話だったりするところもあるんですけどね。


――今回の上演台本は、サイモン・スティーヴンスさんがアダプテーションされたバージョンになります。この台本の魅力に関してはどう思われていますか。

特に、他のバージョンと並べて比較検討はしていないので、具体的な違いはわかりませんが。だけど翻訳されたものを読むとすごく上手だと思いましたし、言葉がとてもイキイキしていました。きっと翻訳の方との相性も良かったんだろうなと思います。読んでいると、私もどんどん楽しみになってくるんです。


――演出はショーン・ホームズさんです。先日初めて顔合わせをされたと伺いましたが、その時のショーンさんの印象はいかがでしたか。

ショーンさんは、とてもパワフルに見えるんですがものすごく繊細でもあり、そして明るいんです。もちろん通訳さんを挟んでという状況ではありますが、とても普通に話ができる感覚があったので嬉しかったです。特に私のこともよく知らないでしょうし、私自身も彼が演出した作品は観ていなかったんですが、「じゃあ仕事しましょうか」となった時に普通になんでも言えそうなので、稽古が今から楽しみです。だけど、ショーンさんが日本で演出した作品(『セールスマンの死』)で、段田(安則)さんが第30回読売演劇大賞 最優秀男優賞を受賞されたと聞いて、それはすごいことだなと思ったんですね。だって段田さんは以前からお芝居の上手なベテラン俳優だというのに、一本の芝居でその人をさらにいいところに持っていけたわけですから。それは、ものすごい力であるはずで。だから今回の『桜の園』も、きっと今まで以上に面白くなるんじゃないかな、と確信しています。チラッと演出プランを聞いたんですけど、まだヒントだけなんですが「既に面白そう!」と、ワクワクしました。オーソドックスなドラマを作るというよりは、ちょっと現代アート的な切り口があるんです。それがどんな相乗効果を生み出すのか。だって日本人の私たち俳優をイギリス人である彼が演出するロシアの物語、ということになりますからね。それぞれ、どんな化学反応を起こすのか……? 大変、楽しみです。


――ちなみに『桜の園』は“四幕の喜劇”と銘打たれています。先ほどおっしゃっていた「演劇なんて観ている場合じゃない!」というセリフも、まさにという気もしますが。原田さんは、この作品の喜劇性をどういうところに感じられていますか。

喜劇とか悲劇は、たぶん傍にいる人間が決めればいいのではないかと思っています。だって、私たちも一生懸命生きてはいるつもりだけれど、傍から見れば「なーに、やってるのよ」ってこと、いっぱいあるじゃないですか。自分自身は真剣に悩んでいるつもりでも、傍から見ればおかしなことにこだわっているように見えたり。「出られない、出られない」と道に迷っていても、他人にとっては迷路を上から見ているようなことってあると思うんですよね。だから、そこに関してはお芝居を観てくださる方々が決めればいいのかな、と。だって、そういえば私が演じる女主人も、相当ひどいことを言うんですよ。「そんなこと言っちゃうんだ!」って思うようなセリフが時々あるんです。だけどその直後に「冗談よ!」って、すぐに訂正したりもするんですけど。そういうところも面白いなと思います。


――登場人物たちにとっては悲劇的なことでも、それを観ている側にとっては喜劇に見えるんですね。

そうです。だけど、なんだか最終的にはみんな明るいんですよね。そこがたぶんチェーホフの、人に対する愛情なのかもしれません。


――今回の座組、キャスト陣の顔ぶれは全体的にどんな印象ですか。

初共演の方が多いんです。ついこの間は、初めて八嶋(智人)さんとドラマで共演させていただいていて。彼が悪役で、私はそこに巻き込まれていく側だったんですが、すごく面白かったです。成河さんは、私の娘たちがそれぞれ大変お世話になっているんですよ。長女・優河は『VIOLET』というミュージカルで、次女の(石橋)静河のほうは木ノ下歌舞伎の『桜姫東文章』という舞台で、それぞれ共演させていただいていて。安藤玉恵さんとは私、『透明なゆりかご』というドラマでご一緒していますしね。あと、村井(國夫)さんとはまさにチェーホフの『三人姉妹』で恋人役だったんです。あれ以来、確かお会いしていないから今回は約20年ぶりくらいになるかもしれない。村井さん演じる老召使のフィールス、あの役がすごく素敵だなと思っているんです。みんなまともに聞いていないんだけど、いちいちちゃんとしたことを言っているし。最後のセリフも「なんてかっこいい言い方をするのかしら」と思いました。存在としても、みんなから「歳とっちゃってしょうがないよね」なんて言われているんだけれど、実は一番きちっとすべてが見えている人でもあって。長い時間ずーっとあの家を、家族を見守り続け、その土地を愛し、歴史を愛していて。彼のセリフの端々、その老召使の態度や立ち姿から、過去の貴族の豊かな生活が見えてくるような気がするんです。素敵ですよね。初共演の方々含め、みなさんときっと仲良くやれそうな気がしていますので、稽古初日が今からとても楽しみです。現代を生きるお客様が観てもわかりやすいように演じたいですね。がんばりますので、ぜひ観に来てください!

 

取材・文/田中里津子
撮影/阿部章仁
スタイリスト/坂本久仁子
ヘアメイク/CHIHIRO(TRON)