新国立劇場 シリーズ【未来につなぐもの】III『楽園』対談 豊原江理佳×土居志央梨

東京・新国立劇場 小劇場で 6 月 8 日(木)から 25 日(日)まで上演される『楽園』は、日本の劇作家の新作を届ける【未来につなぐもの】シリーズの第3弾。□字ック主宰、演出家、映画監督の山田佳奈が戯曲を書き下ろし、劇団俳優座所属で劇団外の作品でも活躍する眞鍋卓嗣が演出を手がける。この作品で初顔合わせとなるのが、豊原江理佳と土居志央梨だ。ともに舞台を中心に注目を集める二人に稽古の手応え、役への思いを聞いた。

 

「若い子」の不器用さは、自分に似ている−−豊原

「東京の人」は背中を押したくなるキャラクター−−土居

 

−−日本のどこかの島で、年に一度の神事が行われる拝所(うがみじょ)を舞台に、女7人が繰り広げる物語。豊原さんは島の民宿の息子に嫁いだ「若い子」を、土居さんは神事の取材に来た「東京の人」を演じられます。

豊原「「若い子」はギャルで派手な格好をしていたり、キャラクターのパンチが強いので、最初はそっちの方にばかり目がいっていて、そういう役作りをしていました。ところが稽古が進んでいくうちに、もっと違う側面があるのでは?と思い始めて、それを掘りながら少しずつ集めているところです。「若い子」はすごく正論を言うんです。自分の中にこれだという正義があって、そうじゃないものに遭遇すると憤りを感じてしまい、サラッと流せない。自分の考えはしっかりあるけれど、大人のように割り切れないという意味で「若い子」なのだろうし、不器用さがあるなという解釈になってきて。そこは私とすごく似ています」

土居「「東京の人」はテレビの情報番組のアシスタントで、結構ブラックな職場で大変そうなんです。毎日怒られて仕事しているのだと思いますが、もともとは志があってその仕事に就いたはず。でも何回も心が折れて成功体験があまりない人なのかなと。だから自信が持ちにくく、持つ理由もない状況にあったのが、初めて企画を出してディレクターとして取材しにきたのがこの島で、気合を入れて来たところが、村の人々に翻弄されて大変な目に遭うという。こういう人はたくさんいるだろうと思うんです。一生懸命仕事をしてはいるけれど、明確に何か成し遂げたいものあるというより、上司に言われてやっていたり。でも頑張りたい気持ちはちゃんとある。そこは共感してもらえるのかなと思いますし、演じていてカツを入れたくなるような、背中を押したくなるキャラクターです」

 

−−興味深いのが役名で、「若い子」「東京の人」だけでなく、「おばさん」とその「娘」、旧来の「村長の娘」と革新派の「区長の嫁」、神職を担う「司さま」というふうに、登場人物全員が名前ではなく“立場”で表現されていますよね。

土居「確かに、言われてみればそうですね。だからなのか、役に対して入り口がぼやっと抽象的なところから、だんだんモヤを分けていく作業をしていたような」

豊原「「若い子」「東京の人」といった呼び方の中に、ある種の偏見、先入観みたいなものを、無意識のうちに自分は抱いていたかも、と今意識しました」

 

−−山田佳奈さんが取材で訪れた離島に着想を得て書かれた台本はどんな感触でしょうか。

土居「最初に読んだ時は正直、わからなくて、結局どういうことなんだろうという印象を持ったのですが、それをあえて描いていないのだと思うし、明確な答えがある話ではないので。身体を通してそこをちゃんと私たちが表現していかないといけないなと感じています」

豊原「山田さんが投げかけたい課題とか、おっしゃりたいことが台本にたくさん詰まっているなと思いつつ、人物を通してそれを表現するのが難しいです。初演なのでみんながわからないところが多く、本当に一つひとつ検証している感じなのですが、稽古は本当に面白いです。皆さんユニークで魅力的で気さくで」

土居「個性がバラバラなのが面白くて、あまりにバラバラすぎて気楽というのか」

豊原「同調圧力みたいなのが全然ないよね。女性同士だとありそうなものだけど。土居 好き勝手にそれぞれ言いたいことを言っている感じで楽しいですし、稽古をしながら役者の力ってすごいなとあらためて思いました。台本を読んでいる時にイメージしなかったことがどんどん出てくるので、人間ってすごい、肉体の力って大きいなあと」

 

――7人のキャストの皆さん、バックグラウンドも年齢世代も幅広いですね。

豊原「皆さんのことを私、本当に大尊敬しています。普段ミュージカルの現場が多く、音楽があるので、先に動きをつけることが多いのですが、ストレートプレイはフィールドが違うので。どちらがいい悪いではなく、皆さんわかるまで読むし、こうなんじゃないかって絶対に諦めずに頭に汗をかいてやってらっしゃる。それがとても素敵だなと思います」

土居「(西尾)まりさんが自分の役ではない役のサイドストーリーを提案してくださったり、キャパシシティがどうなっているんだろうって」

豊原「思うよね。そうやっていろいろ意見を言い合える稽古場がありがたいです」

土居「演出の眞鍋さんが全て受け入れくださるので。逆にちょっと心配になるくらいだったのですが(笑)、最近は、見守り役に徹することで、役者たちの自主性を引き出そうとしていらっしゃるのかなと」

豊原「自分の足で立てるように。土居 そう、見守ってくださることで面白いものになっているし、眞鍋さんも探っているのだと思います。だからあまりこうしてくださいとか、決めつけないというか。豊原 役者と一緒に見つけていこう、とね」

 

−−お二人は今回が初共演でもありますね。

豊原「私は『アンナ・カレーニナ』(2023)の志央梨ちゃんがとても印象的で、すごい女優さんだと思っていました。だから今回共演させていただけると知った時は本当に嬉しかったです。結構クールな印象だったのが、お互いに関西出身だと分かり、稽古場では席が隣なので、いろいろお芝居の話をしています」

土居「江理佳ちゃんはお芝居に対して本当にまっすぐで考え続けるのがすごい。先輩方が「絶対に諦めない」と言うけれど、江理佳ちゃんこそがまさにそうで、考え抜いてやってみてダメだったら全部壊して、またやるみたいな。そのパワーが素晴らしいなと思います。今回二人きりのやりとりは2箇所しかないのですが、どちらも「東京の人」にとってはすごく衝撃を受けるシーンですね」

豊原「価値観が全く違う 2 人なので」

土居「もしかしたらお互いにちょっと羨ましい気持ちがあったりするのかな?」

豊原「そうかも知れない。私は「東京の人」と「司さま」のやりとりが好きなんです。神様のために生きてきた人の「選び抜く能力は必要だ」といった言葉は、現代の人にすごく刺さるのではないでしょうか」

土居「「司さま」とのシーンは私も演じていて心が動きます。その後の「東京の人」の行動から、ここから自分のやりたいことを見つけていくのだろうなと、希望を感じられるのがいいなと思います」

 

−−台本を読んだだけでも、神事の 1 日を描きながら、女同士のやり取りにはふと笑ってしまうような滑稽さもある気がします。

豊原「でもみんな必死に生きている人たちなので、心がキュッとなります。大人になると、本当はこうなりたかったはずなのに、全然違うことになったり結婚して離婚して、親子の間の問題もあるし、傷つくことが多いですよね?それでも生きている。喧嘩したり傷ついたりしながら、また人を好きになろうとしたり、野心を持って何かを達成しようとしたりする姿が美しいし、愛おしいし、ほろ苦くて……最近、このお芝居のことを語り出すと私、止まらなくなるよね」

土居「うんうん」

豊原「ついヒートアップしてしまうのは、キャストの皆さんが人間らしくて愛情を持っていている方達だから。その方達が演じているのを見ていると共感するし、切なくなるんです」

 

−−島の神事と共に、村民の高齢化や保守派と改革派の対立など、現代日本が抱える問題が浮かび上がってくる『楽園』。このタイトルからお二人が感じていることとは?

豊原「楽園に見えて、中を除いたら人間関係がぐちゃぐちゃしていた、といった単純な話ではなくて。私たちが失ったもの、今生きている場所にはないものがこの島にはあると思うんです。「司さま」の台詞や神舞を見ていてもそれを感じますし、逆に島にないものが都会にはあったり。その両方を感じていただけたらいいなと思います」

土居「東京のような都会にいると情報にまみれてしまう、聞きたくないことも入ってきてしまいますよね。逆に島はあるのは自然に海、太陽、みたいな。そこで神様とともに生きている人たちの美しさがあり、反面、孤独でもあるのかなとか、この芝居を演じていると感じているので。観終えた後に『楽園』というタイトルから、いろいろな思いを巡らせられるような作品に創っていきたいです」

 

取材・文/宇田夏苗

撮影/阿部章仁