鶴田真由らが見せる、身近で遠い“家族”のリアリティ Nana Produce Vol・20「チノハテ」稽古場レポート

2023.07.04

撮影:吉田 沙奈

劇団ONEOR8の田村孝裕が作・演出を務める舞台「チノハテ」。日本から離れた異国の地で暮らす家族を描いた物語だ。
主演を務めるのは、数多くの映画やドラマに出演し、本作が久しぶりの舞台となる鶴田真由。さらに松島庄汰、池岡亮介、竹内夢、浜谷康幸、寺十吾、依田啓嗣という実力派が顔を揃えている。
7月6日(木)の開幕まで約1週間、初の通し稽古を行うタイミングで稽古場取材を行った。

通し稽古に入る前に行われていた稽古では、各キャラクターの感情の流れとそれに伴う行動を丁寧に確認していたのが印象的だった。

作・演出の田村は単純に「芝居をこう変えて」という指示ではなく、「ここはこういう気持ちだから、そう考えると動きはこの方が自然だと思う」と説明しながら演出を行い、キャスト陣も「こういうのはどうですか」と提案しながら試行錯誤を繰り返す。殴る、倒れるといった動作一つとっても、リアリティを持たせるために感情と行動の両面から考え、こだわって作っていることが伺えた。
こだわりは演技だけでなく舞台セットや小道具にも詰まっている。家の中にある不揃いな家具、最低限にも満たない家電や食器から彼らの苦しい暮らしぶりが分かるのはもちろん、「照明が切れかかっているからここは暗めに」、「よく寄りかかっているから、壁の一部を汚そう」など、細やかな部分まで話し合っていた。セットの細部まで注目してみるのも面白いのではないだろうか。

<あらすじ>
ある異国の町で暮らす日系の5人家族。母・マリア(鶴田真由)、父・ホセ(寺十吾)、長男のテオ(松島庄汰)、次男のルイ(池岡亮介)、長女のサラ(竹内夢)は、貧しいながらもなんとか生活していた。そんなある日、地元の自警団のメンバー・アントニオ(浜谷康幸)が町の危険を知らせにやってくる。また、家族のもとを訪れた日本人の麻生(依田啓嗣)がある仕事を持ちかけ――。

物語は、食べるものが豆しかないことにうんざりしている弟・ルイと、それを諌める兄・テオのシーンからスタートする。 現在の暮らしをなんとか楽しもうと工夫する兄と、そんな兄に反抗的な態度を取る弟の言い合い、本格的な喧嘩になりそうでならない小競り合い。本人たちは大真面目なのだが、それが却っておかしさを生み出している。
池岡は、現状に対する不満を隠すことなく顔に出し、家族への態度もどこか冷めている。それでいて虫を怖がったり兎を捌くことができなかったり、今時の若者といった印象だ。不機嫌な表情を浮かべていることが多いぶん、笑った時のあどけなさにハッとさせられる。

対する松島は表情豊かでリアクションが大きいこともあって愛嬌たっぷり。実際にいたら少し鬱陶しいが、コミュニケーションを大切にする良いお兄ちゃんだなと感じさせる。絶妙な空気の読めなさ、良くも悪くも素直な性格によって、シリアスな物語に笑いどころを作っていた。

父・ホセ役の寺十は、家族を思ってした行動がどれもから回る情けなさがなんともユーモラス。やることなすことズレており、家族から呆れられてばかりの父の哀愁と必死さに、演出の田村やスタッフ、袖で待機するキャスト陣が吹き出しているのが印象的だった。台本ももちろん面白いのだが、寺十の表情や声、間のとり方によって、ともするとあっさり流れてしまいそうなシーンがインパクトある場面に仕上がっている。

母・マリアを演じる鶴田は、個性豊かな家族をまとめるしっかり者という雰囲気。家族の話に耳を傾けたり、窮地を脱するための方法を現実に考えたりと、頼りない父親に変わって家族を率いてきた頼もしさを感じさせる。だが、優しい母の顔を見せる一方でどこか冷徹な面も覗かせる。そのアンバランスさに惹きつけられた。誰よりもこの生活に順応しているように見えて、実はとても“普通”の日本人らしい感覚を持っているのではないかと思わせる人間臭さが魅力的だ。

サラ役の竹内は、朗らかで可愛らしい妹として、家の中に明るさをもたらしている。彼女が持つピュアで人懐っこい雰囲気が家族の心の支えになっているのではないかと思わせる。母と娘のシーンからは女同士の共感や労りが見え、兄と弟、兄弟と父とはまた違う関係性にぐっと心を掴まれた。

現地の自警団・アントニオを演じる浜谷は、登場するたびに物語を大きく動かしていく。シチュエーション自体はシリアスな場面が多く、迫力あるシーンも多い。だが、やりとりが妙に面白く、アントニオや家族が逼迫していればいるほど滑稽に見えてくる。

そして家族の命運を握る日本人の青年・麻生(依田)は見るからに軽薄で怪しい人物だ。 にこやかに話しているかと途中で冷めた表情を浮かべるなど、所々でぞくっとさせられる。
印象は大きく違う二人だが、腹の中が読めないのは同じ。家族と一緒に二人の言葉に振り回され、何を信じたらいいかわからなくなっていく不安に飲み込まれる。

さらに、異国の地で細々と暮らす日本人家族の話と思われた物語は、進むにつれて徐々に真実が見えてくる。それぞれが抱える事情を知ると、マリアの芯の強さ、ホセが家族を大切にする理由、テオの飄々とした雰囲気やルイの反抗的な態度、サラのピュアな印象から、それまでと違うものが読み取れるようになるから面白い。

冒頭から微かに漂っていた違和感や噛み合わなさの謎が解けると、“家族”というものや“日本という国”について様々な思いが浮かんでくる。ラストまで見届けたあとでもう一度冒頭から観たいと思わされた。

昨今の様々な問題や現実のニュースがリンクするようなシリアスなストーリーだが、稽古場はいい意味でリラックスした雰囲気。初通しと言うこともあり、キャストがまだ試行錯誤している様子もあるのだが、ぴたりとハマるとスタッフが頷いたり笑い声が起きたり、双方向のやり取りをしていることが伝わってくる。

ここから通しを重ね、衣装や完成したセットが加わった時、どれだけのリアリティと面白さ、深さが生まれるのか。そして、どんな景色が見えるのか、彼らが描き出す地の果てに対するワクワクが高まる稽古だった。

本作は7月6日(木)より7月16日(日)まで、東京・赤坂RED/THEATERにて上演される。

撮影・文/吉田 沙奈