人気舞台演出家・西田大輔が描く“ONLY SILVER FISH”シリーズ最新作『ETERNAL GHOST FISH』が、10月13日から紀伊國屋ホールで上演される。“上質なミステリ”をテーマにした、ワンシチュエーション会話劇の本シリーズを手掛ける西田と本作に出演する萩谷慧悟、柴田淳に公演への思いを聞いた。
――まず、西田さんから、このシリーズがどんな思いから生まれたのか教えていただけますか?
西田 「舞台上に水槽を1つ置いて、“世界に1匹しかいない魚”をテーマに、俳優だけでその水槽の中の魚を表現していくことに美しさを感じて描いた物語です。もし、たった一度だけ、人が過去を振り返れるとしたら、何を思うんだろうということを考え、この世界観の中で描いていきたいと考えていました。第1作目を作ってから、17、8年くらい経つのですが、今回は、満を辞して新作を作りたいと思って、素晴らしい俳優の皆さんに集まっていただきました」
――今回はタイトルに「ETERNAL GHOST」とついています。台本はこれから書かれるのかなと思いますが。
西田 「いや、もう書いてますよ(笑)」
――そうなんですね、失礼しました。
萩谷 「今、何割ぐらいですか?」
西田 「ほぼほぼ」
萩谷 「ほんとですか!?」
柴田 「あの、一般的にはどのくらいで台本が上がるものなんですか?」
西田 「それは人によると思う。僕は遅くて有名なんですけど」
全員 「あははは(笑)」
西田 「でも、今回は早く上げるつもりで、今、書いているところです(笑)。それで、“Eternal”についてですが、“永久機関”という言葉はご存知ですか? 例えば、ボールのおもちゃに少し力を加えたら、永遠に回り続けるというそのエネルギー運動を指すのですが、それは今の科学では作り上げることはできないんですよ。今回は、それを物語のテーマにしているので、“Eternal”という言葉を入れています」
柴田 「動力を与えたらずっと同じ動きを続けるという運動ですよね?」
西田 「そうです。ただ、回り続けることはできるけれども、最初のひと押しは誰かがやらないとできないと言われているそうです。それが、今回の物語の隠されたテーマとしてあります」
――萩谷さんと柴田さんは、このシリーズはご存知でしたか?
柴田 「オファーをいただいて『聞いたことがあるな』と思っていたのですが、実は友達がシリーズ全作を観ていたんですよ。それで、出演することになったと伝えたら、その友達が『演出家の方が淳ちゃんの歌も詳しいみたいだよ』と教えてくれて、灯台下暗しだなと」
――舞台作品への出演は、今回が初だそうですね。
柴田 「そうなんです、生まれて初めてです。ですが、実は憧れていました。そういう道筋もなかったので、いいなと思いながらも今まで来てしまったのですが、このタイミングでお話をいただいて、友達が全作観ていたと聞いて、これは運命だと(笑)。『私でいいんですか?』とも思いますが、出演させていただくからには頑張らせていただきたいと思っています。とにかく楽しみです」
――萩谷さんはいかがですか?
萩谷 「僕は西田さんの作品にはいろいろと出演させていただいているので、もちろん知っていましたが、前回の公演は観に行けなかったんですよ。ちょうど、他の仕事があって…。僕のグループのメンバーが観に行って、めちゃくちゃ面白かったと言っていたのを聞いて、次に公演するときには絶対に観たいと思っていたら、自分が出ることになりました(笑)。とてもありがたいお話ですし、大好きな俳優さんたちと共演させていただけるのも嬉しいです。(鈴木)勝吾くんは、個人的にも仲が良くて、兄と呼んでいるような人なので、共演できるのもすごく楽しみです。何よりも今回は、西田さんと一緒にお芝居ができるというのも嬉しいです。DisGOONieシリーズでは、千穐楽に西田さんが出演される公演もあるのですが、僕が出演した作品ではそれはなかったんですよ。西田さんと一緒に板の上に立つのは今回が初めてなので、そういう意味でも楽しみです」
――萩谷さんからみた西田さんの作品の魅力は?
萩谷 「出会ってしまったら、その良さがいつまでも残って、またその世界観を観たくなるという作品ばかりだと思います。ハマったらとんでもない沼だなと毎回、出演させていただいた時に感じます。音をかけるタイミングだったり、照明が当たるタイミングだったり、脚本以外のところにもセンスを感じて尊敬しています」
――西田さんは今回、お二人にどんな期待をしていますか?
西田 「まず、新作を作るにあたって、純粋に魅力的な人とやりたいという思いがありました。柴田さんはアーティストでもあるから分かると思いますが、僕にとってものを作るということは、人生の日記のようなところがあるんです。大事にしている作品の何年ぶりかの新作を書くというときに、忖度なく魅力的だと思う、才能があると思っている俳優を集めたい。その上で、何か新しい華や魔法みたいなものが欲しいと思って、今回、舞台に出演されたことがなかった柴田さんにお願いしました。なので、彼女が1つの鍵だとも思っています。萩谷くんは今回、最年少ですが、ここ何年か、一緒にものを作ってきて、こんなにもかっこよくて、こんなにも真面目な人はいないというくらい、本当に真面目な男なんですよ。その彼が、今回は物語の中で重要なポジションを担います。というのも、このお芝居の中で、僕のオリジナルのキャラクターは彼だけなんですよ。あとは、歴史上の人物なので、ある意味、僕が書いた“新しい人間”になるんじゃないかなと思います」
萩谷 「面白いですね。僕が最初に西田さんの作品に出演させていただいた『PSY・S~PRESENT SECRET YOUNG SHERLOCK~』は、シャーロックホームズのいる世界の中にコナンドイルが入るという物語でしたよね。僕はコナンを演じたんですが、そうした歴史上の人物の中でオリジナルキャラを演じるというのは、その時を思い出して楽しみです」
――柴田さんは初めての舞台出演に対して、どんな楽しみがありますか?
柴田 「私はセルフプロデュースでシンガーソングライターとして活動しているので、全てを自分で決めています。なので、演出家の方がいて、作品の1つの駒になるということがどういうことなのか、どこまで出していっていいのかなど、何も知らないんですよ。知らないが故に失礼な対応してしまうのも嫌なので、まず1から教えてもらいますと西田さんにお伝えしました。例えば『ゲネ』という言葉も知らないほど、何も知らないレベルなので、『本当に真っ白ですが、それでもいいですか?』とお伺いして、いいですと言っていただけるのであれば、私なりに思い切りやらせていただこうと思っていました。ステージに立つということ自体は、いつも1人で立っているので、もういい加減、大丈夫なんですが、動けるのかなというのが不安で。ライブではセンターから一歩も動かないんですよ」
西田 「それは大丈夫だと思うよ。動ける、動ける」
――普段、舞台をご覧になることはあるんですか?
柴田 「実は、音楽の道に進む前は、舞台役者に憧れを抱いていました。新聞の片隅に、さまざまな劇団の公演が『1名様ご招待』というプレゼント企画がよく載っていたんですよ。お金もなかったので、そういうものに申し込んで」
萩谷 「それって当たるんですか?」
柴田 「当たりますよ。コツがあるんです(笑)」
萩谷 「そうなんだ(笑)すごい!」
柴田 「それで、色々な作品を観させていただきました。六本木の俳優座や下北沢の駅前劇場やスズナリのような小劇場から大きな劇場まで、チケットを当てて観に行ってました。舞台を観るのは好きです」
西田 「ライブは行くんですか?」
柴田 「音楽はあまり行かないです。どうしても同業者という意識があるので、『どうして人の仕事現場に行かないといけないの?』という感覚になってしまって(笑)。フェスなどでは、バックヤードでみんなで酒盛りをしていて『じゃあ、ちょっと出番だから行ってくるわ』という感じで交代でステージに上がって、また戻ってくる。そういう感じです」
――それは、萩谷さんも共感できるところですか?
萩谷 「僕は、まだまだ勉強中なので、他のアーティストのステージは観るようにしています。こういう演出もいいなと、観に行くことで勉強になることも多いので。フェスも普通に好きですし、音楽に囲まれながらお酒を飲むのも好きなので、楽しむために行ったりもしますね」
――なるほど。ところで、今日(取材日)はビジュアル撮影を行なったと聞いていますが、撮影はいかがでしたか?
萩谷 「いつものことですが、最初にいただいた企画書の短い説明文からキャラクターを想像して撮影を行ったので、今日、西田さんにどんな役柄なのか聞こうと思ってきました(笑)。暗殺者なんですよね?」
西田 「そうだね、暗殺者」
萩谷 「だけど、普段は明るい人物。一番謎が多い男と聞いているので、どんな人物になるのか楽しみです」
西田 「分かりづらい話を作るつもりは毛頭ないですが、始まって5分で結末が分かる話は自分だったら観たくない。そういう意味で、謎はなるべく多く散りばめたいと思っています。今回の作品は、特に全員の素性がお互いにほとんどわからない状態で始まる2時間の物語なので」
――柴田さんは、撮影はいかがでしたか?
柴田 「私も、自分の作品のジャケット撮影では、こうした撮影の場に何度も立っているのですが、役者として立つというのは初めてのことで、どうしたらいいんだろうと思いながらの撮影でした。いろいろなアドバイスをいただいて、自分なりに『こんなふうかな?』と思いながら撮影させていただきました。やはりシンガーソングライターとして活動しているときの作品は、私そのものなので、その集合体であるアルバムの顔も私なわけです。なので、役を演じるために自分を一旦横に置いておくというスタンスで立つというのがすごく不思議でした。それと同時に、ワクワクもして、面白そうだと思いましたし、自分でも知らない新しい自分がみられたらいいなと思いました」
西田 「今、お話を聞いていても、こういう価値観を持っている方に出演していただけるのだから、今回は面白い作品になると思います。そういう感覚はすごく大事だと僕は思います」
柴田 「作品を作っているときは、隠しているものや言葉にできない部分を翻訳するような感覚があるんです。自分の恥ずかしい部分をさらけ出せばさらけ出すほど手応えがあるんですよ。だから“心のヘアヌード写真集”のような感覚でアルバムを出しているところがあります。役者というのは、それとは全く違うアプローチで表現していくということなので、自分ではない他の人間になるなんて未知の世界ですし、今から楽しみです」
――最後に、「その魚の名前を知る事が出来れば、たった一度だけ、振り返ることができる……その人にとって……大切な過去を」という設定で“振り返り”を描く本作にちなんで、皆さんが過去を振り返ることができたら、どんな過去を振り返りたいですか?
萩谷 「振り返りたくないな(笑)」
西田 「僕は、振り返りたい過去がありすぎて、逆に1つと言われると思いつかないな」
萩谷 「僕は、あのときは良かったなと強く思うタイプなので、だからこそ過去よりも未来を見たいです。ただ、4年くらい前に初めて演劇という世界を知って、面白いと思っていた僕に、トドメを刺してくれたのが西田さんの作品だったので、それは今でも忘れられない思い出です。なので、今の質問に答えるとすると、その時かなと思います。当時は、舞台のことで頭がいっぱいでしたが、過去のものに固執したり、依存してしまうと、そこで終わってしまうように思うから、またやれることを願って頑張ろうと考えるようになって…そうして今があるんだと思います」
柴田 「私は後悔が一番嫌いなので、何事も自分の心の声に従って生きてきました。だから、極端な話、いつ死んでも構わないというほど、『あれをしておけば良かったとか、これをしておけば良かった』と考えることはないんですよ。もちろん、人の意見も大事だと思いますが、それを全て受け止めた上で、決定するのは自分です。そんな自分からすると、『あの日にかえりたい』と言っている人を見ると、ようやくここまできたのにと思ってしまいます。なので、振り返りたいというのはあまりないのですが、強いていうならば、恋愛でお相手からものすごくアプローチされているのに、そんなはずないって全てはねのけて、大失恋してしまった時ですね(笑)。若気の至りといったらいいのかな、そういう甘酸っぱい思い出かなと思います。あのときはあれが正解だったと思うので、後悔はないですが、あのときに戻ってもっと素直になれたらとは思います」
取材・文:嶋田真己