人気脚本家・演出家のなるせゆうせいが手掛ける食育をテーマにした完全オリジナル作品「明日、君を食べるよ2023」が12月に再演される。2014年の初演時には杉並演劇祭で優秀賞を受賞しており、今回で4度目の再演となる。命に向き合う主人公の男の子を演じるのは女優の本西彩希帆。彼女はこの大きなテーマにどのように挑むのか。話を聞いた。
――まずはご出演が決まってどのようなお気持ちになりましたか。
今まで当たり前に食べてきていて、生きているものをいただいているんだということは学校とかで小さい頃に教わってはいましたが…、今回の作品に出演することで「いただきます」の本当の意味や、食べるということについて深く考える機会になっています。私、甥っ子がいるんですけど、私が演じるこのお話の主人公・サナギにも年齢が近いんですよ。だからちょっと親目線じゃないですけどサナギに対しては見守るような気持ちもあるんです。そして食育のことや、このお話の持つテーマをしっかりと伝えられる人でありたいと思いました。
今年は初めの方にも舞台の主演をさせていただきましたし、今年の終わりもまた主演で締めくくらせていただけることもすごくありがたいと思っています。お話をいただいて本当に感謝の気持ちでいっぱいですね。
――テーマのひとつとなっている食育についてこれまで考えたり触れたりしたことはありましたか。
理科や生物の授業で食物連鎖の話などからなんとなく知っている程度でした。そこに焦点を当てている作品なども見たことはなかったので、この作品に触れるまではきちんと考えたことがなかったというのが正直なところです。「いただきます」や「ごちそうさま」は、挨拶として当たり前にしていましたけど、その本当の意味について軽く知っているだけだったんですね。その言葉が食べ物や命に直結していること、お仕事としてその命に向き合っている人がいること…、作品を通してそういうことに出会うことができて嬉しい気持ちもありますし、とても勉強になったと思います。
――主人公のサナギは母親の再婚によって父親と姉ができたばかり。その環境についてはどのように感じられましたか。
12歳の男の子にとっては結構しんどい部分がありますよね。母親とずっと2人で暮らしていたところに急にお姉ちゃんやお父さんができるよ、地方に住むよ、と言われて、東京からも離れなければいけない。そういう中で”ウシのすけ”という牛と出会って、今まで母親に向いていたベクトルが変わっていくんですね。
でも、母親から離れて別の何かに気持ちが向かっていくという変わり方は成長していく過程で当たり前のことだと思うんです。自分にとっての1番が母親だったのが友達になったり、恋人だったりに変わっていく。そういう普通に生きていて当たり前のこともこの作品の中には表されているように感じます。その場面場面で直面している12歳のサナギにとっての人生の葛藤や素直さがはっきりとではなくても描かれていると思ったので、そこを大事に表現していきたいです。
――サナギという役どころについてはどのように捉えていらっしゃいますか。
最初にも少しお話したんですけど、甥っ子の影響もあってちょっと親目線で見ちゃうんですよね。観客としてしんどいよなって共感したり、頑張れって応援したりする気持ちです。私自身がそうやって感じた部分をみなさんにも感じ取ってもらえるようにちゃんとお届けしたい。サナギはすごく繊細な子で感受性も豊か。だからこそサナギが隠そうとしている部分が見え隠れしてしまうところとかが私にとってはすごく愛らしくて。すごく愛おしい存在になっています。これから歌や稽古を積み重ねていく中でサナギとの距離をもっと近づけていきたいです。
――サナギと家族との関係についてはどう感じていますか。
私自身は三姉妹の末っ子なんですけど、次女の性格とこの作品のお姉ちゃん・ミゾレが似ている感じがするんですよね。ちょっとあっけらかんとした感じが近いので、ちっちゃい頃あんな感じだったなぁって思ってます。サナギには見えていないところでの甘やかしや気遣いがミゾレだけじゃなくて母親や父親にもあって、そういうところでもサナギは末っ子なんだな、って思います。再婚で急にできた家族ではあるんですけど、台本を読んでいるとそんなにいびつさは無いんですよ。すごくあったかい。家族の繋がりがちゃんとあって、すごく素敵ですね。
――食のことや家族のことなど、サナギはさまざまな葛藤のある役どころです。その葛藤をどのように表現していきたいですか。
自分にとっての正義とほかの人にとっての正義って、食のこと以外でもけっこう違ったりしますよね。そういう中でサナギは1つの答えを見つけられていて、そういうサナギを演じることになるわけですが…。私自身も最終的にはどこかで折り合いをつけて、何かを見つけて自分に落とし込まないといけないと感じています。過去の公演を映像で拝見させていただいたんですが、正直しんどかったです。辛かった。友達のような大切な存在になった動物に対して、決断があって、家族も辛さがあるし、それを受け入れたサナギ自身も辛い。その辛さは変に抑えたりせずに感じたことをそのまま出すことでお客さまにも感じ取ってもらえたら。目をそらさずにちゃんと辛くなろう、と思っています。生きるってそういうことなんだ、と12歳でちゃんと感じ取れるサナギは偉いと思うし、それを体験させて見守れる両親もすごいなと思うので、そこは大事に伝えていきたいですね。
――脚本・演出のなるせゆうせいさんの印象はいかがでしたか?
ビジュアル撮影の時に初めてご挨拶させていただきました。私の勝手なイメージで、すごく物静かな方だと思っていたんですけど、すごく明るい方でした(笑)。とても気さくに話しかけてくださったので稽古が楽しみになりましたね。「間違いとかないから、好きなことやりたいだけやっちゃって!」みたいな感じで言ってくださって、すごく気が楽になりました。ビジュアル撮影ではお姉ちゃん・ミゾレ役の岩立沙穂さんともお会いしました。お互いすごく人見知りで…(笑)。でも、このぎこちない距離感も出会ったばかりの姉弟っぽくていいかもね、と優しく話してくださって良かったです。
――人見知りなんですか?
その時の状況にもよるんですけど、そもそも人との関わり方とか会話があんまり得意じゃないんです(笑)。25年くらい生きてきて、たぶんそうじゃないかと思うようになりました。でも稽古とかで集まってくる人はいいものを作りたいという気持ちで集まっているので、そういう部分は大丈夫なんですよ。プライベートの方がほんとに上手くやれないです…。それこそ岩立さんとも稽古場だったらもっとお話しできたかもしれないんですけど、ビジュアル撮影のタイミングってまだそんなに入り込んでなかったりするし、行き過ぎちゃってもよくないかも?とか考えちゃうんですよね。
――稽古で楽しみなことや、稽古場での過ごし方のこだわりはありますか。
楽しみというか、私は結構周りに支えられてなんとか生きていけるタイプなので…。主演をさせていただいているからには頑張るぞ!という気持ちでいますが、甘えられるところや頼れるところはしっかりと先輩方を頼って、主演としてちゃんとやっていきたいと思います。特に決まったこだわりもないんですよね。稽古場に入ったらまずストレッチとかはやりますけど時間もまちまちですし、決まったルーティンとかもないです。でも、オンオフはキッチリと切り替えるようにしています。稽古場を出る時にはスイッチをオフにする。自分が不器用すぎてオフにしておかないとずーっと考えちゃうんですよ。自分の性格上良くないなと思って、なるべく切り替えられないときでもオフにするように決めてやっています。引きずっちゃうんですよね。例え引きずっていたとしても12時を過ぎて日付が変わったらもう考えるのをやめるとか、そういうことは意識しています。ルーティンってほどではないですけど。
――オンオフをしっかり切り替えた方が自分には合っていると感じたのはいつごろからですか?
ここ2~3年ですね。すぐに視野がグッと狭くなっちゃって…。もちろんそのほうがいいこともあるんですけど、自分の生活に支障をきたすな、って時があって意識するようになりました。それで著しく変化があったとかじゃないですけど、俯瞰して物事を見られるようにもなって、こうしたほうがいいかも?っていう別ベクトルの考え方もできるようになりました。そこは良かったと思いますね。
――本作に臨むにあたって今感じている乗り越えるべきハードルは?
まずは長セリフ。お姉ちゃんもなんですけど結構な長セリフがあるんですよ。まずはそれを覚えること。そして歌も乗り越えなきゃいけないハードルです。そして食育というテーマを突き詰めていくことも大きなハードルだと思いますね。作品のためだけじゃなく作品を超えて自分にとっての課題として考えることも必要だと感じています。
――セリフを覚えるときはどうやっているんですか?
相手のセリフを自分で言って録音して、それを聞きながらひたすら自分のセリフも言って覚えます。耳からも相手のセリフを入れながら覚える感じですね。それはお芝居を始めたころからずっとそうしています。1度辞めて別の方法をしてみたんですけど全然ダメで。すぐ戻しました(笑)
――歌についてはいかがですか?
楽曲を聴かせていただいているんですけど感情表現がすごく大事になってくる楽曲だと思っていて。歌ではあるんですけど、いかに感情を乗せてお届けできるか。そこからお芝居もまた広がっていくと思うし、そこで芽生える感情もあると思うのでそれは大事にしたいです。歌うこと自体は好きなんですけど別に上手くはないので…。歌う時に気持ちを前に出そう、感情を出そうとすると前に出すぎちゃって喉を傷めてしまったりもしたんです。それこそ俯瞰している自分が居ながら歌えたらいいんですけど、入り込んじゃうとどんどん視野が狭くなっちゃう。心は熱く、頭は冷静に、がちゃんと歌でもできるようになりたいですね。
――お芝居すること、役者というお仕事については今どんなふうに感じていますか。
私、この仕事以外は多分できないんです。やっていても見ていてもそう思います。なんで?って聞かれてもうまく説明はできないんですけど…。苦しいこともたくさんあるし悩むし大変なんですけど、たぶんそれが好きなんですよ。昔はもうやだ、辞めたい、と思うこともありました。でもそうなった時に支えてくれる周りの環境とか人たちがいてくれたから頑張れた。私自身のことを応援してくれる存在がいる。それってすごくありがたいことですし、そういう人たちに…恩返しって言う言葉が合っているかはわからないですけど、貰ってきたものをちゃんと形にしてお返しできるような人にならなきゃ、と思っています。その方法として私はこの仕事しかできないし、その想いがあるからこういうお芝居のお仕事もやらせていただけるんですよね。
――今の自分に繋がる大きなターニングポイントっていつでしたか?
まずはミュージカル「薄桜鬼」との出会い。私は「薄桜鬼」に出たくて芸能界に入りました。芸能界に入ってからも細かく言えばちょこちょこポイントはありましたね。自分の気持ちを切り替えなきゃ、と感じた作品もターニングポイントだし、すごい技術を持った方々と共演して自分はまだまだだなと感じてもっと自分も上の段階に行きたい、と思ったこともターニングポイントです。
最近で言えば事務所を移籍したこともそう。『ミュージカル「薄桜鬼」HAKU-MYU LIVE 3』に出させていただいて、私の中で薄ミュで始まったものがひとつ閉じたような感覚があったんです。そのタイミングで舞台「リコリス・リコイル」に出演させていただいて、自分でも感じるものがあり、その後に移籍を決断しました。一緒にやっている先輩方の声や、やらせていただく役や立場が変わってきたように感じたこと、自分のやりたいことがわかってきたから踏み出す気持ちになれました。もちろん今でも2.5次元作品は大好きです。たくさん出たいと思っていますし、やらせていただいたんですけど、事務所を変わってからストレートプレイなどの作品に触れる機会も増えてきて、そこにも楽しさや魅力を感じているんですね。そういう意味でどんどん役者としての幅を広げていきたい。あとはシンプルにアニメや漫画が好きなので声のお仕事にもチャレンジできたら嬉しいです。
――いろいろなジャンルに触れていく中で感じた新たな楽しさってどういうものでしょうか?
2.5次元作品のようにキャラクターの中で解釈していくこともすごく楽しいんですけど、ストレートプレイなどの作品とかだとゼロから自分で膨らませて役を生きていくのもまた違う楽しさなんですよ。私はそのどっちもが大好きだし、その違いが面白い、楽しいって思うんですよね。
――お仕事を離れて一番自分らしく居られる瞬間ってどんな時間ですか?
また甥っ子、姪っ子の話になっちゃうんですけど(笑)。私が三姉妹の末っ子で、生後数カ月の赤ちゃんから10歳まで甥っ子ちゃん、姪っ子ちゃんがいるんですよ。その子たちと一緒に遊んでいるときが一番リラックスできていますね。もうマイナスイオンしか出てないので癒しでしかない。私、もうデレデレです。後で動画とかを見返すとちょっと気持ち悪いくらい(笑)。赤ちゃんにもスリスリしすぎてちょっと嫌がられる時もあるくらいで…。それもまた可愛いんですよね。みんな仲良くしてくれるので楽しく遊んでいます。
――メロメロなんですね(笑)。キュートな甥姪に癒されつつ今回のお芝居に挑まれるわけですが、公演を楽しみにしていらっしゃるみなさんにメッセージをお願いします。
題名でちょっと身構えてしまうかもしれないんですけど、歌もありますし出てくるキャラクターもすごくかわいいんです。そこは楽しんでいただけるところだと思いますし、その上で食育についてしっかりと感じ取っていただける、知っていただける作品になっていますので、ぜひ劇場に足を運んでいただけたら。今回の公演は小学生から高校生までの無料観覧などもあり、普段は舞台に触れにくい世代にもたくさん観ていただきたい作品です。物語の中で直面するのは12歳の男の子ですが、大人としてどう考えるか、というのも必要なことだと思うので、幅広い世代の方にお越しいただけたら嬉しいです。
インタビュー・文/宮崎新之