『インヘリタンス-継承-』│福士誠治 インタビュー

2015年から2018年のNYを舞台に、ゲイコミュニティの人々を描いた『インヘリタンス-継承-』。1980年代のエイズ流行初期からトランプ政権までの3世代にわたる男たちが、社会の偏見や抑圧の中で自分らしく生きる道を探す姿を、2部構成・6時間半で描いた物語だ。2018年にロンドンで初演がスタートし、2019年にはブロードウェイでも開幕。コロナ禍でシャットダウンされたものの、再開後はトニー賞の最優秀作品・演出・男優・女優4部門を受賞している。

日本初演となる今回、演出を手がけるのは本作の上演を熱望した気鋭の演出家・熊林弘高。そして、若手からベテランまで、熊林が指名した実力派たちが集結した。『継承』というタイトルのこの物語を「語り継いでいく」エリックを演じる福士誠治に、現時点での見どころや作品の魅力を伺った。

――熊林さんからの指名によるキャスティングということです。意気込みを教えてください

やれることを一生懸命やることしかできないので、悪い意味でのプレッシャーは感じないようにしています。熊林さんが僕の名前をあげてくれたのは本当に嬉しいですし、声をかけていただいたのは、役に関する何らかの片鱗を感じていただけたからだろうし。6時間半という上演時間も初めてなので、そこも含めて覚悟を持ってやってみようと思いました。

――台本を読んだ感想を教えてください

原本は読み物としても面白かったです。人々の思いが交差している人間模様、社会や歴史的背景もあるけど、そこに生きている人の悩みや感情は普遍的なもの。自然とページが進む感じはありました。受け取り方は人によって変わる気がするので「これはこういう話」とは僕自身も言えません。同性愛に対する偏見や差別といった時代背景もある中で、上の世代、僕らの世代、若い世代がどう変わってきたか、どんな思いを持って生きてきた・生きているかが描かれています。悲しくも切なくもあり、真っ当に頑張って生きた人の物語でもあり、愛に生きた人の物語でもある。色々な思いを抱くストーリーでした。

――ご自身の役柄の印象、魅力はどのように感じましたか?

すごく気遣いの人だというイメージです。僕自身も、自分では気を遣っているつもりはないけれど、周囲の人が居心地のよい空間を作るのが好きです。エリックにはエリックの生き方があって、みんなの顔色を伺っているわけではない。漠然と「みんなが良い方向にいくといいな」と自然に考える人間なんだろうと感じました。また、エリック自身がすごく悩むしもがく。そこが素敵だし人間臭いと思います。

――熊林さんの演出作品は3回目となります。どんな部分に魅力を感じるか教えてください

玉手箱のような雰囲気があり、自分が考えつかないような演出、表現方法をすごくリスペクトしています。自分にない感性に触れると刺激を受けられるので毎回楽しみにしています。

――今回の役について何かお話はされましたか?

まだ全然できていないです。エリックは体で愛を感じる人ですよね、など軽く談笑したくらいです。「愛で満たされる」という言葉があるけれど、どうしたら満たされるかは人によって違う。エリックは愛されている実感を得るために肉体関係を求める部分があるんじゃないか、そういうことを少し話しました。

――若手からベテランまで多彩なキャストが揃っています。エリックは全てのキャラクターと絡みますが、特に楽しみな部分を教えてください。

前編は田中俊介さん演じるトビーがキーになってくると思います。初共演なのでどういう絡みになるか楽しみです。後編では山路和弘さん演じるヘンリーが結婚相手。以前、山路さんの息子役を演じたことがあるんです。今回はまた違う形で愛させていただけたらと思いますし、山路さんに愛を求めるシーンもあると思うので、楽しみですね。

――テーマも重く、前後編6時間半。迷う方もいるでしょうが、一方でファンの方にとってはそれだけ長い時間、推しのお芝居を楽しむチャンスでもあると思うので、迷っている方の背中を押すようなアピールポイントがあったら聞きたいです

「こんな作品なかなか観られないぞ」と思いますし、舞台はやっぱり一期一会。映像とはまた違って、ライブで味わう心の揺れなどもあります。迷っているなら来て観て欲しい。これに触れるか触れないかで、今後の人生が変わるような一作だと思います。「ハード、ディープ」などの言葉が先行するかもしれないけれど、人が人として生きる上で、誰かを好きになったり裏切られたりはあると思う。身近に迫っている関係性や感情がうごめいていますが、そんなに怖がらずに来てほしいです。

――同じく同性愛やAIDSを扱った『RENT』、アメリカ社会におけるマイノリティや弱者を扱う『スリル・ミー』、『セールスマンの死』などにも出演された経験があります。社会派の作品に出演する際、意識していることはありますか?

特別「こういう作品だからこうしよう」とは意識していなくて、舞台上で生きることを一番に考えています。時代背景や関係性に嘘がないように稽古やセッションをしているので、自然と導かれていると思います。ただ、どこに向けての言葉なのか。世の中なのか話している相手なのか近い世間なのかは意識しています。今を生きている僕の感覚だとズレが生じる部分もあるので、そういう意味では考えますね。

――本作を見る前に近い作品に触れておきたい方に、入門編としておすすめするならなんでしょう。

入門編としては深いかもしれないけど、ヒース・レジャーさんの『ブロークバック・マウンテン』は近いものがあると思います。あとはやはり『RENT』。80年代頃のエイズや同性愛を描いているし、ミュージカルなので観やすいかもしれませんね。

――エリックは物語を継承していく人として描かれます。ご自身が継承したいものは何かありますか?

おっ。似たような質問が。

――他でも聞かれましたか?

違うんです。さっき話題になって、「色々なところで聞かれると思う」と話していたわりに意外と聞かれなくて(笑)。同世代の演劇をしている俳優仲間と「演劇を観に来てくださる方は、先輩たちが多くの方を演劇ファンにした時代の名残ではないか。演劇は面白いと知らせることを、そろそろ中堅俳優もやらなきゃいけない」と話したことがあるんです。演劇を観に来てくださる方が減ると演劇界も小さくなるし、俳優を目指す方が少なくなると規模が縮小して面白いものも減っていく。演劇の良さを継承し、足を運んでもらうための努力はしなきゃと思います。若い子が「演劇って面白い」と思った時にお客さんが集まるようにしていけたらいいなと。

――観に来るお客様へのメッセージをお願いします

演劇はハードルが高いと言われがちな中で、さらにハードだったりディープだったり6時間半だったりで、どうしようか迷っている方もいると思います。でも、この作品に触れていただくことで、人生がゆとりあるものになったり考え方が変わったりすると思うので、ぜひ人生の6時間半を僕たちにわけてほしいと切に願います。

撮影・文/吉田沙奈