Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019
DISCOVER WORLD THEATRE Vol.5『罪と罰』三浦春馬 インタビュー

ドストエフスキーによるロシア文学の超大作『罪と罰』が、三浦春馬主演で上演されることになった。上演台本と演出を担当するのは、英国きっての演出家であるフィリップ・ブリーン。日本進出は、2015年の『地獄のオルフェウス』、2017年の『欲望という名の電車』に続く第3弾となり、三浦とのタッグは『地獄の~』以来2回目となる。

舞台となるのは帝政ロシアの首都、サンクトペテルブルク。頭脳明晰な青年・ラスコリニコフは自身を一般人とは違って選ばれた人間だと思いこんでおり、自分の信じる“正義”のためなら人を殺してもいいとさえ思っていた。奪った金で善行をしようとして強欲な老婆を殺害するが、その現場で偶然に居合わせた老婆の妹まで手にかけてしまう。そのせいでラスコリニコフは罪の意識、幻覚、自白の衝動に苦しみ、頻繁に意識を失うように。彼を心配する周囲の人々や家族、そして老婆殺しを追ってラスコリニコフを疑う国家捜査官。そんな中、娼婦・ソーニャの生きざまを目の当たりにすることで、心を打たれて改心するラスコリニコフだったが……。

ブリーンから「世界中どこを探しても彼の他には考えられない」と評されるほど、絶大な信頼を得ている三浦がいかに悩める青年ラスコリニコフを丁寧にナイーブに演じるか、興味は尽きない。
稽古開始までまだ間があるとはいえ、『地獄の~』以来の顔合わせとなるブリーン演出作品への期待に胸を膨らませている三浦に、今回の舞台『罪と罰』への想いを語ってもらった。

 

――フィリップ・ブリーンさんとは『地獄のオルフェウス』以来の顔合わせになりますね。今回の『罪と罰』で再び声がかかった時の状況と感想をお聞かせください。

三浦「以前からフィリップには「また何かの作品で一緒にやりたいね」と言っていただいていたんですが、改めて具体的に演目名を出されて「オファーかけたいんだ」と言われた時は本当にうれしかったです。『地獄の~』の時には大竹(しのぶ)さんの芝居を間近で見られたこと、それに対して反射神経で返さなきゃいけないということが自分を大きく変えるきっかけにもなりましたし、素晴らしい経験でした。あの時、大竹さんがよくおっしゃっていたのが「フィリップ・ブリーンって、毎日魔法のような言葉をかけてくれるよね」ってこと。そういう刺激的な稽古場だったんです」

 

――たとえば、フィリップさんはどういう稽古をされるんですか。

三浦「この悲観的なシーンをどう演じようかという時には、演じるキャラクターの想いと自分の感情をどうマッチさせていくかの取り組み方についてを、まったく押しつけがましくなく教えてくれました。「あなたの、たぶんこういう感情が過去にあるはずだから探してみて」というところから始まり、「見つかったらその感情を温めて、それから見せてみて」と温かく包む感じで言ってくれて。組全体を引っ張ってくれている印象が強かったし、実に彼は僕達を操るのがうまかった(笑)。キャストもスタッフもみんな、フィリップという演出家に信頼を置いていて、ほとんどの俳優たちが「また彼のもとでやりたいな」と思っていたんじゃないかと思います。『地獄の~』と同じように、おそらく『欲望という名の電車』の時もそうだったのではないでしょうか」

――『欲望と~』は観客として観に行かれたのだと思いますが、いかがでしたか。

三浦「リハーサルを観に行った時と、本番が始まってから観た時では、まったく違うものになっていたのが興味深かったです。絶対にこの作品のためにみんながものすごく熱を注いでいるということが、舞台を観ていて伝わってきましたし。なかでも、キャストの西尾まりさんからは「絶対に観に来てね!」と本当にアツいメールが届いて。いや、僕ももちろん観に行くつもりではあったんですけどね(笑)。同じ演出家の舞台を踏ませてもらってる身からすると、西尾さんのその熱量がそのメールの文章から感じるには以前よりも増していた気もして、すごく面白かった。そんな現象を作り出すことも、まぎれもなくフィリップ・ブリーンだからだと思うんです。ですから今回の舞台でご一緒することも、果たして稽古場で何が起こるのかということも、とても楽しみにしています。そして、前回以上に信頼関係を深めたい。そんな思いで稽古に臨みたいですね」

 

――三浦さんが演じられる主人公・ラスコリニコフは特異なキャラクターであるとも言えるので、役づくりがとても大変そうですね。

三浦「そうですね。もちろん僕は、彼のような重大な罪を犯したような経験もないですし」

 

――あったら困ります(笑)。

三浦「そんなことしていたら、この舞台には起用されませんよね(笑)。だけど、確かにそこが課題でもあります。自分自身が少しは持ち合わせている暴力性であるとかを、どうやってラスコリニコフが思う“正義”のもとで行った罪というものにリンクさせていくのか。そこがまさに、面白みのあるところではあるんですけど。でも、やはりこのラスコリニコフという役柄を演じるにあたっては、自分の経験したことや自分が想像出来る範囲だけでは、なかなかカバーしづらいと思うんです。なので、もちろんフィリップと、どう彼を作り上げるのかというのは話し合っていきたいし、実際にこの間行ったワークショップの時にも、どうアプローチしていけばいいかということを伺いました。それを徐々に稽古場でやっていくつもりですが、その前に事前に僕も勉強していかなければならないなと思っています」

 

――たとえば、どういうことを。

三浦「主人公のヒロイズムであったり、深層心理の部分でも学ぶことがもっとありそうだなと。最近撮っている映画がちょうど、相手の気持ちを読んで詐欺を働くようなそういう役どころなので、意外と今やっていることや読んでいる本の内容が、この『罪と罰』ともそれほど遠くないかもしれないなと思っているんです。僕はまだまだ理解力が乏しいから、それらを今回のセリフにどう関連付けていけるのかというのは難しいところではあるんだけれど。そういう精神的な部分での勉強は必要になってくるだろうし、あとは宗教観についてもそうですよね。僕自身は触れてこなかったので、キリスト教に関することなども勉強しておいたほうがいいんだろうな」

 

――そうやって事前に準備しておくことは。

三浦「面白いです、そういった勉強も含めて。たとえば、あるキャラクターを演じるにあたって、何か似ているようなキャラクターの観察をしてみる、とか。それは動物でも、人でも良くて。そういう演技の仕方は、僕は舞台では実はこれまでやってきていなかったんですが、それこそ『地獄の~』をやっている時にプロデューサーからメソッド演技に関する本をいただいて、そういう演技方法があることを知ったんです。もちろん当時もひとつひとつ全力で演じていましたけど、その本をいただいた時点ではもう稽古が終わって本番中だったので、今回は自分がこれまでに教わったことを今まで使って来ていないメソッドを含めて、稽古場の段階からいろいろ試してフィリップに投げかけてみたい。だって実際、わからないですよ、この主人公のことは。人を殺めて、それが正義だと言い、逃げおおせて、でもひとりの娼婦の存在によって改心するという。すごくバイオレンスでもあるけど、味わい深い題材でもある。こういう作品、なかなかないですよね。そう言いつつ、実はみんなが持ち合わせている感情もある。中学生や高校生の時に「自分って、何者なんだろう」と思う瞬間って、誰もがあるじゃないですか。そういう普遍的な部分から始まる物語でもあるので。それが、一線を越えてしまったとところでの心の機微みたいなものを、みんなで作っていけたらと思っています」

――『罪と罰』の原作は小説から読まれましたか、それとも脚本からですか?

三浦「原作も読んではみたんですが、僕には難しすぎてなかなか進まなかったですね(笑)。だけどそれと比べると脚本のほうはめちゃくちゃわかりやすかったです。やっぱり謎めいたというか、悩ましいシーンはあるにはあるんですけど。これはどういうことなんだろうと考えると、以前もそうで、現場では僕たちは納得しながら演じることができていたんです。『地獄の~』も、これは解釈に悩むなというシーンがたくさんあって。フィリップ自身も最初はわかっていなかった、彼はそういうところを隠さない人だから伝わってくるんですね。でも、それがわかった瞬間に「うわあー、これだー!」って、いきなり椅子を蹴っ飛ばしてたりしてエキサイトするもんで、周りは「怒っちゃったのかな?」って思うくらいでした(笑)。どうやら、わかった瞬間、ものすごくうれしいんですって。だからきっとそんなこともチラホラあるんだと思います、今回の『罪と罰』でも。その姿を見るのも楽しみですね。フィリップには、ケガ人が出ないように上手に椅子を蹴ってほしいですけど(笑)」

 

――みんなでうまくよけないといけませんね(笑)。

三浦「そう、ホント、そこだけは気をつけたほうがいいなと思います(笑)。そして、ひとつ見どころが今、浮かんだんですけど。主人公が質屋の妹を殺めてから、自分の罪とそして正義の狭間で揺れ動きさいなまれるようになると、ぶっ倒れたりとかするんですよ。それも何回も倒れるんです、その回数にもきっと意図があるんだと思うんですけど。それをどう、フィリップ・ブリーンが料理するのかということと。あとはやはり、殺戮の場面をどうやって表現するんだろうということ。そういえば僕、演技で殺されたことはあっても自分から殺したことはないんですよね。殺陣でカッコよく斬りまくるっていうことはあったけど、人間を殺めるという芝居はやったことがなくて」

 

――じゃ、今回、初めて殺す場面に挑戦するんですね。

三浦「初めて、ですねえ。その時、どういう方法をとるのかも見どころかと思います」

 

――そして『地獄の~』と『欲望と~』に続き、今回もマックス・ジョーンズさんが美術、衣裳を手がけられています。マックスさんの美術の魅力は、三浦さんはどう感じられていますか。

三浦「いやあ、素晴らしかったですよね。あまり見たことがない舞台装置だったというか」

 

――日本人の感性とは、ちょっと違う魅力を感じました。

三浦「そうそう。ものすごく、美しかったですし。あのセットにも、それぞれに意味があると思うんですよ。また意味を考えられずにはいられないような、そういう魅惑的なセットでもあるので、今回もどんなものになるのか楽しみです」

 

――共演者も素敵な顔ぶれが揃いましたね。特に大島優子さん、麻実れいさん、勝村政信さんと共演することについてはいかがでしょうか。

三浦「優子ちゃんはこれが3年ぶりの3作品目の舞台になるようで、そういう作品に『罪と罰』を選んでいただいたことは僕としても本当に光栄です。主人公が改心するきっかけになる人物のミステリアスな部分を、きっと舞台上で発揮してくれるのではないかなと思いますし、そこにすごく期待を持てる女優さんに力を貸していただけるのは本当にうれしく思います。そして麻実さんと勝村さんは、もうとんでもなく重鎮な方々ですから(笑)、自分としては絶対に何か学べることがあるはずで。僕はお二人ともご一緒させていただくのは今回が初めてなので、ただただ楽しみ。特に勝村さんとは一度お会いしたことはありますけど、飲まれてしまわないように気をつけなければ(笑)。いやホントにがんばらなきゃ、と思っていますよ!」


インタビュー・文/田中里津子
撮影/篠塚ようこ