OMS 戯曲賞を受賞し、映像作品の脚本も手掛けるなど今後の更なる活躍が期待される福⾕圭祐による新作戯曲を、俳優・脚本家・演出家と幅広く活躍するオクイシュージが演出する本作は、主演の浜中文一を中心に、山下リオ、鳥越裕貴、松島庄汰、岐洲匠、佐藤日向、松原由希子、福井夏といった若手キャストと、辻本耕志、久ヶ沢徹、入江雅人のベテランによる出演でおくるブラックコメディだ。本番に先立ち行われたゲネプロの様子をお伝えする。
舞台となるのは、藤原(浜中文一)が美容師として働いている美容室。イップス症状により手が震えてハサミを持つことができなくなってしまった藤原だが、店の客・山田(鳥越裕貴)の助けによって、オーナーの松本(入江雅人)からのクビ宣告は回避する。実は、藤原にはどうしてもこの美容室を辞めたくない理由があった。藤原はオーナーに内緒でひそかにこの美容室で社会人サークルを開催していたのだ。そのサークルに集う人たちは「くすぐり、くすぐられる」ことで快楽を得るという癖を持っていた……。
物語は序盤、軽いタッチのコメディテイストでテンポよく進む。随所に笑いがちりばめられ、個性的な登場人物たちのセリフや行動の面白さにグイグイ引き付けられていく。「ブラックコメディって聞いていたけど、普通に面白いな」なんて思いながら観劇しているうちに、いつの間にか舞台上の空気感がどこか歪んでいることに気づく。脚本と演出が笑いの中に巧みに織り交ぜていたブラックさが、物語が進むにつれてインクの染みが広がるようにじわじわと作品世界を侵食していき、序盤の軽やかさからは予想もつかない展開が繰り広げられていく。
くすぐりたい人、くすぐられたい人が集うサークルで交わされる会話の中で、「笑う」とは何か、というテーマが突き付けられる。「笑う」という言葉を聞くと最初に「楽しい」や「明るい」などのポジティブなイメージを抱く人が多いだろう。しかし、例えば同意のないくすぐりによって笑っている人の心の中はどうだろうか。笑いながらも同時に不快感を抱えていて、本気でくすぐりをやめて欲しいと思っているかもしれない。笑っていることイコールハッピーなことでは決してないし、作り笑いや苦笑い、愛想笑いや嘲笑い、と世の中にはネガティブな笑いだってたくさんある。終演後、タイトルの『笑わせんな』という言葉が示唆するものについて、改めて考えさせられた。
主演の浜中が、人当たりが柔らかく好青年だが自身の特殊な癖によって追い詰められていくサークルの主催者・藤原を繊細な演技で見せている。藤原は苦悩する場面の多い役ではあるが、決して重くなりすぎずコメディタッチを貫き通して、本作を牽引していく。サークル参加者の松島庄汰、岐洲匠、佐藤日向、松原由希子、福井夏、久ヶ沢徹がそれぞれ個性的なキャラクターでのびのびと暴れ回っていて、おもちゃ箱のようなにぎやかさと楽しさがある。美容室の客として現れる辻本耕志がキレのあるセリフ回しで笑いの緩急をしっかりつけ、鳥越裕貴はふんわりとした雰囲気をまといながらも、どこか本心の読めないミステリアスなキャラクターとして、作品のサスペンス感を盛り上げる。浜中演じる藤原の元パートナー・比嘉を演じる山下リオの力強い存在感が、藤原を追い詰めるのか、それとも救ってくれるのか、先の読めない展開に拍車をかける。藤原たちに振り回される美容室のオーナー役の入江雅人がさすがの懐の深さで、困惑しながらも彼らと対峙するという役どころをきっちり受け持っている。
サークルの存続危機のうえに、招かれざる来訪者、裏切り行為発覚、とさらに畳みかけるように起こる様々な不測の事態により、疑心暗鬼と混迷を深めていく登場人物たち。藤原はイップスを克服することができるのか、サークルを存続させることができるのか、裏切り者は誰なのか。一度走り出したら止まらない、サスペンスフルなブラックコメディの結末をぜひ劇場で目撃して欲しい。
取材・文/久田絢子
撮影/堀川高志