特別公演2022邦楽囃子佐幸会|望月秀幸インタビュー

邦楽囃子演奏家の田中佐幸(たなかさこう)を代表とし、邦楽囃子の伝承・普及・発展を目指して37年の活動経歴を持つ「佐幸会」。その活動内容は、邦楽囃子の公演や体験教室の開催、邦楽界の次世代を担う若手演奏家の育成を行うことが中心であり、通常はお弟子さんら内輪の勉強会なのだが、「歌舞伎や日本舞踊などの伝統芸能をもっと世の中に広げたい」、「若い世代にも楽しんでいただきたい」と、このたび一般向けの特別公演を決定。佐幸氏の息子であり、「お囃子プロジェクト」主宰者でもある望月秀幸に魅力を聞いた。

 

これぞ日本の伝統芸能!徹底的な古典邦楽の世界を垣間見て

――今回の特別公演について教えてください。

「邦楽囃子演奏家の田中佐幸、私の父ですが、40年近く前に設立した「佐幸会」は内輪でのお稽古や伝承の意味が強い勉強会の開催は数多くやってきました。でも、もっと広く伝えていかなければ邦楽囃子はなくなってしまいます。そこで、大々的に公演するという、初めての試みをすることになりました。」


――秀幸さんが左太寿郎さんらと行う「お囃子プロジェクト」とはまったく違うものですね。

「まったく違います。「お囃子プロジェクト」は新世代のチャレンジで、「佐幸会」は徹底的な伝統継承。ここまでクラシカルに絞って、かつ大規模に開催するのは初めてなんですよ。ちょっと教育論になりますが、父たちの時代(団塊の世代)って、失敗しちゃいけない、失敗するとすごく叱られる、という風潮だったでしょう。ところが今は、成功した喜びを分かち合う、といった風に教育そのものも変わってきていますよね。邦楽の世界においても変化の時だと思うんです。……と、この話になると父といつも喧嘩になりますが(笑)。父たちの上の世代は、それこそ終戦直後で生きていくために必死でした。そこから父らの世代になり、ようやく邦楽に真面目に向き合あるようになった。それはその通りであるけれど、次の我々の世代は変化しなければならないのではないかと。」


――今回の公演に至った経緯を教えてください。

「実は、発案者は私なんですよね。父と話をしていて、コロナ禍で公演が激減しているとか、こういう今だからやれることがあまりないというけれど、こういう時だからこそ、今だからこそ、できることをやろう、そうじゃないと邦楽がなくなってしまうよと言ったんです。すると、お前の好きにやっていいよ、となったので話を進めました。いざ曲は決まりましたが、「翁千歳(おきなせんざい)」と「三番叟(さんばそう)」という古典奏法を重視した演目になってしまって。」


――「翁千歳」、「三番叟」とは?

「本来は、能楽に由来する「翁千歳三番叟」という一つの長唄です。言ってしまえば、一般人には理解しづらいすごく難しい曲なんですよ。しかも今回はさらに、前半「翁千歳」、後半「三番叟」に分けます。「翁千歳」は長唄と三味線で、「三番叟」はお囃子だけ(素囃子)で演奏する特殊演出です。父に伝えたところ、この大作をやるのであれば本物の歌が歌える人を招かねばならないとなり、超ベテランの先生にメンバーに加わっていただくことになりました。」

 

特別で格別な演目に向けて今からプレッシャーで死にそうなくらい(笑)。

――壮大で、格調高く、秀幸さんのお好きな演目ですか?

「はい、ずっとチャレンジしたいと思ってきました。というのも、歌舞伎のお囃子の世界では、素囃子、つまりお囃子だけで何か演奏してくださいといわれても、パッとできるものがほとんどないんです。そういう独立した曲がないからです。ですが能楽ではお囃子だけでも進行できるんです。長唄とセットのお囃子、ではなく、お囃子単独でできる演目がある。私たち歌舞伎のお囃子をやる者にも、そうしたお囃子単独のものが必要ではないか、とかねてから考えていました。お囃子だけで成立する能力を身に着けなければならない、と教えてくださったのは梅屋福太郎さんという能楽に大変造詣の深い先生です。福三郎先生のご指導を仰ぎ、能楽のルールに則った奏法で、後半の「三番叟」をやりたいと考えたわけです。普段我々が長唄につける「三番叟」の演奏は、三味線に合わせて奏でるなんちゃって三番叟、三番叟っぽいフレーズを打っているだけ、とも言えます。いま一度本来の能楽の「三番叟」をお稽古し、その上で今回のためにみんなでアレンジを加え、歌舞伎のお囃子としての「三番叟」を創ろうとしています。」


――かなりの挑戦になりますね。

「めちゃくちゃチャレンジです。もう今からプレッシャーで死にそうなくらい(笑)。この演目をやること自体がものすごく稀なんですよ。以前、重要無形文化財で人間国宝の東音宮田哲男(とうおんみやたてつお)先生を上演ゲストにお招きして「三番叟」をやった際、私も助演者としてご一緒させていただきましたが、格式高い曲目だから正式な白襟を付けねばならないと、宮田先生が全員分の白襟を持って来られました。それくらい、先生方のなかでも特別な曲なんだなぁと思いました。私自身、16歳で初舞台を踏んで今年40歳ですから25年近く演奏家をやってきましたが、「翁千歳三番叟」は3回しか演奏したことがないんです。」


――相当大事な曲だということがわかりますね。

「正直怖いです。でも、怖いくらいが自分を本気にしてくれるんじゃないか、というのもありますね。どこまで気持ちを上げていけるか。打つフレーズはいたって単純なんですから、あとは気持ちの問題ですよね。メンバーは佐幸会一門がメインで、左太寿郎らもゲスト演奏してくれます。」

 

古典邦楽でトランス状態に!? 気絶する瞬間を見届けて

――一言では難しいと思いますが、歌舞伎のお囃子を知らない人にわかりやすくいうとどんな感じの演奏ですか?

「トランスミュージックですね。トランス状態を誘う独特のリズムとテンポが反復するあの感じ。一つか二つのフレーズを延々と繰り返す。打ち続ける。」


――お囃子でトランスミュージック……!? これはぜひ拝見、拝聴したいです。

「私たち演奏者がどこまで気が狂えるか、という世界(笑)。私たちの気が狂わなかったら、たぶん面白くないと思うんですよ。本当に気が狂うまでやろうと思っています。トランスできる曲なんです。古典邦楽にもこんな曲があったのか!と驚いていただけるんじゃないかな。私たちが気絶するかどうかを見届けてください!私はきっと気絶する気がしています(笑)。」


――プログラムには日本舞踊もあるのですね。

「演奏会としてバリエーションをつけたほうがお客様にも喜んでいただけるだろうと、変化をつけるためにも日本舞踊に入ってもらいます。ゲスト出演してくれる藤間豊彦(ふじまとよひこ)さんに連絡して何の曲がいいか相談したら、「七福神」をやるよというので、よしやってくれ、と。「七福神」はめでたい演目ですね。私個人もすごく好きです。日本舞踊としてはなかなか不思議な振付で、神から授かった子どもを海にポイと捨てて、みたいなのとか(笑)。人気がありますよ。むかし、先代の中村勘三郎さんがいらした、当時はパーティのようなものがまだまだある時代で、そうした場の余興で勘三郎さんが「七福神」をよく踊られてた記憶があります。父の田中佐幸と共に演奏でよくご一緒させていただいてたのですが、勘三郎さんとパーティーといえば「七福神」、という印象が私には強いですね。」


――想いの深い演目ばかりの特別公演になりそうです。見どころはほかにも?

「見どころといいますか、歌舞伎座のイヤホンガイドをしている鈴木裕里子の演目解説を、当日会場にて無料でお配りします。私の妻で(笑)。難解と思われがちの邦楽や日本舞踊ですが、これを読んでいただけれどグッとわかりやすく、見て楽しんでいただけると思います。」


――最後にお誘いメッセージと意気込みをお願いいたします。

「演目だけ見れば通好みですが、私たち若手といわれる世代が難曲に挑む趣向です。肝を据えて越えていかねばと思っているところでして、そういうところも楽しんでいただければと思います。トランスの瞬間をお見逃しなきように(笑)。」

 

インタビュー・文/丸古玲子