フランスのサロメ・ルルーシュによる原作を、岩切正一郎が翻訳した会話劇「それを言っちゃお終い」。東京・六本木トリコロールシアターにてキャストを変えて繰り返し上演されている本作に平田広明、坂東巳之助、中村米吉の3人が出演することになった。回によって平田×巳之助、平田×米吉の組み合わせで上演され、違った表情を見せていく本作。作品に臨む平田広明、坂東巳之助の2人と、プロデューサーの白樹栞の3人に話を聞いた。
――「それを言っちゃお終い」は、六本木トリコロールシアターの顔となる作品としてこれまでも上演されてきました。白樹さんはプロデューサーとしてこの作品の魅力をどのように感じていらっしゃいますか
白樹 演出家とご出演の方々によって、毎回まるっきり違う顔に感じられます。1回目に聞いた時と、2回目に聞いた時とでも、本が違って感じられるんです。プロデュースしている自分にとっても、毎回新鮮で、どんどん力が入っていくような感じがします。原作者の方は、15編のお話を順不同にしてもいいし、その中から好きなものだけをやってもいいし、設定なども好きにしていいと言ってくださっているのですけど、私はこの15編のストーリーがすべて繋がっていて、布石がいろんなところに仕掛けられているように感じています。単に笑って終わりのストーリーではなく、考えていくとどんどん奥深いストーリーになっていく。だからきっと、お客さまも「また見直したい」って思われるのではと思います。
――平田さんと巳之助さんは、ご出演が決まった時どのようなお気持ちになりましたか?
平田 これは大変そうだ、と思いました。下手くそにはできない戯曲だなと。なのでまずは、自分は下手くそじゃない、と思い込ませることが、必要だと思いましたね。きっと、こんなふうに出来上がったら面白いだろうな、というものは、漠然とあるんです。でもくっきりと見えているわけじゃないし、どう寄せていけばいいのかを考えています。とはいえ、ドラマ・リーディング公演ということで、朗読が軸ですから、何回も稽古をやってもしょうがない。…もうちょっと、あってもよかったんだけど。でも、初日と千穐楽では、全然違うお芝居になっていそうだな、という予感はしています。坂東巳之助さん、中村米吉さんとそれぞれご一緒させていただきますが、それぞれの楽日で「もっと面白くなりそうだな」と思えるようになってきたところで、じゃあね、ってなるようであれば、この公演は成功なんじゃないかと思っています。登場人物は2人ですから、最低でも50%の責任は私にあるんですよね。その責任は感じています。100%大和屋のせいにできればいいんだけど… 。
巳之助 すごい怖いことを言うじゃないですか(笑)。平田さんとはプライベートでも仲良くさせていただいているんですけど、コロナ禍もあったのでなかなかお会いできない期間が続いていたんです。そういう中で、今回のドラマ・リーディングのお話があると聞いて、最初は「なんで、僕に?」という気持ちでした。でも、その理由とか、経緯みたいなことは置いておいて、ものすごくやってみたいと思ったんです。その段階では、どういう物語なのかとかは何もわかっていなかったんですけど、やらせていただくことに決めました。それで、本を読ませていただいたら、もう大変で(笑)。持っていく方向もいろいろあるし、正解というか向かっていく道筋についても、いろいろな演じ方がある。観る側が好きなように捉えることもできるようになっているんですよね。だからこそ、共有できるものが無いとお話にならないと思うんで、そういう部分も含めて、大変そうだなと感じています。
――今回の公演では、同じ歌舞伎役者の中村米吉さんが回替わりで巳之助さんと同じ役を演じられますね
巳之助 米吉くんと僕とで歌舞伎の配役が被ることは無いと思うんですけど、歌舞伎の舞台というのは同じ演目を違うキャストでやるということは常なんですよね。演劇の方と比べても、歌舞伎ではしょっちゅうあることで、ここはあの人の方が良かったとか、こっちが良い悪いというのはさんざん言われてきているんです。なので、ある意味ではいつも通りやっていこうと思います。
――今回、なぜこのような配役で上演しようと思われたのでしょうか
白樹 これまで何度か上演してきた中で、私は個人的に男性2人でこのお話をやるのが一番素敵に思えたんです。そのお話を平田さんにしたら、歌舞伎の方にやっていただくのはどうでしょう、とご提案いただいて。でも、それはもちろん素晴らしいのですけれど、8月は歌舞伎座での公演もあるし、難しいかと思いながらオファーさせて頂きましたら、お引き受けいただけると聞いて、とっても嬉しかったです。巳之助さんは以前に劇場にもいらしていただいていたので、もしかしたら私のことも「何を言い出すんだこの人は」なんて思われたかもしれないんですけど(笑)。こういう形になりまして、もう平田さんのほうに足を向けて寝られません。
平田 白樹さんが男性同士のキャストで、とおっしゃるから、きちんと女性を演じられる人じゃないといけない、と思いまして。ただ男が女言葉を喋りゃいい、っていう表面的なものでもないんですよね。もちろん、その方が面白いこともあるかもしれないし、それで笑えることもあると思うんですけど。作る側がそこを目的にしてちゃいけない。女性を演じる上で歌舞伎役者さんなら非の打ち所がないでしょう。…本音を言うと、みっくん(巳之助)がこのシーンをやったらどうなるだろう?って台本を読みながらニヤニヤしてはいましたが…。
巳之助 そういうことだったんですね(笑)。でも台本を読んでみて、国が違うとか、時代が違うとかよりも、根底にある価値観や男女観みたいなものを感じました。例えば、歌舞伎の中でも、世話物などで夫とずっと言い争いはしているけれど気持ちは離れない、みたいな夫婦像ってよくあると思うんです。この作品で描かれていることは、それとも全然違うんですけど、男女の言い争い、口喧嘩といった意見を交わし合うという部分に関しては、歌舞伎でもままあることなので、その部分には親和性があると思います。ただ、そのぶつけあっている意見の中身が違う。それも、この時代に生きているというバックボーンがあって出てくるものだから、安直な解釈でやるのも危険だと思いますね。
――しっかりと時代背景などを落とし込んだうえで演じていかないと、いい作品になっていかないということですね
平田 話のネタになる文化がそもそも違うから、喧嘩の材料も日本とは違う。それでも、台本を読みながら”結局は日本もフランスも同じじゃねぇか”っていうところを、ほじくり返さないといけないんですよ。そうじゃないと、翻訳して日本で上演する意味が無いですから。そこを意識しながら読んでるんだけど、言い合いをしていて旗色が悪くなると、相手の論旨に逃げたりするんです。「君が言ったんじゃないか、僕じゃない。君の理屈に合わせるとそういうことになるぜ」みたいなはぐらかし。それって、根底に相手への甘えがあるからなんじゃないかな。互いに依存しあっている。観ている側にも「あ、今すり替えたね」みたいなところが見えてきて、だから仲良しなのか、みたいな部分が伝わればいいんじゃないかな、って思います。相手に対する不満から言い合いが始まるんだけど、だんだん言い争うためのネタ探しになっていくような感じになって…結局は、仲良しだねこの二人は、って捉えられるようになればいいんじゃないでしょうか。
巳之助 話題の中心になっていることや核の部分って、なるほどそういう文化があるのか、って感じるところは多いですね。そうやって第三者目線で思う部分もありつつ、会話を重ねていく中でのちょっとしたニュアンスの面白さ…例えば、聞かれたことに対して、相手が前に言っていたことと全く同じ文言で返す、みたいなやりとりがあったりして、そういう細かいところに”なんだ日本の感じと変わらないじゃん”って思う部分があったりする。もちろん、深く掘ろうとすればいくらでも掘れるようになっているし、そこも目指していきたいと思っているんですけど、そういうシンプルな会話としての面白さも、楽しい部分がたくさんあるのでそこも大切にしていきたいですね。
――深く追求する部分と、表面的な会話の面白さのバランスが大切になりそうですね。公演を楽しみにしているみなさんに、メッセージをお願いします!
平田 なかなか、やりそうでやらないジャンルのお芝居だと思います。いわゆる朗読劇でも、読んでる脇で炎が上がったり、爆発する派手な仕掛けとか、とても壮大な音楽で盛り上げたりすることがありますが、このドラマ・リーディング公演ではシンプルなピアノの生音と朗読する人だけ。だからこそ、シンプルに会話を楽しんでいただけるものになっています。アカデミックな見た目になっているかもしれないですが、役者の会話だけで作るとこういう雰囲気になるんだ、というものをお見せ出来たらと思うので、芝居そのものを大事に演じていきたいです。
巳之助 僕自身も、これからどうなっていくのか分からない、ドキドキとワクワクの中にいます。きっと、これをお読みの方も想像もつかないものになってると思いますので、同じようにワクワクして楽しみにしていただけたらと思います。8月は5日から歌舞伎座で「八月納涼歌舞伎」にも出演しておりまして、そちらでは妻ではなく夫を演じる演目もやっているので、銀座では夫、2時間たって六本木では妻をやる日もありますが(笑)、どちらも精一杯努めてまいりますので、ぜひお越しいただければと思います。
白樹 私はこのドラマ・リーディング公演を朗読劇というものにはしたくなくて。日本での朗読劇のイメージは、きちんと並んで座ってただ読み聞かせるような感じ。でも私は、立ち稽古のような感じで、役者の方にも自由に動いて演って欲しいし、だからこそ初日と千穐楽でぜんぜん違うものに変わってくるんじゃないかと思うんです。
できることなら、「俺は○曜日に空いてるから劇場に出ますよ」「じゃあ今日は俺が相手役をやろう」くらいの気楽さで、役者の方に出ていただけるような演目になっていけたらなんて思っているんです。あと、今回から15編のタイトルがわかりやすいように、大きなタイトルカードを作りました。お話が進むたびにカードをめくって、みなさんにお見せするので「このお話が面白かった」なんて話すときにも伝えやすくなると思います。ぜひ、何度も足を運んでいただき、会話を楽しんでいただけますと嬉しいです。
何景のエピソード・タイトルが最新などと…
「それを言っちゃお終い」のツウ!?がいっぱいになります様に!
スペシャル・カーテンコールの日もお楽しみにいらして下さいませ!!!
インタビュー・文/宮崎新之
この度、中村米吉よりコメントが到着した!
中村米吉 コメント
夏の盛りの六本木。
日本屈指の繁華街でフランスの短編を歌舞伎役者が読む。
なんとも不思議な取り合わせだと思われているでしょう。
大丈夫。私自身が1 番不思議でよく分かっていなんですから(笑)。
今回の作品は、風刺の効いた、ある種の人の心理を突いた作品だと感じています。これまで触れてきた作品とは全く毛色が違いますね。
社会問題すらもサラッと扱うこうした作品はやはりフランスというお国柄ならではのものなのではないかなと感じています。
“本音と建前”が良きにしろ悪きにしろ駆使されている日本では書きにくいのではないでしょうか。
フランスの作品といえば、今年初めて歌舞伎以外の舞台、『オンディーヌ』に主演させていただきました。
水の精であるオンディーヌが人間に恋をし悲恋を迎える作品でしたが、その理由も純粋すぎて嘘のつけないオンディーヌが嘘や建前、お世辞に溢れた人間世界と相容れなかったからでした。
そんなオンディーヌを表現するために、セリフには風刺の効いた言葉をオンディーヌの口を借りて、作家が人々への皮肉を込めたのでしょう。
演じさせて頂きながら、フランス戯曲ならではの作り方だなと面白く感じたものです。
今回もの作品も同じように風刺や皮肉が込められ、題の表す通り「それを言っちゃお終い」なのかもしれないけれど、どうして言ってはいけないのか、言えないことの方が不健全ではないのか、そんなことを思わせてくれます。
言葉尻を取られて批判されることも多く、当たり障りのない言葉でしか表現が出来なくなりつつある今の時代に上演することの面白さのある作品なのではないでしょうか。
ご共演の平田さんは子供の頃から幾度となくお声を拝聴し、楽しませてくださった方です。嬉しい反面、朗読という声を駆使する今回のような作品では相対する怖さも感じています。
とにかく胸を借りまして、“クソ”お世話になりたいと思っています(笑)。
また、常日頃からご一緒の巳之助兄さんとは、ある意味ダブルキャストとなりますが、同じようなお役を勤めることは普段あまり多くありませんし、1 から役を組み立てる時の発想にいつも驚かされ、感心されられる先輩でもありますから、私自身も肩を並べられるように作っていかなくては!
個人的に、人となりに親近感や共通点を感じる兄さんでもありますから、こうした企画で共演せずともご一緒できるのは嬉しい限りです。
是非とも皆さんには見比べて楽しんでいただきたいと思っています。
3〜4ページほどの短い2人による会話のみで構成され、場所、時間、性別、年齢、関係性いった役柄すらも定めらておらず、自由に読んでいくという、読み手側の技量や引き出し、発想にかなり委ねられた作品でもあります。
中身もかなりセンシティブなワードも飛び出しますし、冷静に読んでいくと中々シビアなものになりかねないのではないでしょうか。
皆さんと相談しながら、遊べるところは遊んで、考えさせられるだけではなく、娯楽としての面をしっかり持った作品にできたら!
え?こんな暑い最中に六本木なんて行きたくない?
「それを言っちゃお終い」ですよ(笑)。
是非とも足をお運びくださいませ。よろしくお願い致します!